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あれから操は蔵に篭って書物を読み漁った。


一つ一つ、一文一句脳に焼き付けるように。


また大巫女と共に、村へ降りた。


村は凄惨な状態だった。


生き残った人々の目は絶望を映している。


亡骸を葬るための火葬も行った。


そうせねば、村に疫病が流行ってしまう。


他の巫女たちと共に人々を元気付ける為に、米や粟を炊いて配る。


話を聞き、心に寄り添う。


身寄りのない子は、何人か神社で引き取る事となった。


操の胸は痛む。


無力な自分を呪う。


そんな日々の中で更なる災厄のことを考える。


大巫女は、一体何を知っているのか。







7日が経ち姫が来る日が来た。


「ようお越し下さいました」


牛車に乗り、数名の従者を引き連れ、神社の鳥居の麓に来たのは小さな姫とその母だ。


「大巫女様、この度はお世話になります」


牛車から降り、姫を乳母に渡すと、齢三十を過ぎた母親は大巫女に深く頭を下げた。


女の名は(あずさ)と言った。


凛とした雰囲気を持つ美しい女性だ。


梓は操に視線を移す。


「して、その者は」


まるで初めて会った人に対する態度だ。


「お久しぶりです。義姉上(あねうえ)様。健やかにお過ごしでしたか?」


操は静かに微笑んだ。


無理もない、最後に会ったのは12年も前なのだから。


「まさか、操ですか?」


手を口元に当てて目を見開いた。


僅かに涙をたたえて、昔を懐かしむように微笑んだ。


露に濡れる花の(かんばせ)とはこのことをいうのだろうか。


「まこと、立派になられましたね」


優しい涙だった。


「では、中に入りましょう」


大巫女が催促すると、袂で涙を拭い梓は小さく頷いた。


神社は並んだ赤い鳥居の階段を登った先にある。


普段ほとんど出歩くことのない母親は息を切らしてやっとのことで登った。


社の一室へ案内する。


梓と姫を抱いた乳母と向かい合い、座った。


「この子が娘の(りん)です」


乳母の膝に座る娘はまだ小さくあどけない。


きょろきょろと周囲を見渡して不安そうに乳母にしがみついている。


無理もない。


知らぬ場所に母親と離れて預けられるのだ。


聡い娘は既に察知したのだろう。


自分の身にこれから試練が待ち構えていることを。


「まことに愛らしい姫ですこと」


大巫女は娘に微笑んだ。


娘は石のように固まった。


母を見て今にも泣きそうな目で助けを求めている。


「正次殿もそれはそれは可愛くて仕方がないでしょうね」


一歳になったばかりの娘はくりくりとした目をしていて、母に似たのがよくわかる。


今は不安に染まっている顔も、きっと笑えば満開の牡丹のように美しいのだろう。


「夫、正次はそれはもう凛を溺愛しております」


くすくすと思わず笑みをこぼすが直ぐにその顔は曇る。


「梓様、確認致しますが、お渡ししたものは姫に身につけさせてこられましたか」


「はい。肌身離さず身につけさせてからと言うもの、凛の周りで起こる奇っ怪なことがぴたりと止みました」


「それは結構なことです」


お渡ししたもの?


操が怪訝な顔をすると、大巫女が答える。


「姿を妖から隠す力がある札です。凛姫は生まれながらに奇っ怪なものを呼び寄せる力お持ちなのです。それらから姿を隠す為に札を身につけて来て頂いたのです」


幼い姫はぎゅっと乳母にしがみ付いている。


操は姫を不憫に思った。


「凛や、こちらに」


梓は凛に腕を伸ばす。


幼い姫は固く握った手を緩めて、母の元へと腕を伸ばした。


梓は凛をぎゅっと強く抱きしめる。


愛しい我が子との別れを惜しむように。


「大巫女様、凛をどうか宜しく頼みます」


「梓様のご英断、八百万の神々に誓って無駄には致しませぬ」


その言葉を聞き、梓は立ち上がった。


操の目の前に膝をつき、凛を差し出した。


「そなたを頼りにしております」


その言葉に目を見張ったのは操の方だった。


差し出された幼い姫は、くりくりとした大きな目をしていた。


頬は赤く、色白でまるで桃のようだ。


あんなに不安がっていたのに、今は不思議そうな目で操を見ている。


「ご安心下さい、姫。(わたくし)がお守りします」


強く笑みをたたえて操は凛に手を伸ばした。


不思議と、凛はすんなりと操の腕の中に収まった。


おすましして、操の腕の中にいる凛に、梓は切ない顔をした。


「梓様、気を強くお持ち下さい。我らは出来る最善を尽くしましょう」


母の気持ちを察して大巫女が力強く言った。


「…ありがとうございます」


梓は名残惜しさを振り切るように立ち上がった。


「ではお暇致します」


大巫女は梓と共に部屋を出た。


残された操と凛は密着したまましばらく動かなかった。


この出会いが運命であったと知るのは、お互いにまだまだ先のことである。

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