ターシャの推測
今日もお風呂を頂いて、ほっかほかのまま綺麗にアイロンのかけられた服へ手を通します。
「うんっ。久しぶりだな、この感じ!」
さすがに仕立屋さんがクリーニングしてくれた服というものは、素人の手洗いに比べてシワもなく綺麗です。
アイロンが欲しいところですけれど、着替えがあるだけでも今は十分すぎるでしょう。
ニコが少し袖を余らせながら、訊いてきました。
「あのっ、本当に私たちも……?」
「ああ。四着あるんだから四人で一着ずつ使おう。ニコには少し大きいかもしれないが――」
「いえ。凄く良い生地ですし、腕や足はまくればいいので」
少し大きいから、ピッタリサイズの私に比べて似合わない? いえいえそんなはずもなく。むしろ小ささが強調されて、男の人が好きそうな感じになっています。
「うーん。胸が苦しいさー」
「そうですねぇ」
この二人は知りません。はちきれば良いんじゃないですか? 私のボーイッシュな胸をすっぽり収める服を、自慢のお胸ではちきれば良いんじゃないですか!?
特にターシャはエリカ並なので、たゆゆんっ、としていて羨ましい限りです。
ニーナはなんというか、ボーイッシュな感じと胸が不思議と良い塩梅で、あまり強調されていないのですが。ターシャはもう『わえの本体は胸!!』という感じです。ええ、嫉妬ですよ。醜い嫉妬です。
しかしこうなってくると、ピッタリサイズの私が一番似合っていない気がするのは、気のせいでしょうか……。
エリカスライムが足下にすりすりと寄ってきます。『そんなことないよ』と言いたいのでしょうけれど、あなた男の子っぽい私が好きなので説得力ゼロですからね? むしろやんわり傷つきます。
「――そういえば、服を見つけようとして『小さなココの実』が大量に出てきたのだが」
「うん。凄い、一杯出てきた」
私とニコは、土を掘っていて沢山のココの実を掘り出しました。
元の土嵩は、石畳の道路と比べて十五センチから二十センチ程度。ココの実はそれより大きなものが沢山取れますが、この場所には、まるでこの場所のサイズピッタリに収めたような小さなココが取れました。
「もう時間が経ってしまったから、肥料にするしかないかな」
呟いた言葉に、ターシャが反応を示します。
「その場で割らなかったんですか?」
「ああ。もちろん割って、試しに飲んでみたよ。なんというか……、凝縮されたココ、という感じで濃厚だったな」
「ふむ……」
ターシャが腕を抱えて考え込みます。
農家の娘として、何か思うことがあるのでしょうか。
「ココの実は、レコの崩れた土より下には埋まっていなかったのですよね?」
「そうだ。今までと変わらない」
「つまり、ココの実はレコの崩れた土の中で育つ――ということが、どんどん確定していっているわけです。……でも、レコの崩れた土というのは、時間が経てば普通の土と同じ重さに変わって岩盤化していくと言われています。わえたちは、たまたま崩壊した町の中でココの実を手に入れることができましたけれど。元の町の状態だとココの実は育たなかった……ということですよね」
言われて、私も腕を組んで少し俯きます。
例えば元の賑わいがある町で、新しい建造物を作ろうとすると、レコブロックとココの実、それにスライムのネバネバが必要になるわけで。
レコブロックの型枠は領主の家で厳重管理。ココの実は育たない。スライムは超希少生物で、ネバネバは擂り潰して作るものだと考えられていた。
この条件で新しい建物を作るなんて、無理な話です。
「じゃあ、腐ったココで試してみるさー。腐ったココならどこかで育ったものを持ってきたら良いわけだから、スライムが足りなかったというだけに終わる話さーね」
「……よしっ、やってみよう」
レコブロックの型枠に土を注いで、服を掘り出すときに出てきたココの実の果汁を注ぎます。
「うぷっ、く、臭いな……」
数時間たっていますから、腐ったというか発酵したぐらいに別物になっています。なんだか必要以上にドロドロしている気さえしますし……。
一時間後、型枠から取り出そうとしたのですが。
「まだ臭いぞ……」
「これを建物にするのは嫌さー」
「そうですねぇ」
「……塗り壁にすれば、抑えられるかもしれません」
ニコが口にした言葉に希望をのせて、私は土ブロックであるレコを、上に引き抜きました。
「一応、固まってはいる……が」
大地に下ろしてみると、下の方がグシャッと潰れてしまいます。
横からスコップで突くと、ボロボロ崩れてしまいました。
「これではダメだな」
結論を得て、ターシャがどこか重たく感じる調子で、言葉を紡ぎ始めます。
「――農家に伝わる古代物語には、千年前、『建築ラッシュの頃に人類は飢饉に見舞われた』と記されていました」
前に聞いた話です。
でも今、もう一度聞いてみると、説得力は段違いでした。
「ココの実を作る土がなくなったから、人々が栄養失調となってしまった。――そう、考えることはできませんか?」
私とニコ、ニーナは黙って頷きます。
「ココの実も果汁は他の作物も、もの凄い速度で育ててくれます。きっと人類にとって失ってはならなかったもので、今のわえたちにとっても無くてはならないものです。腕の傷だって、日に日に塞がっていきますし――。でも建築に魅せられた人類は、それを失ってしまった」
仮説――。であるはず、なのですが。
どこにも引っかかりがなく成立する仮説というものは、真実味を感じるには十分でした。
「わえは農家の出身で、食べ物が人にとってどれほど重要かを、人一倍理解しているつもりです。だからその……。もし『この町を本気で復興させよう』という日が来たら、レコに頼らない町作りをしませんか!?」
「レコに頼らない……?」
「はいっ。例えば、千年以上前にあった木造建築で生活をする――とか」
確かに、栄養や健康と居住性の確保は、両立しなければ意味を成しません。片方のためにもう片方が犠牲になることは、避けるべきでしょう。
――――でも、町を本気で復興……かぁ。
「ふふっ」
「リタ様?」
「――ああ、いや。嬉しかったんだ。町の復興を考えているのが、ボクだけじゃないと知れて」
ついつい笑顔がこぼれ、少し恥ずかしくなりながらニコやニーナの顔を見ると、彼女たちも、はにかむように笑って答えてくれました。
「私も、この町が好き! だって、第二の故郷だったさーね……。他の町がどうなっているかわからないけれど、この町が私を受け入れてくれたように、他の町が同じような被害に遭っていたとしたら、そこの人も受け入れられるようにしていきたい――。そんな風に、思ってたさ」
「…………私は、ここで産まれましたから。それに、この土には、亡くなった人の命が還っています。――両親も、祖父母も、きっと、この土に……。そう考えたら、離れたくなくなります」
――――私はずっと、この場所を復興しようと『しすぎる』ことで、三人の負担が増えていたらどうしよう――と不安に思っていました。
ここで生活できるようになればなるほど、離れられない感情ばかりが強くなって、もし隣町が無事だったとしても、離れづらくなります。
でも、普通の生活を取り戻すには、ここを離れるほうが正解。
もしかしたら私は一人でこの町に残って――。なんて。
「嬉しい……」
私が呟くと、三人がまた笑ってくれます。心強いこと、この上ないです。
あとはマリーさん達が帰ってきたら――。
そう思って遠くを見遣った瞬間、でした。
「あっ! おいっ、あれ!」
遠くに『馬車と人』が見え、私に続いて気付いたニーナが、大きく手を振りました。




