中短編集:衝動的に(書いて)やった。反省はしていないがちょびっと後悔はしているかもしんない。
最弱勇者は来世に望みを繋ぐ
あけましておめでとうございます。
勝手にお年玉企画として短編を作成しました。
召喚の間にどよめきが走った。
魔術陣の中に凝集したエネルギーが閃光と変わり消失した直後、それは悲鳴に変わった。
そこにいた――いや、あったのは、控えめに言っても、かろうじてヒト型に見えなくもない挽肉未満だったからだ。
おそるおそる近づいた神官がハッと息を吞む。
「……まだ、息があります!」
「なんだと!」
「急ぎ治癒を施せ!」
儀式を見守っていた司教が叫び、神官たちが魔法陣へと殺到した。
「儀式に加わっていなかった者も召喚せよ!」
「ですが司教さま。これでは、王都中の神官という神官を集めても!」
「いうな」
司教は苦い顔をした。
「なんとしても彼の者の命を救え。さなくば、慈悲深くも天にあらせられる我らが神より彼の者が賜った力も無為に失われ、我らは王家からの庇護を失うことになるのだ!」
数多の神官が数ヶ月も寝込むほど渾身の祈りを捧げたおかげか、青年はようやく命をとりとめた。
しかし、治癒の儀式を持ってしても癒えることのなかった両目は潰れ、右手以外の四肢を失ったその全身は、むごたらしい傷跡に覆い尽くされたままだった。
異世界よりこの国を救うために召喚されたはずの青年は、どう考えても召喚されるべき『勇者』ではなかった。
傷を診た神官や医師たちは口を揃えた。この傷は抵抗も許されぬまま、ひたすら一方的に痛めつけられた結果であると。
たとえどのような状況に置かれたとはいえ、『勇者』たるものが無抵抗に嬲られ、四肢を失うほどの傷を得るわけがない。
いや、そのような無力な者が『勇者』であるはずがない。誰もがそう判断した。
しかし、お告げ通りにすべきと、王は強制的に彼を魔王を倒すための一行に加えた。
といっても、両足のない彼が歩けるわけもなく、両目と片手を失った彼が馬に乗ることができるわけもない。
やむなく、同行を定められた剣士と盾士は、彼を馬車の荷台に、文字通り一行のお荷物として放り込んだ。
青年は、その境遇に不平を漏らすことは一切なかった。王により、死に向かうような使命を与えられたことにも反駁することはなかった。
耳と口だけは奇跡的に無事だったことは、当人と意思の疎通ができたことで確認されていた。
しかし、治癒が施されたときから、自ら口を利くことはほとんどなかったと聞いて、賢者は、王城内に留め置かれてからの彼の行動を、保身によるものだろうと分析した。
彼は魔王と戦うどころか、食事や憚りへ通うような、平民の日常生活レベルの行動ですら、他人の介助がなければできないのだ。その身で王命に背かばどうなるか。
刑に処せられるどころか、介助の手を失っただけで生死にかかわる身だ。
そのことを知っているからこそ、瀕死だった状態でかろうじてとりとめた命を失いたくないからこその従順さなのだろうと。
その分析を聞いた剣士は生にしがみつく醜悪さを嘲り笑い、盾士は生きるために死にに逝くような『勇者』をひそかに憐れみ悼んだ。
しかし、青年が、一行になくてはならぬ存在であることに、彼らが気づくのに、時間はそうかからなかった。
この世界において、人間が持ちうるそれぞれ天稟は一つしかない。
剣士は[剣術]、盾士は[盾術]という天稟を持っているからこそ、そう呼ばれている。
むろん、乗馬に慣れれば乗馬の、調理をすれば調理の技術は身につけることができる。しかし天稟とは、経験の蓄積によって成長する技術とは異なり、成長しないかわりに技術とは比べものにならぬ効果を発揮するものだ。
