拡大?
マリーさんたち救助要請班が帰ってきてから、三日目の夜。
レコブロックの数は約七十個となって、快適な居住空間を確保できるようになってきました。
「さて、次は温泉を拡大して、更に壁と天井を作ってプライバシーへの配慮も……」
こうなってくるとDIYに憧れていた血が滾ります! 前世と合わせて何年我慢してきたかなぁ。
思っていた形での『趣味を満喫』とは全く違いますし、町の崩壊という途轍もない不幸のあとです。両親を含め、亡くなってしまった方々のことを想うと――。
サバイバルに近い環境から少しずつ脱してくる現状であっても、全面的に喜ぶのは、正直に言っていくら私でも無理。
そこに犯人としか思えない人物までいるわけで、怨み辛みを抱かないようにするだけで精一杯。
だからこそ、できる限り全力で楽しみます!
「はーっ、いいお湯でしたー」
ターシャが湿ったままの髪で、室内へ入ってきます。
室内と言っても壁と天井があるだけで、足下は電動工具を覆っていた例の頑丈な布を敷いているのみ。この世界の床はタイル張りや板張りですが、どうやって施工したのかが見当も付かないですし、そもそもタイルなんて超高級品、ありません。
板だけは、まあ、そろそろ作り出せるかもしれませんが。土の上に敷き詰めてもガタガタになっちゃいますからね。結構な難題です。
「……ターシャ。マリーたちはまだタオルを使わないのか?」
「はい――。私たちにはここで考えたり割り切ったりする時間がありましたけれど、彼女たちにはそれがなかったので……。施しを受けたくないと考えるのも、仕方がないと思います」
「そうだな……」
隣町の領主、ドナテルド=リオネロ。彼はいくつかの物資をマリーさんたちに持たせました。
その中でも特に私たちが必要としていた物が『衣類とタオル、石けん』です。
――――要するに、ですね。
女ばかりが生き残ったと聞いて、ロリコン領主は『身綺麗にしていろ』と言いたいわけですよ。
そりゃあ最初は私だって、破いて捨ててしまおうと思いました!
……でもね。ここで生きていくなら、衣類とかタオル、ましてや石けんなんて、もの凄い貴重品なわけで。
もしも私たちが感情的に破いたり捨てたりしてしまって、衛生環境の悪化で病気をして共倒れなんてことになったら、それは私たちの敗北を意味します。誰に負けたというわけではなく、自分の中にある、確かな憎しみの感情に――。
そして救助要請班の四人は、捨てることなくこれらを、運んできてくれたわけで。
だから私とニーナは率先して、笑って使ってみせることにしました!
石けんの香り癒やされる~っ、とか、タオルふかふか~っ、とか。わざと声に出して、自分へも周りへも『気にしていないアピール』をするんです。
ターシャとニコはすぐに乗ってくれたのですが……。
彼女が言ったとおり、私たちには割り切るための時間がありました。そして何よりも、直接隣町の状況を見ていませんし、ドナテルド=リオネロとも会っていません。
だから『開拓班』と『救助要請班』のあいだには、大きな隔たりができてしまっています。
「髪、早く乾かしたほうがいいぞ。タオルだけでは風邪を引いてしまう」
「ニコが浴び終えたら、一緒に乾かしあう約束なんです」
なにそれ! 私も混ざりたいなぁ。
髪が短いからすぐに乾いちゃうけれど、女の子の長い髪をサラサラに乾かしてみたい欲求もあり――。いえっ、あくまで変な意味ではなく!
