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ひも

 目を覚ましてから七日が経過。

 入院生活にも慣れ始めて、今日はマリーさんの学校の先生でもある、高名なお医者さんが診察に来てくれました。

 ただ……。

 生活には慣れはじめましたが、昨日も一昨日も一昨昨日(さきおととい)も高名なお医者さんが、学者さんを引き連れてやってきています。

 もちろん野心満々の顔で。

 毎日毎日そういう人が代わる代わる訪れるというのは、どうにも慣れません。

 身体から電気を放てる私はある意味で未知の生物ですから、その気持ちは理解できるのですけれど。


「あの――。先生、私はいつ頃退院できるのしょうか?」


 恐る恐る、先生に尋ねます。かなりのご高齢です。


「は? なんじゃって?」

「いつ頃退院できるのでしょうか」

「聞こえんのう……」


 だ、大丈夫なのでしょうか。

 補聴器とか無いからなぁ……。


「あの、マリーさん」

「大丈夫だ。耳が遠くなっても名医なのだから」

「できれば耳が遠くなる前に、お会いしたかったです」


 言うとお(じい)ちゃん先生の口が開きます。


「辛抱せい。耳など聞こえんでも、ワシの耳が遠いことを不安に感じていることぐらい伝わってくる。――どれ、背中を見るぞ」

「は、はいっ」


 なるほど。空気でそれを読み取るという辺りからは、なんとなく名医感が出ています……!

 さっきまでプルプルと震えていた手も、聴診器を持った瞬間にピタリと止まりました。

 この姿はどこからどう見ても名医そのものでしょう!


「よく聞こえんのう……」


 やっぱりダメかもしれません。

 なんのための聴診器?


「どれ、傷は――――――――。ふむ。これはこれは…………。驚異的な回復力と聞いておったが、これは刺された場所とその後の処置が良かっただけのようじゃのう」


 私の傷は、エリカがツノで、背後から突き刺したものです。

 そのあと傷を塞いでいてくれたのもエリカ。


「ただ……。適切な処置がされたことと先の(とが)ったもので刺されたことは、わかるのじゃ。そういう凶器の類いで刺されて運良く一命を取り留め、周囲に医療に通ずる人間がいた――とか、のう。しかし一切の()(のう)がないというのは単なる幸運なのか、それとも……」


 確かに金属とか物理的なものには雑菌が付着しているので、傷が内臓まで染みてきそう。

 軽傷を致命傷に変える、毒を塗った武器もあると聞きます。


「マリーさん、スライムのことは伝えてありますか?」


 今までのお医者さんたちは全ての疑問を私の体質に向けてきました。でもこのお爺さまは私にだけではなく、出来事の全体へ疑問を向けられている――。

 真実を語っても良いのかもしれません。


「伝えても構わないのか?」

「もちろん、スライムたちの身を保証してくれるのであれば……ですけれど」

「そうか――。ならば伝えよう」


 するとマリーさんは先生の耳に口を近付けました。

 そこまで近づいて大声を出してしまっては、いくら耳が遠いとはいえ鼓膜が破れてしまうのでは――と思ったのですが。

 彼女は(ささや)くように、それほど大きくない声で「金属ではなく、スライムのツノで刺されたそうです」と伝えます。


「ふむ――。なるほどの」


 耳に近ければ伝わるのかな?


「あの、マリーさん。今のは……?」

「先生は耳にかかる吐息から言葉を推察できるんだ」

「変態っぽい!」

「娘さんや、なんとなく中傷されているぐらいなら、わかるぞい」

「すみません……」

「ふむ。しかしスライムのツノとな――。これは古代物語の類いじゃのう。ワシも学者を連れてこれば良かったのかもしれぬ」


 人間に害を及ぼさないどころか大人しく()(つぶ)されちゃう存在なので、きっと千年以上にわたってスライムに襲われた人がいないのでしょう。

 私もツノが武器になるとは思いませんでした。

 先生は白い(ひげ)がちょびっと伸びた顎に手を当てて、ふむ、と考え込みます。


「スライムは女神の作りだした純粋な水とされておるから、不純物もなく雑菌も存在しない…………。伝承の通りだとすれば、なるほどのう。しかしまさか、内臓を避けるように刺したこともスライムの狙いだったのじゃろうか」


 三人でエリカスライムを()()ると、ちょっと照れくさそうに(ほお)を赤らめて斜め下を向きました。

 一応あなた、殺傷事件の犯人ですからね? 正当性はありますし、まして責める気なんて毛頭ありませんけれど。


「ふむ。ロメールの生き残り八人にはそれぞれ、一人一匹の相棒スライムがいると聞いた――。どうやら優秀な相棒のようじゃ。知性が無ければ不可能じゃからのう」


 ほっほっほ、と納得されてしまいますが、多分人間並みの高度な知能を持っているのはエリカスライムだけです。

 でも……。

 みんなの相棒も、物事を理解して協力してくれます。

 ひょっとして私が考えているよりも高度な知能を持っているのかな?


「ねえエリカ。スライムの知性ってどれぐらいあるのかな?」


 問うと、ツノが斜めに曲がります。


「人間並み?」


 逆へ斜めに。


「獣並み?」


 また逆へ斜めに。


「スライム並み?」


 ようやく『うんうん』と(うなず)きました。

 って、それじゃわからないですよ……。


「ほう……。言葉を理解してコミュニケーションが取れるのか」


 そういえばエリカ以外のスライムも言葉に反応できますし、理解できてそう。

 まあ犬や猫でも名前を呼ばれたら反応ぐらいはしますが……。

 道具を取ってもらったり物を整理整頓するのを手伝ってくれたり。細かい指示を出しても応えてくれるので、さすがに単なる動物とは一線を画していそうな気がします。


「あの。それで先生、私はいつ頃――」

「『早く退院したい』と言いたげじゃのう」

「はい!」


 よかった。伝わってる。


「誰だって奇異の目にさらされるのは嫌じゃろうて」

「……はい」


 さすが名医。

 聞こえていないのに、こちらの言いたいことを理解してくれます。

 それに昨日までの人たちに比べると、がっついてくる感じがしません。

 高名であることに良くも悪くも納得できてしまうと言うか、『功績を挙げてもっと偉くなってやる!』という意志を隠そうともしない人たちばかりでしたから。


「歩けるようになったと聞いておるが、まずは車椅子での外出からじゃろう。ふむ……、入院生活で心労を()めても良いことはない。明日にでも許可を出せるよう、ここの医者と相談してみよう。その顔色なら余程のことがなければ大丈夫じゃろう」

「あっ、ありがとうございます!」

「しかしロメールは今や、国にまでなったと聞く。その国家元首を自由に歩かせるわけにはいかぬことも事実。介添えのついでにマリーを監視役に付けるように言っておいてやるわい」

「はい!」


 目を覚ましてから七日。

 ようやく外出の許可が出ました!


「ふふっ。ふっふっふ―――」


 笑いが止められませんね。

 これで観光ができます。

 そして私は国家元首――。

 王として、国のために王都のあれやこれやを買いあさって発展に寄与しなければなりません!

 つまり名誉ある散財! ビバ王都!


「……リタ。君の監視にはニコくんもいるからな?」

「そうでしたぁぁぁぁぁぁっ」


 散財をするには財布の(ひも)が固そうです。

 そもそも国のお金を散財していいのかという話ですが。まあ税金をポッケの中にナイナイするのはどの国だっ……ダメですね、はい。

すみません

良いことと悪いことと色々が重なって

久しぶりの更新になってしまいました


できる範囲で更新ペースを戻していきますので

またしばらくお付き合いいただけたら嬉しく思います

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