それが常識、それが世の理というもの。
だが、青年は一行の常識をあっさりと打ち破った。彼は複数の天稟を身に備えていたのだ。
最初の一つに気づいたのは賢者だった。
荷台に寄りかかっていた青年が振動でバランスを崩し、ずるりと倒れ込もうとした時のことだ。
彼は、咄嗟に右手で荷台の柵にしがみついた。目がまったく見えないはずなのに、極めて的確な動きで。
不審に思った賢者は青年に話しかけ、彼が[絶対知覚]という天稟を持っていること、それが視覚だけでなく、五感すべてを人間離れしたものに変え、第六感すらも研ぎ澄ます天稟であることを聞き出した。
この国の王子である騎士とその従者たちは、さっそく『勇者』を不寝番に使おうとした。しかし彼は言葉少なく拒絶した。[絶対知覚]のはたらきは、どれほど熟睡していても山一つむこうの敵にすら反応するからだという。
その説明を証しだてるかのような魔物との遭遇に、一度は白皙を憤怒の朱に染めた騎士も顔色を和らげ、従者たちへ青年の介助に手をかけるようにと命じた。
次の二つに気づいたのは神官だった。
青年が魔王の配下の襲撃を感知した時のことだ。[神術]の天稟を持つ癒やし手の神官は、青年とともに後衛に下げられていた。
しかし、敵は宙空より襲ってきた。気がついたときには前衛を飛び越えた敵が、神官と青年の前に立ちはだかっていた。
神官も戦槌や小楯の扱いは学んだが、天稟持ちの騎士や剣士にはかなうわけがない。
そして、目の前の敵にも。
反射的に神の名を口にしようとした神官の前で、青年が敵の爪に大きく切り裂かれた。
その瞬間、二つの口から同時に苦鳴が上がった。青年と、敵の口から。
神官は見た。青年の身体につけられたのとそっくり同じ大きさ、深さの傷が、つけたはずの敵の身体にも刻まれているのを。
そして次の瞬間、見たことを疑った。青年の身体につけられた傷が一滴の血も残さず消えていたのだ。青年が傷を負ったことを証しだてるものは、ぼろぼろに引き裂かれた服だけだった。
青年が食事用のナイフに近い短剣を敵の喉に突き立てたことで、戦闘ともいえぬ戦闘は終了し、神官は賢者に見たことをすべて伝えた。
賢者が青年を質問攻めにしたことで、彼が[バランス]と[キャンセル]という天稟を持っていることが判明した。[バランス]は自分が負った傷を負わせた相手にも与えるものであり、[キャンセル]が自身の身体を傷を負う前の状態に戻すものであることも。
それを聞いた神官は、このような強力な天稟を『勇者』に惜しみなく与え、『勇者』を地上へ下した神へ感謝の祈りを捧げると、青年の介助を率先して行いはじめた。
青年の天稟が判明してから、一行の戦いは楽なものになった。
敵の存在を感知すると、不自由な身体の青年を、剣士と盾士が馬車の荷台に積まれたクッションの山から運び下ろす。彼を前衛に設置するために。
見るからに弱者である青年を侮り、不用意に突出した敵の攻撃に青年は身をよじる。回避するためではなく、より即死に近いが即死にはならぬ程度の重傷を負うために。
その直後、青年は[バランス]により相手を同等の重傷状態にし、自分の怪我を[キャンセル]で消す。重傷を負った敵は、天稟もちの前衛にはかなわない。時には青年自ら短剣一本でとどめを刺すことすらあった。
しかし[キャンセル]でも、彼の全身に刻まれた傷を癒やすことは叶わず、その目がこの世界の光を映すことも、失われた四肢を取り戻すこともなかった。
従者のほとんどを失いながらも、一行は魔王城を踏破し、とうとう魔王の前に進み出た。
その戦いは、青年の天稟に依存するあまりに、ひどく奇妙なものになっていた。
「今だ、ゆけい、『勇者』よ!」
