男の子みたいになりたかった
※2020年1月24日(金曜日)から同年1月26日(日曜日)までの三日間で、第一章『プロローグ』を一気に投稿していきます。物語の導入部分になりますので、最後までお読み頂けると大変嬉しく思います。
※第二章より先は、できれば毎日、もしくは週に複数回の投稿を予定しております。
死亡理由、割愛。
とりあえず死にました。前世はまあそこそこの家柄で大切に育てられた、そんなに悪くない人生です。死ぬのが人よりちょっと早かっただけで。
私の名前は宮代里汰。男の子みたいな名前であんまり好きじゃなかったかな。サトタとか呼ばれてきたし。
どうしても跡継ぎに男の子がほしくてほしくて仕方のなかった両親が、願掛けとして性別がわかるよりも先に名前を決めたそう。はた迷惑な話だ。少しは子供の身にもなってよ。
そんな両親だったけど、私が生まれてからは結局、男とか女とか関係なく溺愛してきた。そりゃあもう、鬱陶しいぐらいに。
特にお父さんは、完全に過保護そのもの。
私に言い寄る男の子がいないように、保育園から女子校に通わせていたぐらいだ。正直、ちょっと引く。
でも女子校は楽しかったから、一つも不満はない。
ただ……。
家に帰れば家庭教師の先生(もちろん女性)が毎日のように待ち構えていて、たまにいないかと思えば、ヴァイオリンのお稽古。たまたま両方とも予定が入っていなくて、うちの両親にも人の心があったのかなと油断したら、茶道の先生がいた。
少しぐらいは友達と遊ばせてよ……。
色恋沙汰の一つも経験すること無くこんなに早く死ぬとわかっていたら、少しぐらいは遊ばせてくれていたのかなぁ。
高台にある、お屋敷みたいな我が家の出窓――。そこから見える公園で楽しそうにボールを蹴っている男の子達が、心の底から羨ましかった。
◇◆◇◆◇
転生理由、どうでもいい。
いやまあ世界の均衡と時空がどうこうとか色々説明してくれたけど、死んだ直後にする話かな、それ?
とりあえず神様的な何かは、私の来世にいくつかの授けものを与えてくれるそうだ。
ちなみに前世では貧乏が故に飢餓で死んだらしく、来世は裕福な家庭に、と。
前々世ではどうも悪役令嬢だったそうで贅沢しすぎたらしく、それこそ「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と平気で言える人間だったそうだ。信じがたい。そのときに迷惑を掛けた皆様には、深くお詫び申し上げます。
でもその私、民衆の反乱を受けて、殺されちゃったみたい。
そして来世は逆を選んだわけだ。飢餓に反乱に――どうやら私は、早死にする傾向にあるみたいです。
結局今回も早くに死んでしまったわけで、それは確かに悲しいけれど……。そこそこのお嬢様として育てられて特に不満のなかった私は、一生懸命考えた結果、神様的な何かにすっごい笑顔で『友達と遊べる来世を望みます』とだけ伝えたわけです。
…………わんわん泣かれてしまいました。
そんなに不幸だったのかな、私の人生……。
他に望みはありませんか? なんて聞かれたものだから、更に色々と考えた末に、私は習い事じゃない『趣味』を充実させたいと願いました。
勉強は嫌いじゃないし、ピアノもヴァイオリンもほどほどに好き。でも私が本当に好きなのは――。
「あのっ、私が集めた『電動工具』を来世に持って行くことは出来ないでしょうか!?」
無理だろうと思いつつ訊ねてみると、神様的な何かはにっこりと微笑んでくれました。
よかった。女の子が日曜大工なんて、お父さんが当然のように許してくれなかったけれど、いつか使う日を夢見てこっそり買い集めていたんだ。
もちろんDIYの本も沢山集めて、読んで、棚とか机とか……。釘一本打ったことはないけれど、作り方はマスターしているつもり! ――そんなに甘くはないはずですが。まあ、知識だけは溜め込んであります。
一生懸命集めて本まで読みあさって、想像を膨らませながらいつか使える日を夢見ていたのに、結局一度も使わないまま離ればなれ――というのは、寂しすぎるかも。でも来世で使えるのなら、私の努力や知識も無駄にならずに済むでしょう。
――しかし神様的な存在は「あっ」と何かに気付いて、急に頭を抱えて悩み始めてしまわれました。
人を転生させることができるほどの御方が頭を抱えて悩むなんて、よほど不都合なことでもあったのでしょうか……と思って、「難しいお願いでしたか?」と怖々訊いてみます。
すると、どうも私が次に生まれる世界は電力設備が整っていなくて、電動工具を使おうにも使えない――とのお話でした。
買ったまま一度も使えずに死んでしまうのも悲しいけれど、それを持って行ってまた使えない人生というのも、ちょっと困っちゃうかな。
無用の長物になるなら諦めるしかないか……、と、思ったのだけど。
神様的な御方は「仕方ないよね」と自らに言い聞かせるように呟いた上で、私にこう言い渡しました。
「来世では、たっぷり趣味を満喫してくださいね。他には、何かありませんか?」
「他……? あの、それって欲張ると地獄に落ちるとか、そういうのでは……」
「神に誓って、そんなことは致しません」
