七
「よぉざくろ」
眠れぬ夜を過ごしていた操は、気がつけば森の近くを歩いていた。
もしかしたら会えるかもしれないと期待を込めて。
「緋陰さん」
結界を挟んだ向こう側。
金髪の異様な形の少年は木の上から見下ろしていた。
「遅いよ。待ってたの、馬鹿みたいじゃん」
「待っていて下さったのですか?」
「悪いかよ」
唇を尖らせる少年はまるで妖のようには思えず、本当の人の子のようだ。
それがなんだか可笑しくて袖で笑いを隠した。
「眠れないのか?」
心配そうな声に操は頷く。
「ええ。妖は眠るのですか?」
「俺は殆ど眠らない。昼間眠る奴らもいるし、冬眠するやつもいるけど」
「そうなんですね」
妖によって特性は様々だということだ。
「では眠らぬ貴方はいつも何をしているのですか?」
「いつも?」
素っ頓狂な質問に豆鉄砲を食らったような緋陰は長い袖に隠れた手を顎に当てた。
「そんなことが知りたいわけ?」
「ええ」
緋陰のことを知りたい。
それは純粋な興味からだ。
元々好奇心がある方の操である。
「人を見てる」
「人を?」
「そう。人は脆い癖に直ぐに泣く、笑う、怒る。死んだと思えば赤子が生まれる。希望を抱く、絶望する」
緋陰は淡々と答える。
幼い姿からは想像できない大人びた碧眼に、操は魅入ってしまいそうになった。
しかし、本題はここからである。
緋陰は人を害する妖では無いのだろう。
それは、契約とやらに縛られたものなのか、彼自身の気質によるものなのか。
「貴方に聞きたいことがあるのです」
「何?」
「人の村が妖に襲われている事はご存知ですか」
「知ってる」
「あなた方が関係しているのですか?」
「心外」
冷たい目で緋陰は操を見た。
「では」
「あなた方って言うくらいだから知ってるんだよね?」
聡い妖は淡々と述べた。
「村を襲ったのは血酔いの妖だ。俺たちは血酔い共を狩る」
ということは、村を襲う化け物とは彼らとは敵対する者らと言うこと。
操はほっと胸を撫で下ろした。
「緋陰さん。私は貴方と戦いたくはない」
「そうだね」
時期の大巫女として、操は神に使え、人々を護り、社を率いていかなければならない。
「けれど、どうなるかわからない」
これは異変の一端だ。
妖が村を四つも立て続けに襲うなど、前代未聞。
「これは前兆だ」
「前兆?」
「あんたらの大巫女はもう知ってる」
何を知っているのか。
これから何が起きると言うのか。
不安が胸を過る。
「そろそろ行くよ。ざくろ」
「ええ。また」
「またね」
言い残して闇に溶けて行く。
操もまた、森に背を向けて歩き出した。
騒めく胸を落ち着かせるようにそっと手を当てて。