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回復

 ――ほっぺたが冷たい。

 このヒエヒエでムニムニした感覚……。


「エリ……カ?」


 目を開けると青く透明な身体が映って、少し視線を上げるとつぶらな瞳がこちらを見ていました。

 更にくるりと背中を向けて、フレミング家の紋章を私に確認させてきます。


「…………そっか。スライムに戻ったんだね」


 私も身体が重くて、幽霊状態ではなくなったことを体感で理解しました。

 どうにか上体を起こして部屋を見回しますが、それほど広くないけれど狭くもない殺風景な中にベッドとドアがあるという程度。

 見覚えはありません。

 不思議に思っているとエリカがピョンピョンと跳ねて、そのままドアへドンッと体当たり。なんだか以前よりも戦える感じが出ていますね……。


「はいはーぃ。ちょっと待ってくれー」


 ん?

 どこかで聞き覚えのある、低く座った女性の声。

 疑問に思っているとドアが向こう側から開いて、背の高い女性の姿が――。


「どうしたエリカくん――、って、リタ、起きたのか!?」

「マリーさん!?」

「……さん?」

「あっ、いえ、これはそのっ」


 あれ? 驚きはしましたし再会は嬉しいですけれど、そんなに感情が(たか)ぶっているというわけでもないような……。

 自然と思ったままのことが口に出た?


「――――なるほど。本来の君に戻ったわけだな」

「そ、そうみたいです。あはは……」

「体は痛くないか?」

「え――と。背中とお(なか)が少し」

「三度も手術をしたからな」

「三回もですか!? ――いたたたたたっ」

「大きな声を出すからだ。目を覚まして良かったけれど、もうしばらく安静にしていてくれよ」

「あのっ、もしかして手術はマリーさんが?」

「まさか。私はまだ医療を学んで一年目だ。立ち会ったことと、こうして学校にいない間は病院の中で雑用の手伝いをさせてもらっている、それだけだよ」


 確かに、一年目で手術なんて覚えられるはずがありませんね。


「しかし一年目で実際の手術に立ち会わせてもらえたことは幸運だった。君の内臓がどうなっているのか、詳しく見ることができて……とても嬉しかったよ」

「あの…………なんだか猟奇的で怖いです」


 少し身じろぐと、マリーさんは手で目を覆うようにしながら「あっはっは」と豪快に笑いました。


「リタ=ロメールには不思議な力がある。それは悪魔の力かもしれない。――そんな人間の腹を切って中を開けるんだ。本来なら医療関係者も学者も入り乱れるところだよ」

「うう……。人のお(なか)の中を興味本位で見ようとするなんてぇ……」

「学問を極めようとする人間は知的好奇心が極端に強い。ある程度は仕方がないだろう」

「あの。ある程度って何人ほど?」

「手術室は狭い上に衛生管理を徹底しなければならないからな。医療従事者の中からは数人。その中に恐れ多くも私が選ばれ、あとは国が定めた学者が一人立ち会っただけだ」


 ホッと息を吐きました。

 百人に見られながらの手術とかだったら恥ずかしくて違う意味で死んじゃいます。医療行為ですから手術そのものはそれほど恥ずかしくもないですけれど、物事には限度というものがあります。


「って、そういえば臭いとかしませんでしたよね!?」

「臭い?」

「その……お腹の中の…………ガス、というか……」


 あの『ボク』は人体から硫化水素なんてとんでもないものを大量発生できるみたいですからね! 女の子としては最悪な話です!


「ああ、なんだ。屁のことか」

「ストレートに言わないでください!」

「うーん…………。まあ、ハッキリ言ってしまうと緊急手術というものは綺麗には済まない。そういうこともあって予定された手術の前には食事を抜いてもらうわけで」

「もう……お嫁に行けません」


 手で顔を覆う以外に何ができるでしょうか。ぐすん。

 マリーさんもさすがに空気を読んだのか、しばらく沈黙の時間が流れました。うん。むしろ何か喋って!


「……あー、話を元に戻そうか」

「お願いします」

「学生の私が貴重な場に選ばれたのは、君と一緒に居た経験があるというただそれだけの理由だったんだ」

「そんなこと……。マリーさんなら、学生の中でもトップクラスの成績を収められているのでは?」

「もちろん。君がロメールを再興したように、私も医療で名高いエリクソン家を再興したい。ただ家督を継ぐだけの人間とは意気込みが違う」

「さすがです!」

「ははっ。その女の子らしい表情、本当に違う人みたいだな」


 それから私は、ことの成り行きを彼女に説明しました。

 (おお)(ざつ)()にはニコとニーナから聞いていたみたいですし、手術の前には関係者に伝わっていたとのこと。

 ということは私の手術を執刀した人は勇者ですね。最悪爆発すると思われていたでしょう。

 加えて幽霊状態の話とエリカとの会話を伝えると、さすがに驚かれてしまいました。

 でも、一緒に苦難を乗り越えたからでしょうか。きっと普通の人よりは(はる)かにあっさりと受け入れてくれています。


「ところで……ここ、ダリア領ですよね。医療は主に王都で学ぶ物なのでは?」

「いや。ここは王都セスキアだ」

「へっ!?」

「君はまずダリア領へ運び込まれて、そこで一度目の手術を受けた。しかしダリア領の医療設備では助かる見込みなく、ならば――と更に王都へ移動させたんだ。ここならば設備も医療技術も備わっている」

「王都まで、馬車でですか? 数日はかかると思うのですけれど……」

「医者は放っておけば助からない命を助ける役目だ。僅かでも可能性があるほうへ賭けることは当然だろう」


 なるほど……。

 重傷者を、何日もかけて馬車で搬送。

 無謀極まりない行為のようにも感じますが、確かに、放っておいて死ぬぐらいなら助かるほうへ賭けるという判断は正しそうです。

 現に助かっていますし、助けてくれた全ての人へ感謝が尽きません。


「それにエリカくんが傷口を塞いでいてくれた」

「エリカが……?」

「こう、ネバーッとくっついて。傷口が開くことも雑菌が入ることもなかったのは、彼女のおかげだろう」


 エリカスライムを見ると、キリリとした目で『当然のことをしたまでですよ』と言いたそう。

 私、この友達に何度救われているのかなぁ……。


「ニコとニーナは買い出しに出ているが、もうすぐ戻ってくるだろう。目を覚ましたと知ったら喜ぶぞ」

「――だと、いいのですが」


 私……『ボク』が町を崩壊させた犯人だった。

 その事実を知った二人は、私に対してどういう感情を抱いているのでしょうか……。

 お腹の傷がズキンと痛みました。

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