城内にあっては馬に乗ることができず、頼みの[騎槍術]も万全に発揮できないと悟った騎士は、騎士の誇りを捨て、今や青年の腕となり足となっていた。
いや、正確に言うならば、魔王めがけて青年を投げつける腕となり、魔王に接近するための足となっていた。
騎士に投げつけられ、短剣一本で特攻してくる青年の身体を指一本で打ち返した魔王は、突然の右腕の痛みに眉をひそめ、宙空から床へと降り立った。
「全部俺が止め、て、やるぁあああぐぁあっ?!」
盾士が青年の身体を盾で受けたが、その勢いを殺しきれず背後の壁に青年ごと叩きつけられた。[盾術]は敵の攻撃を両腕で構えた大盾により跳ね返し、そらし、時にはその勢いを相手の身体に効果的に叩き込み返すものだ。
だが盾士が受け止めようとした青年は、いくら瞬間的に傷を完治することができる天稟を持っているとはいえ、魔王の攻撃で唯一残った右腕もへし折れていた。その身体にさらなる衝撃を与えてしまったら、気絶しかねない。
青年がいた世界はずいぶんと負傷に不寛容だったらしく、彼の痛みに対する耐性の低さは、盾士もこの旅の中で知っていた。この世界に現れた時点で、全身に負った傷のせいで、心臓が止まっていなかったのが不思議なくらいだ。
それでもなお、自分が傷を負い、敵に与える捨て身の戦法をあえてとり続けているのは、彼の意思が強靱だからこそだろう。
だが痛みのあまり彼が気絶してしまったら、天稟は発動しない。それは彼が死にやすくなるということだ。万が一にでも『勇者』を殺してしまったら、取り返しがつかない。ゆえに叩き落とすのも論外だ。
ならば、盾で真っ正面から青年を受け止めるしかない。
咄嗟の判断の結果とはいえ、衝撃を盾に触れた相手に叩き込まぬよう、わざと[盾術]を不完全に扱った盾士の左腕は、だらりと垂れたまま動かなかった。
これは肩が抜けたなと、どこか他人事のように、盾士は自分の負傷と激痛をはかっていた。
盾士の目の前では、剣士が魔王に正面から戦いを挑んでいた。
騎士が青年を拾い、再度攻撃を仕掛けさせるために投擲の準備が整う、その時間を稼ぐためだ。
そしてまた、『勇者』の攻撃を魔王に通すため。[剣術]は剣によってすべてのものを断ち切る。敵の武器のような形あるものも、人を惑わす幻術も、そして魔王が青年を打ち返してから周囲に張っていた障壁すらも。
だが、それもその名が示すとおり、剣なくしてはふるうことができない。
障壁を断ち切った瞬間、魔王の放った炎より早く剣士は剣を捨て飛び退いた。
魔王がクツクツと嗤う。
「その判断は、この一瞬では最上のものだな。剣ごと腕も焼いてやろうと思ったのだが。……しかし、その後を考えるならば最悪のものでもある。剣士が剣を失えば後に残るはただ士のみ。次の手も残らぬことを悔やもうが、もはや、遅い」
鼠を弄ぶ猫のような魔王の言葉に、剣士は唇を噛み、熔けた鉄塊と化した自分の愛剣を見やった。
その横を、またもや青年の身体が飛ばされていく。だが魔王は無謀な攻撃をばかにしたような目で見るだけだった。
身を捨てての特攻とはいえ、天稟も用いず人一人投げつけたとしても速度など出るわけがない。動きも単調である以上、不意を突かれた先ほどはまだしも、正面からの攻撃に当たるわけがないのだ。
そして人体が石床に弾むことはない。一度躱してしまえば跳ね返ってくることなど……。
「ごふっ」
脳内から可能性を消した衝撃に、魔王はよろめいた。
背後を見れば、いつの間にか魔王の玉座近くにまで神官と賢者が回り込んでいた。
しかし、なぜ二人が怪我をしている?なぜ尻餅をついたような無様な格好で、会心の笑みを浮かべているのだ?
