スライムに生きる権利を!!!
最初に開通したのは、こぶし大の大きさだけでした。そこからは両面で穴を広げるように掘り進め、一気に進みます。
それでも一時間ほどかかって、ようやく足元まで広がりました。
「これで、レコの型枠が出せるな」
私が感慨深く言うと、続けてニコが呟きます。
「……でも、千年ぐらい使ってなかった……。大丈夫……かな?」
「ボクの前世には千三百年も健在する木造建築があった。管理状態さえ悪くなければ、木製でも大丈夫なはずだ」
土の中は温度も湿度も安定しているはずです。
コンクリートの地下室というわけでもないですし、壁や床、天井が全て自然の『呼吸する素材』だと仮定すれば、それほど酷い環境になるとは思えません。
「動かしてみよう」
そこからは四人と一匹がかりで、一メートル四方の重たい型枠を押し、どうにかお日様の下へ出すことが叶いました。
「よし。土を入れて、ココを注ぐんだったな」
両手持ちのシャベルは、右腕を骨折しているニーナには扱うことが難しいです。
エリカスライムでは高さが足りませんし、ここは私とニコ、それと、あまり無理はさせたくないのですが傷を負っているターシャの三人で、一気に土を持っていきます。
量は結構ありますが土が軽いので、サクサクと進みました。
更に上からシャベルの平らな面で叩いて、土の密度を上げます。なんとなく、このほうがブロックになったときにしっかりしそうです!
「ニーナ、ココを注いでくれ」
「準備できてるさー!」
ココは少し大きめのカブぐらいの大きさで、中に入っているスープみたいな果汁の量も、それほど多くはありません。十杯とか二十杯も必要とかでなければいいのですが……。
雨の後は『水捌けが悪い』と感じた土に、ココの果汁は不思議なぐらいサッと溶け込んでいきました。
そのまま一旦、放置。
きっちり一時間を計りたいところですが、時計もないので感覚で挑むしかありません。
この地方は割と温暖なほうで、冬の雪もそう簡単に積もることはなく、夏が少し長め。今は夏になる前ですが、徐々に気温も上がってきていて、今日のお日様はちょっと頑張りすぎのように思えます。
「レコ――できるといいですね」
少しだけ不安そうに、ニコが言いました。
地下シェルターの壁を壊してしまいましたし、もう後戻りはできません。
まあ雨風を凌ぐ程度なら、もう一度土を盛れば済む話ですが……。
普通に土を盛るだけでは雨水の流入は避けられないでしょう。折角発見したシェルターの価値を、落としてしまいました。
でも、レコを作ることさえできれば、あとはエリカを……。
いや、やっぱりそっちの問題も大きいな。
ちょっと体削るね? というわけにもいかないでしょう。エリカなら許してくれそうなのが、逆に怖いです。
「水――、電気――」
水と電気はありがちな組み合わせのように思えて、実生活では絶対に組み合わせない要素。
あっ、でも日本の授業では、よく出てきたような気が――!
純粋な水は電気をほぼ通さないとか、何とか。
スライムは水の精で、純粋な水の生物。この世界ではそう言われているようですけれど――。
「エリカ、ちょっとこっちへ」
抱き上げて、じっくり観察します。
――――これが純粋な水?
思いっきり目、あるんですけど! 形も保ってるし!
そもそもエリカスライムは意思を持って動いています。でも内臓とか脳とかは、無いわけで。…………これを科学的に分析するのは、不可能じゃないかな!?
科学が全てに万能だとは思っていませんけれど、これほど非科学的な存在を前にしては無力感が半端じゃないです。
「んー……。じゃあスライムって、なんなんだ?」
水の精?
でも古代物語では、雷の精という話もありますし。
実際に水と電気からエリカスライムは生まれました。じゃあ今のエリカには、電力も宿っているのかな?
そういえばコンクリートハンマーだって、エリカの中に取り込まれても全然平気そうでした。
水にどっぷりつかって使うものではないと思いますけれど、影響ゼロです。使った後はびっちゃびちゃとか、そういうことでもなく……。
「水――、電気――、水、電気……、水電気……」
考え込みながら何度もその言葉を繰り返している私は、気付いていませんでした。
バチィ――と細い線が私の両手からエリカの体内へゆっくり入っていき、「え?」と気付いた頃には中心で結合してスパーク。
エリカが白目になってしまいます。
「やばっ――。エリカ!! おい、エリカ!!」
私の声に、ニコ、ターシャ、ニーナの三人が集まってきます。
「どうしたんですか!?」
真っ先に届いたのはターシャの声。
「いやっ、その――! エリカに電気――、小さな雷のようなものを使ってしまって……!」
後悔した矢先、白目をむいたエリカはそのままバタンと倒れ、両目の中心の下――つまり口がありそうな辺りから、ベェッとネバネバした液体を吐き出しました。
すると黒目が戻って、すぐに体勢を持ち直し、周囲をキョロキョロ見回します。
「大丈夫か!? ごめん、ボクが悪かった――」
謝罪の言葉を口走っている最中、エリカは更にベェッ、ベェッ――と何度もネバネバを吐き出します。でも今度は目が確かで、何かの攻撃とか技……? そういう風に見えなくもありません。
「おいエリカ! あんまり吐きすぎると体が小さく――っ、…………なって、ないな」
おかしいです。コンクリートハンマーで体から水分を散らしてしまったときとは違って、エリカの体が小さくなっていません。
電気と水――。ひょっとして、電気分解が起こった?
日本では水と言えば酸素と水素の結合体ですけれど、まあ、そもそもスライムをただの水と扱うことは難しいですし。
とにかく何かしらの合成されていた物質が、電気によって分離された可能性はあります。
でもこんなにまとめて分離したなら、体積が減ってもおかしくないわけで。
んー……? いや、でももの凄く細かな物質が分離することで体積を増やした――という可能性もあるのかな。
合計して五個のネバネバしたものを吐き出したエリカは、全く今までと変わらない様子でこちらを見ました。
むしろ『やりました!』という顔に見えます。
「えー……っと。エリカ、この…………ネバネバ? 使っても良いの……か?」
正直に言いましょう。
誰かの嘔吐したブツをどういう言葉で表現していいのか、わかりません!!
エリカも純情な乙女のような恥じらいを見せています。まるで『きゃっ、見られてはいけないものを見られてまったわ。恥ずかしい……っ』とでも言いたげですが、それはきっと吐瀉物に対する反応ではないですよ?
とりあえずネバネバに触れてみます。九年連れ添った友達でも、嘔吐したブツに触れるなんて、普通はないですから。かなり気が引けますが……。
「…………おおっ。なんだこのネバネバ感は!?」
ヤバいです。これぞネバネバネヴァーなオモチャスライムそのもの!
確かスライムを擂り潰してこうなる……というお話でしたけれど、これ、ひょっとしてそのまま接着剤になるのでは?
「エリカ、これでレコがくっ付くのか?」
問うと、『うんうん』と小さく頷いてくれました。
「リタ! レコが固まったさー!」
「本当か!?」
そうとなれば、まずは最初のレコとエリカの吐いたネバネバで、開けた横穴を塞いでみましょう。
私のDIYライフ、ようやくスタートです!




