スライム!
夜が明けてみんなで外に出てみると、轟々と降っていた雨も収まって、曇り空だけが広がっていました。
いつ降りだすかわからないので、ちゃっちゃとやってしまいましょうか!
町が崩れて、全ての建造物は土になってしまいました。今はでこぼこで、水たまりが大量発生です。水捌けはあまり良くないかな?
「一番大きい水たまりは――。これだな」
辺り一帯を見回してから、一番大きな水たまりを探して、試しに指を突っ込んでみます。
――――特に変化はない?
「そっか。ダダ漏れだったら色んな人を感電させてきたはずだよね」
必殺技、握手!
そんなはた迷惑なものを使った覚えは、一度としてありません。
電力を発揮するためには、何か条件があるのでしょうか?
じゃなきゃ、魔法みたいに呪文を唱えるとか――。
でもコンセントプラグに触れたときに呪文なんて唱えていないですし。
確か、触れた瞬間にコンセントプラグの懐かしい金属感を思い出して……。これは電気が必要なものだ――って、すぐに感じました。
じゃあ今の私に足りていないのは、想像力?
水たまりに電気を流すぞー! って、水には電気が必要だなんて、考えたことないですからね。想像も何もあったものではないような気がします。
「必要なのは『雷』だったな――。ニコ、鉄の棒とかないか?」
「シャベルなら……」
「よしっ、ちょっと貸してほしい」
私は水たまりの中をバシャバシャと音を鳴らして歩き、中央にシャベルを突き立てました。小さくて低すぎですけれど、避雷針の代わりです。発生源が雲じゃないので、これでも役割を果たしてくれるでしょう。
「みんな。ボクから離れてくれ」
そして三人を十分に遠ざけます。間違って直撃なんてしたら、危なすぎですから。
「うー……っ。電気……電気……」
なんとなく指先を避雷針のシャベルに向けて、斜に構えました。これ、できたら魔法使いになってしまうのでは……?
まあ、役に立てるのならこの際、細かいことは抜きにしましょう。
「電気……ビリビリ……放出……」
ん――。なんとなく指先に熱を帯びてきたような気が……。
指先から放たれる雷を想像すると段々熱感が強くなってきます。更に痺れるような感覚まで。
これは、いける感じですっ!
「放出――、あの、シャベルへ――――ッ!!」
ビシビシビシィ、と破裂音のようなものが指先から鳴った、次の瞬間。
視界を目映い白が覆って、一条の光が指先からシャベルに向かって放たれ、同時にドゴォォオッと地鳴りがしました。
…………いやいやいや、威力強すぎでしょう。理科の実験みたいなの想像してたのに、本当に雷じゃん!!
そういえば空気って絶縁体だった気がします。雷は空気の絶縁性を破壊して突き進むわけで、だからとんでもない威力だとかなんとか……。
絶縁破壊…………使うときは気をつけ……よ……う。
一気に体中の力が抜けて、目の前は真っ白なまま。
◇◆◇◆◇
――――「リタ様!」
この声は……ターシャ……?
私、気を失ってたのかな。
ゆっくり瞼を開けると、さっきまで曇っていた空が、パカーンと快晴に開けています。
「――――スライムは!?」
ガバッと上半身だけで起き上がって、ターシャの姿を視界に収めました。
すると胸に、あの授業で見たのとそっくりなスライムを抱えています。
「……やった…………。やったぞ! ターシャ!」
「はいっ。さすがリタ様です!」
よかった。これであとはレコさえ作ることができれば、建物も作ることができるようになる。
「でも――」
ターシャは急にスライムを地面に置くと、そのまま体をかがめて視線を合わせてきました。
次いですぐに眉根を寄せ、グッと顔を近付けます。
「あたっ!」
おでこに、バチッとデコピンをされてしまいました。
「めちゃくちゃ心配したんですからね!! リタ様が凄いのはわかりましたけど、結果もわからないのに無鉄砲に無茶をするのは、絶対ダメですから!!」
「…………ごめん」
「リタ様は色々背負いすぎです!」
ターシャは私より二つ年上の先輩。
領主の娘なんていう立場じゃなかったら、お姉ちゃんみたいな存在になっていたのかもしれない。
――――いや、デコピンなんて領主の娘には、やらないでしょう。額に残るジンジンとした感覚が、なんだかとても嬉しく思えます。
「わ――わたっ、わえたち、リタ様のこと、ちゃんとお友達だと思ってますから! リタ様がどう思われるかはわかりませんけれど……。友達が危ない目に遭うのを黙ってみているのは、凄く……。凄く、辛いです……」
言いながら、ターシャは私に抱きついてきました。これも、領主の娘と平民なんて関係じゃきっと……。
「ありがとう。――だから、泣かないでくれ」
私は抱きついてきたターシャの体を更に抱き寄せて、後ろ頭をポンポンと、優しく撫でます。
「もう、無茶はしないから」
わんわん泣く年上のお友達を、私はずっと抱きしめ続けました。
すると不思議なことにスライムが寄ってきて、私の傍でちょこんと止まると、腰の辺りに体を擦り寄せてきます。
この子をグシャッと潰してグリグリ擂り潰さないといけないのかぁ……。世界が残酷すぎるよ……。
「ところで、『わえ』――――って?」
「あっ、ええと……。母の生まれが遠い地方で、その、兄姉は誰も言わないのですけれど、私だけ、その――――物心ついたときには、自分のことを『わえ』と……」
「へえ」
「変……です、よね?」
「いや。凄く可愛いよ」
さて。…………おいっ、私。
そんなことをうっかり口にするとだね!
「あ……。ありがとう、ございます」
ほら! 思いっきり顔赤くして目を見詰められたじゃん!
女子校で男子耐性ない子に、男装して男の子みたいな調子で恥ずかしげもなくそんな言葉を口走ったら、そりゃそうなるよ! この天然ジゴロ!
――――はぁ。でも、仕方ないか。それで友達じゃなくなるということは、無さそうだし。
諦めを混ぜた溜め息を小さく吐きながら、擦り寄ってきたスライムをなんとなくナデナデしてあげると、もっとくっついてきます。
この子、ペットみたいでめちゃんこ可愛いんですけど! ……情が移ったら、あとで辛いなあ。絶対泣いちゃうよ、私。
「――そういえば、このスライム、ちょっと珍しいんですよ」
「ん?」
ターシャが私の体を離れて、スライムを持ち上げる。そして後ろを向けました。
「ここに、矢のような紋章……? 普通のスライムに、こんなものはないと思うのですが」
それを見た瞬間――――――。私の心臓は、止まったと思う。
三本の矢を模した、フレミング家の紋章。
エリカのうなじに刻まれていたものと、そっくり――。
私は心臓が動き出したのかどうかもわからないまま、友達の名前を口にしていました。
「エリカ……?」
するとスライムは、ターシャの胸の中でグリグリと動きながらゆっくり向きを変えて、こちらを見てくれました。
両手を差し伸べると、ピョンッと跳ねて胸に飛び込んできてくれます。
「エリカ……! エリカだ…………っ」
何度も何度も名前を呼びながらスライムを抱きしめ、驚いているターシャの前で、私は子供のようにわんわん泣きました。
この子を叩いて潰すなんて絶対にしないし、誰にもやらせない――。
二度とエリカを失うことは、何があっても私が許さない。
――そう、覚悟を決めました。