「どうして、おれが、逆からぶつかったか。不思議か?あの、二人が、おれを、受け止めて、あんたに、投げ、返した、んだよっ!」
肉の塊のような左腕の名残を魔王の首に巻きつけ、青年は短剣を渾身の力でつきこみ、抉った。
「おれの、短剣で、傷つくことも、織り込み済み、だとさ!」
「ば、ばかな……」
青年もろとも床に倒れ込んだ魔王の目からは、生命の光はすでに消えていた。
「さすがは、『勇者』。見事だ」
晴れやかな笑みを浮かべて騎士は青年に手を差し出した。青年はそれに左手の名残で応じた。
「これで、我が王国はすく」
騎士の言葉が途切れ、血飛沫が飛び散った。騎士を引き寄せ、体勢を崩したその鎧の首元へと滑り込んだ青年の短剣のしわざだった。
「『勇者』、いったい何を!」
青年は答えずその身を宙空に浮かべ、無造作に剣士へ短剣を放った。短剣は剣士の口を貫き、剣士は愛剣の亡骸の側に倒れ伏した。
「その力。……まさか、魔王の」
「大正解。さすがは賢者。そんじゃ知識を得たところで大人しく死ね」
炎が走り、盾士と賢者は絶叫を上げるたいまつと化した。
「どうして。どうして、『勇者』ともあろう方が!神の恩恵たる天稟を一身にそれほど受けていながら!」
「だからに決まってんじゃねーか」
むしろ面倒くさそうに青年が手を振ると、剣士の死体から浮かび上がった短剣はあっさりと神官の胸を貫いた。
「さて、と」
淡々と殺戮を終えた青年は、広間の片隅に顔を向けた。
「……なぜ、わたしを残した?」
「ああ、まあこのままいっしょに殺してやってもよかったんだけどな。疑問が残ってた、からだ」
「疑問?」
青年は宙空を飛び、従者の格好をした少女の前に浮かんだ。
魔王だけでなく、すべての味方すら目の前で殺されたというのに、唯一生き残った少女は、ただ首を傾げただけだった。
「疑問とは?何について?」
「あンた、……懐疑し続けていただろう?」
「意味不明」
「あ~……」
青年はがしがしと右手で髪の毛を掻き回した。
「あの国の連中はわかりやすかった。神に祈りを捧げたら、おれが召喚された。おれしか召喚されなかった。だからおれは『勇者』だろうとね。だけど『勇者』とは見えない。だから疑う」
「だれも疑うなどとは言わない」
「目がしっかり疑ってんだよ!だのに、誰も口に出さない、いや出せないのは、言ったら最後『勇者』を送ってよこした神サマへの冒涜扱いになるからかぁ?!」
少女は何も答えず、青年は苛々したように舌打ちをした。
「……騎士に賢者、剣士に盾士、神官。あいつらはわかりやすかった。あいつらもやっぱり最初はとことん疑ってたな。おれに『勇者』なんて称号はもったいないとも思ってたんじゃねえか?騎士のやつはおれを殺したがってたしな?」
むごたらしく皮膚に刻まれた傷を見せびらかすように、青年はゆっくりと手を広げた。
「おれみたいなやつに何ができる、そう思ってたんだろうな。なぜ連れて歩かねばならないのか、意味が分からないって剣士のやつも非難囂々だったっけな。賢者は生ゴミの山扱いか。顔をそらせば見なくてもすむ。なら見なければいい、悪臭は忍耐強く我慢してさしあげる、てなツラをしてやがった。だけど、おれが[絶対知覚]の天稟をちらつかせただけで、とたんに見苦しいがそこそこ使い勝手のいいやつに格上げだ」
青年の口元に皮肉げな皺が生じた。
「[バランス]持ちだからって、防御と攻撃ができる盾扱いもされたっけか。前衛に放り出しとけば餌にしか見えないから敵を集めやすいもんなぁ?そんでもって、即死さえしなければすぐに怪我をしなかったことにできる、使い減りもしないってか。……だけどな、怪我すりゃいてーんだよ。痛みを感じなくなるわけじゃねえ。だから、これはおれがやられたぶんのお返しだ。[キャンセル]持ちじゃなけりゃ耐えきれない怪我だったってだけでな」
「…………」
「そもそも、魔王退治だ?てめえらの問題はてめえらで始末をつけろよ。下手に神サマへのお願いなんかしやがるから、おれが送り込まれたんじゃねえか、こんな異世界へ!……クソくだんねえとこだとは思ってたけどな、おれだって暮らしってのがあった、つながってた人間もいた、今日の続きの明日があった。……だのに、全部パアだ!ちまちまちまちま積み上げてる途中の塔を思いっきり蹴り壊すようにな!」
しばらく肩で息をしていた青年は、やがて少女の目の高さまで高度を落とした。
「それはこっちの事情だ。だけど、あンたの事情はなんだ?あンたは、ずっと、ただ、おれを見ていたな?盾士みてえにいたましそうな顔をしながら、前衛に引きずりだすわけでもねえ、神官みたくへんにキラキラした目で神サマの恩恵とやらをおれに見て、上っ面を善行で飾るわけでもない。だがおれの傷に怯えるでもない。おれに『何ができる』か、ずっと不思議がってたろ?」
「それが、わたしの役目。わたしは『見者』だから」
「……賢者?」
「違う。見者。見者の天稟は、一つだけしかない」
「あ?それはあいつらだって、同じじゃねえのか」
「誤解がある。一人が通常持つことができる天稟は一つ。複数の天稟を一人で持つあなたは例外。だけど、わたしたち見者は、全員が同じ一つの天稟を共有している。あなたとは逆」
「ってことは……」
「今このわたしを殺しても同じ。あなたの天稟はすべての見者が知っている」
「……そうきたか」
青年は苦い顔をした。
「あなたの天稟は[絶対知覚]、[バランス]、[キャンセル]。けれど魔王の力を継承しているということは、まだ天稟を持っていた、ということ」
「大当たり。ああもうこうなったら教えてやるよ、[存在収奪]って天稟だ」
少女はしばらく虚空の音を聞くように沈黙していた。
「……倒した者の力を、自分のものにする天稟」
「ああ。[バランス]で弱体化させといて、[キャンセル]で無傷に戻せば、今のこのおれの身体でも敵は倒せた。そのぶんおれの力は増えた」
されど、技術は天稟にはかなわない。それが常識、それがこの世の理というもの。
「けどよ、おれの[存在収奪]はちょっと特殊でな。自分のものにできる力に天稟も含まれるんだよ。つまり、天稟も増やせる天稟というわけだ」
「……!」
無表情だった少女の顔に驚きの色が浮かぶのを見て、青年はクツクツと笑った。
「ここまで話したんだ、見者の天稟についても教えてくれねえか?」
「勝手。交換条件は設定していなかった」
「じゃあ死ね、と言ったっていいんだぜ?」
冷ややかな笑みを浮かべた青年が炎を指先に作り出す。
「……わかった。話す」
「おりこうさんだ」
揶揄するような言葉を無視して、少女は唇を開いた。
「見者の天稟は、[見者]。一人の見者が見た天稟の効果や発生条件、弱点、発動時間はすべての見者に伝わる。弱点が分かれば天稟に対する対抗手段を産み出すことができる。わたしがこの戦いに同行したのは、魔王やその配下の天稟を見るため。見者はどの国にもいる。どの国でも魔王の軍勢にある程度とはいえ対抗できるのはそのため」
「……なーるほど。じゃあ、逆に言うなら、今の時点で見者を皆殺しにすれば、おれの天稟への対抗手段はなくなるわけだ」
「なに?」
少女は虚空に目をさまよわせ……狼狽した。
「わたしたちが一人もいない!何をした?!」
「なに、つながる見者がいなくなった、ってだけじゃねえの?」
「……!おまっ、えぇ!」
数多の天稟を持つ相手に、生半可な攻撃が通じるとはまるで思えない。
だが血色の憤怒に目を眩ませた少女は護身用の短剣を抜き、青年に向かって突き出した。
刃は……じつにあっさりと、青年の腹に沈んだ。
「あ~……痛ってえ、な」
青年は血を吐きながらも笑った。
「な……」
「な?」
「なんで傷を治さない!そのままなら死ぬ!」
「天稟を発動させるため、だな」
青年はずるずると宙空から床にずり落ちた。
「おれがおとなしく『勇者』をやってたのは、魔王をぶち殺すためだ。[存在収奪]で召喚理由の元凶から天稟を奪えば、おれが次の魔王になれる。なってやる。そしたら魔王退治なんてふざけたものにひとを送り出しやがった、あの国をぶっ潰すのも簡単だ。そう思ってた」
「…………」