神様的な何かの御方は、神そのものではなかったようだ。
「じゃあ……。男の子みたいに生きてみたいです」
「ほう」
「幼い頃から私は一人でおうちにいて――。窓から見える公園で遊ぶ男の子達を、いつも羨ましく思いながら眺めていました。男の子みたいに沢山外で遊べたら、楽しいだろうな――って。それさえ叶えばもう、他に望むことはありません」
大好きなお友達と遊べて、大好きな電動工具が使えて、男の子みたいに自由な生き方ができる。――きっと来世の私は、素晴らしい人生を歩めるだろう。
「わかりました。それでは、来世をお楽しみくださいね♪」
そうして私は長い眠りについて、泣き叫んで生まれ、ボーッと少しずつ意識を覚醒させていき……。あっという間に十五年の月日を経過して、大人に近づいてきていた。
◇◆◇◆◇
どうやら前世の記憶というのは普通、持っていないらしい。
まあそうだよね。
私も前は持ってなかったし。みんなが持っていたら、会話の中身が前世の話ばかりになってしまうと思う。
なのになぜ今の私は、前世のできごとをハッキリと記憶しているのか。
何度も不思議に思った。
神様的な御方との会話の中に原因があるように思うけれど、思い当たる節は「来世ではたっぷり趣味を満喫して――」という言葉である。
この『趣味』が、私が前世で死んだ直後の『趣味』のことを指すのなら、電動工具がどこへ行ったのかわからないけれど、記憶が無くなれば趣味も変わってしまう――ということなのでしょう。
「お嬢様、お目覚めですか?」
天蓋付きのベッドに垂らされたレース生地の向こう側で、馴染みのある、高くて可愛らしい声が鳴った。
「もっと普通に起こしてくれよ」
腰高なベッドから足を投げ出してスクッと立ち上がると、私よりも一回り背丈の大きな女の子が、身なりを整えて立っている。
いつものことだけど、この生活は以前の人生より……。
――そう。
私はそこそこの家柄に産まれて大切に育てられたことを、神様に一つも不満として申し上げなかったのだ。
だから満足していると勘違いされて、そのままに――――。
いや、むしろ
「ロメール家のご令嬢は、人の上に立つ訓練をしなければなりません。これもその一環だと思って、どうぞ我慢なされるよう」
満足と勘違いされて、思いっきり悪化しちゃってる!
ロメール家は王家の末裔とされていて、歴史が古すぎるから詳しく何がどうとかはわからないけれど、とりあえず領地を与えられるほどの名家だ。
父は伯爵と呼ばれている。
私もいずれ、自動的に子爵になるとか。
自動的に爵位が与えられる身分って……。
せめて、もうちょっと緩やかに悪化させてほしかったなぁ。これ、日本だとそこそこの家柄がいきなり皇族になったようなものでしょう? ちょっと飛躍しすぎ……。
でも恵まれた家に生まれたのだから、贅沢を言っては罰が当たってしまいそうな気もするわけで。
――うんっ。だからまあ、また令嬢になってしまったことは、この際『良し』としよう!
とりあえず今直面している大問題は、この専属メイド、エリカ=フレミングが毎朝毎朝、恍惚とした表情を見せてくることだ。
「――――ああっ、いつ見ても凜とした佇まい――っ。私は身分を超えて、リタ様を愛してしまいそうです」
「ふんっ。ボクは君のことを、異性のように愛する自信なんてないぞ」
ああーっ! あとこれ! まず一人称が自動的にボクになる件!! ここについてじっくりと話し合いたい!!
あと、思ってることが喋れない! エリカはめちゃんこ可愛いメイドさんだから、まあその、愛せなくもないかなぁ……、ぐらいには思ってるのに! なんなの今の私の台詞。これじゃすっごい冷たい子みたいじゃない!?
「……できれば、エリカには友達でいてほしい」
うんうん。そうそう、それでいいの。……って、急に優しく本音が出たら驚くよ!
思っていることが上手く言葉にならないのに、かといって思っていることが表現できない――ってわけでもないのよねぇ。私、難しい子だ。
それとも男の子って、素直じゃないものなのかな……?
悪気なく好きな子をいじめちゃうとか、耳にしたことあるなぁ。それに比べれば私のこれも、可愛いほうのように思える。
「ふふっ、ご冗談を。領主のご令嬢と使用人ですよ? お友達になど、なれるわけありません」
で、エリカもこの姿勢を六歳の頃から一切崩さないし!
もう出会って九年だよ?
朝起こしてくれて、すっきりお目覚めできるモーニングティーからほっこりねむねむできるホットミルクまで、ほとんど一日中一緒にいるのに。
こんなの友達どころか、夫婦でも一緒にいすぎだよ!
「…………でも、ありがとうございます。そのように仰って頂けると、エリカは嬉しゅうございます」
頬を赤らめるエリカ。
背が高くて頼りがいがあるのに、すんごく可愛いなぁ。恋人……はさすがにモラル的に壁を感じるけれど、とにかく使用人とメイドじゃなくて、友達になりたい!
身分の壁、どうにかして取り払えないかな。
――神様的な御方。友人と遊べる新しい人生は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか?