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不思議のない、おとぎばなし

 土の下というのは静かなもので、土を叩いているはずの雨音がほとんど聞こえてきません。

 ただ、この世界の構造体であるレコも土と同じ特性を持っているようなので、そもそも家の中が静かでした。だからそれほど違和感なく、自然に過ごせています。

 壁だって家と同じように、塗料で仕上げられていますし。

 こうなると、窓がないことと、光がLEDライト――というところが一番の違いになるかな。

 ガス灯やロウソクの揺らぎがある光とは違って、光源がやたら眩しくて刺激的。私は十五年前と言えどLEDの明かりの中で暮らしていたから大丈夫ですけれど、ニコ、ターシャ、ニーナの三人は時折、目をチカチカさせています。

 自然な火の揺らぎというものは見ているだけで心を落ち着かせてくれるので、そこもちょっと残念かな。

 でも安全圏と光が確保できたので、贅沢は言えません。


「――マリー達は、大丈夫だろうか」


 この雨が広い範囲で振っているとすれば、彼女たちは今頃、雨に打たれていることになってしまいます。それなりに暖かい季節とは言っても、風邪を引くには十分でしょう。心配です。


「途中に森がありますから、大丈夫でしょう」


 ターシャは私を安心させるかのように、落ち着いた調子で語ってくれます。


「マリーさんには医学の知識がございますし、確か、森で狩りをする趣味をお持ちだったはずです。こういうことには、私たちよりもずっと慣れていると思いますよ」


 八人を二つの班に分ける際、マリーさんは私に『狩猟経験のある私が行くべきだろう』と告げました。

 医師家系に生まれた彼女が怪我人をこちら側に置いていくわけで、苦々しさの(にじ)み出た表情を見れば、苦渋(くじゅう)の決断だったことは容易に(うかが)えて……。

 領主の娘なんていう立場にあるだけの私は、何もできることがないのに、マリーさんは二つのことができるばかりに、どちらか一つを捨てる決断を強いられました。――そう考えると、とても胸が痛みます。

 今の私にできるのは、電力供給ぐらい。

 ココの果実を見つけたのはニコで、シェルターを見つけたのもニコ。ターシャは裂傷を抱えながらココの保存について詳しく調べてくれましたし、ニーナだって、結果は出なかったけれども、腕の骨が折れたままで安全圏を探し回ってくれました。

 それに比べて私はというと、みんなの補助ぐらいしかできません。

 エリカが生きていたら……。

 ――いえ。これはエリカに頼り切った人生を送ってきた、代償なのでしょう。

 私、少しでも役に立ちたい!


「ニコ、古代物語にあった『雷の精』について、もっと知っていることはないか?」

「スライムのこと……ですか?」

「ああ。水に雷が落ちてスライムが誕生した――。もしこれが事実なら、ボクの電気と雨水で、スライムを創り出すことができるんじゃないかと思うんだ。レコの原料になりそうな土はたくさんあるし、スライムさえいれば、建物を作ることができるかもしれない」


 真剣に伝える私に、ニコはハッキリ(うなず)いて答えてくれました。

 シェルターとココがあれば、当面の生活は大丈夫でしょう。でも毎日この閉鎖的な空間で生きて、毎食ココだけを飲む。それでは長続きしません。

 地上に安全圏を作ることができるようになったら、昼はお日様の光に当たってお昼寝したり、夜だって月明かりの下で落ち着いて眠ることができます。レコは土なので、火を(おこ)すことさえできれば、たき火もできるかもしれません。

 とにかく未来を見ること! ……そうしないと、気が滅入って、いつかダメになってしまいそうです。


「……水に落ちた雷でスライムが生まれた――という伝承は、実は、古代物語以外にもいくつかあります……。…………あの、一応、全て創作のお話だとされています……けれど」

「構わない。聞かせてほしい」


 お願いするとニコは、まるで子供に童話を聞かせるような調子で、優しく言葉を紡いでくれました。


「――とある(みずうみ)の真ん中に、一本の大きな木がそびえ立っていました。水の底から生える奇妙な木は腐ることなく成長を続け、人の背丈の十倍はあろうかというほどになり、いつしか神木(しんぼく)として人々の信仰心を集めるようになります」


 水の中から生えてくる木――?

 この世界には、そういう木があるのかな。でも神木になるぐらいだから、相当珍しいってことだよね。


「しかしある日の昼間、雲もないのに突然、世界を黒で(おお)うように太陽の光が消えていき、まるで夜のような暗さになりました。人々が恐怖と不安に(さいな)まされていると雷鳴(らいめい)(とどろ)き、しばらく経って、湖の神木に一本の禍々(まがまが)しい光が落ちました」


 なるほど……。雷が落ちて木が無事だとは、思えません。


「神木は割れるように二つへ裂けて、内側から燃えてしまいます」


 これでは、雷が悪魔の鉄槌と言われるのも、納得できてしまいます。

 ――でも湖に一本の木ということは、近くに高いものがあったとは思えませんし、単純に高いところへ落雷したというだけ……じゃないかな?

 あと昼間なのに暗くなったのは、日蝕(にっしょく)かもしれない。

 この世界にも太陽と月があるわけで、軌道が重なれば、手前にある月が後ろの太陽を隠すことがあっても不思議ではありません。


「そして太陽が再び輝き出すと、湖の周囲には大量のスライムがいたのです。――――そういう、お話……でした」


 ニコがお喋りを得意としていないのは、接していればすぐにわかることなわけで――。

 語り終えるとホッと胸を()で下ろしました。


「ありがとう、ニコ」


 お礼を言うと、嬉しそうに、はにかんでくれます。

 可愛くて健気。この子は絶対、男の子にモテる子です!

 嫁入りの心配は無さそうですし、子供が産まれたら毎晩童話を語りかける、良いお母さんになれると思います。


「ターシャとニーナは、今の話を知っていたか?」

「そういうお伽噺(とぎばなし)があると、耳にしたことぐらいなら……」

「知ってたさ―。それ、あたしの産まれた地方じゃ『悪いことをした子供に言い聞かせるための怖い話』の定番だった」

「世界的に伝わっている……ということだな。それなら、ある程度は信憑性(しんぴょうせい)がありそうだ」


 この時、私はみんなの役に立ちたい一心でした。

 だからこんなことを、言えてしまったのです。


「よしっ。この雨なら、外に水たまりの一つや二つぐらいはできているだろう。ボクがそこに電気を送ってみよう。――もしかしたら、スライムを創り出すことができるかもしれない」


 もちろん三人は私を止めました。


 危ない。

 悪魔の力に手を出してはいけない。

 スライムは水の女神が創りだしたものだから、人が生み出せるはずがない。


 ――――でもね、私にとっては、みんなで生き残ることが最優先なんだ。

 それに自分の体から電気が放たれているなら、水に触れて電気を通すぐらいは大丈夫だと思えるわけで。

 きっとこの世界は、科学を宗教だと思いすぎている。

 いや、そりゃ、電気人間なんて非科学的な私が何を言うかという話ですけど!

 でも日蝕と落雷のメカニズムを知っていれば、さっきのお話を単なるお伽噺(とぎばなし)だと思うには、いくらなんでも説明が付きすぎます。

 私にとってニコの語ってくれたお話は、不思議なところが一つもない、淡々と語られた歴史的事実のように感じられました。

 たまたま日蝕と落雷が同じタイミングだったということは、かなりの偶然だと思いますが……。

 みんなはまだ、科学を知らない。

 実験する価値ぐらいはあるでしょう。


「もちろん雨が止んでからだ。――大丈夫。危険はない」


 三人の制止を無視して、私は決意を固めました。

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