ターシャの髪はナチュラルなウェーブが適度にかかっていて、肩よりも長いですから。ほとんどストレートで短い私の『ボーイッシュな髪型』に比べると、同性として憧れてしまうわけです。
開拓班の四人をイメージ分けすると、私とニーナは男っぽいほう。ニコは小さな女の子感で守ってあげたくなる系。そしてターシャは優しい顔立ちにお胸どーんっ! とまあ母性溢れる甘えたくなる系女子です。羨ましい。
……うん、まあ、さらりとニーナと私を同じく括りにしましたけれど、胸の女性らしさは……ね。
「ボクもニーナを誘おうかな」
「あー、あの子はちゃんと髪を乾かさないですからねぇ……」
「ターシャが言えば乾かすだろう?」
「言わないと乾かさないのが……」
立ちながら頬杖を突いてため息を漏らす姿は、もはや母性ではなく、お母さんそのものという気もします。
「――お待たせしました」
「おっ、早いな、ニコ」
「人を待たせるのが、あまり得意ではなくて」
健気可愛いんですけれど、抱きしめちゃダメかな?
私の想いを察知したのか、膝の上にエリカスライムが乗っかかってきました。私はエリカを抱きしめておきましょう。ぷるんぷるんのウォーターベッドならぬウォーター抱き枕みたいで、気持ちがいいんです。
ターシャが「気にしなくていいのに」と言いながら、焚き火の近くへ歩いて行きました。使っているのはドライヤーではなくブロワーなので、暖かい場所のほうがより早く乾きますし、寒くもならないわけです。
「そういえば、エリカは温泉に入ってみなくてもいいのか?」
ふと湧いた疑問だったのですが、エリカスライムは全力で顔を横へ振りました。
まあどう見てもほとんど水分ですからね。変な化学反応を起こしたり、最悪、溶けちゃったりしたら困るどころの話じゃありません。
土汚れとかは全く付かないので、スライムって不思議です。
「――愚問だったかな。もしかして、お湯に入ると溶けたりとか」
こくこくと頷きました。なるほど。そりゃあ全力拒否です。
「じゃあ、少し付き合ってくれ。ブロックの配置なのだが――」
それから私は外に出て、小枝置き場から枝を一本拾って土に四角形を沢山書き、温泉を更なる癒やしスポットとするための図案を描いてみました。
「どうだ。こうしてどんどん拡大していけば、どんどん住みやすくなるぞ」
未来を見て言葉を口にしてみたつもりですが、エリカスライムは黙って目を細め、小首を傾げるように体を動かします。
「なにか問題があるのか?」
星空を見上げながら考えてみます。
このまま拡大を続けると、元の町の姿に、形だけは戻る日も来るでしょう。
――――でも、それでいいのかな。
きっと、建物を作れば作るほどに、ココの実ができなくなっていくのでしょう。ココの実は万能すぎて、大地の女神様とか水の女神様という以前に、ココの実こそが神様の与えたものなのでは? と思ってしまうぐらい。
「……世界の人口は、千年前の百倍を超えているらしいな」
グリフィールドには、かつて住んでいた世界のように、確かな世界地図がありません。世界というのは、陸続きで行けて、船で渡れる範囲を呼んでいるだけ。
星の概念は一応ありますが、一周したら元の場所に戻るかどうかはまだ、偉い学者さんたちが知恵を絞って議論している状態。
地球と違って本当に一周できないのかもしれませんから、もちろん私は『この世界のことぐらい知っているよ』なんてとても言えない身です。
…………でも、ココの実の凄さと、千年前の建築ラッシュを境目に人類の寿命が激減して人口が激増したことには、理解が及ぶようになってきました
「欲張ると、同じ目に遭う――か」
永遠とも思える夕闇の空へ、一人で呟きます。
きっと欲張って欲張って欲張った結果、この町は、滅ぼされた。
私は同じ道を辿って、いいのでしょうか……。
「ちょっと、考え方を変えてみよう。――な、エリカ?」
隣にいるエリカスライムの顔を見ると、星空より輝いた笑顔で答えてくれました。
思えば女性講師のかたに教わった宗教の話も、人間にとって都合良く解釈されすぎていたと感じます。
――私にしかできない、この世界での生き方。
欲張って全てを人間に都合良く解釈するよりも、地に足を付けて、人間も自然の一部だと思いながら生きていきたい。
「ここからスローライフ。はじめてみようか」
決心の言葉を、空の星々に向かって呟きます。――あの中に地球、あるのかなぁ。