「けどよ、どうしてもわかんねえことがあった。魔王を殺すのに、なぜ異世界の人間を『勇者』にしたてたのか。ずっと不思議だったんだけどよ、魔王から天稟を奪ってわかった。魔王も複数の天稟持ちだった、んだが。その中に[転生輪廻]ってやつが、あった」
肩で息を入れると、青年は話し続けた。
「[転生輪廻]の効果は、殺した相手の世界へ存在を移しかえるもの。この世界の人間が殺したんじゃ、またこの世界に魔王が復活しちまう。だから、異世界の人間に殺させる。この世界がよけりゃ、異世界がどうなっても、かまわない、とね」
「そんな……」
「そんな、なんだ?もともとこの世界は、そういう考え方をするとこ、なんだろう、よ。神サマだって、ろくでもない、やつ、だったから、な」
自らの血に沈みながら、青年は召喚された時の事を思い返していた。神と名乗る存在に召喚についての知識を与えられた際に、テンプレとしてチートスキルはもらえないかとダメ元で訊いたのだが。
まさか、大笑いされたあげく、「チートには代償が発生するんだけど?」と言われるとは思わなかった。
だが、もらえるものはもらうに限る。
そう考えた青年は、提示された天稟の中から[絶対知覚][バランス][キャンセル][存在収奪]を選んだ。「あんまり欲張ると存在が消滅するよ?」と言われたから、控えめにしたつもりだった。
まさか、「じゃあ覚悟はいいかい?」なんて軽い言葉で、身体機能を奪われるなぞという展開は、予想なんてできなかった。[絶対知覚]のかわりに両目を。[バランス]のかわりに左足を、[キャンセル]の代わりに左手を。そして、[存在収奪]のかわりに右足どころか全身すら失いかけた。
脳天気な声で「そんじゃさよなら、ぼんぼや~じゅ~」と突き落とされたように感じながら、こいつ絶対泣かす、と誓った。だからこそ。
こみ上げてきた血を吐き捨て、青年は右手を振った。ひそかに張った障壁が砕ける。
「わたしたちが、いた……」
「見者全員なんて、殺せるわけがねえ、だろ。どこにいるか、も、わかんねえ、やつらを」
ましてや、存在すら知ったばかりの相手を。
あえて誤解をさせたのは、自分を殺してもらうため。
苦笑しながら、青年は少女の手を取り、ともに短剣を握らせた。
「手間かけさせて、悪ぃ。おれといっしょに、おれを殺してくれ」
「……意味不明」
「クソ神の神域は、この世界と、おれがもといた世界との狭間に、ある。なら、この世界と異世界の人間に、同時に殺された[転生輪廻]の天稟もちなら、あの狭間にたどり着ける。可能性が、ある」
「!」
それでは、青年は死して神に挑む気なのか。
「協力してくれると、いいことが、ある。魔王が、異世界で復活しても、この世界にまた来ないとは、限らない。それを、おれが防いで、やる」
「……条件。一つだけ」
「なんだ?」
「わたしを殺す。[存在収奪]で[見者]も持っていく」
「まて、それって」
それは、少女も死を覚悟してのこと。
「天稟は神サマの力。[見者]は復讐に使える」
「いや、だけど」
「あなたが見た天稟の対抗手段は、地上に広がる。見者は、まだ、たくさんいる」
「……はは。ありがと、よ」
自分の首へ、青年の手ごと短剣を引き寄せた少女はかぶりをふった。
「謝罪。召喚んで、ごめんなさい」
かくして魔王討伐に向かった勇者一行は、一人として還る者なく、魔王もまた姿を消したことから相討ちとなったと思われた。
神はこの勇者一行を嘉してか、この世界に新たな数多の天稟を賜り、見者たちはそれをすべて記憶し記録したと、正史はそう伝える――。
拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
じつはこの作品、作者が見た夢がもとになっております。
なんちゅー暗い夢を見ているんだというか、寝てても夢の中でファンタジー書いてんのかというべきか……。
「こんな異世界転生はイヤだ!」とは、また違った、そしてこれも微妙にこんな異世界転生はイヤだ!的な内容となりました。
御笑読いただければ幸いです。