四
一人の姉巫女が言った。
「ねぇ操様、お聞きになられました?」
何のことかと聞き返すと、
「何の話?」
「私たちにも聞かせて下さいな」
朝餉の支度をする他の巫女の耳にも入り、話に入ってくる。
「聞く話によると、どうやら周囲の村や都が正体不明の輩に襲われ、悲惨な状況らしいのです」
「まぁ!」
「それで?」
「命からがら逃げ延びた人の証言では、化け物に襲われたって言うんですよ」
「でも、妖に襲われるなんて事例はよくあることでしょう?」
「それもそうなんだけど、もう既に村が4つも駄目になったらしいわ」
操はふと目を伏せて哀悼の意を表した。
「何と酷い…」
妖に荒らされた村は悲惨だ。
まともな形をした者はおらず、残ったのは肉片や骨ばかりという事もあり得る。
幼い子も居ただろうに、残念な事だ。
「そういえば、早朝にとある村から大巫女様へ助けを求めにきたって」
この一言に現実に帰る。
「では大巫女様は村に降りられたのですか?」
操が問うと巫女は頷いた。
「そうみたいです」
「とすれば、いずれこの社にも妖が」
「あぁ悍ましい」
「妖は姿が見えぬのですよね?」
「私たちみたいな能無しにはね」
「この社は結界が守っているんでしょう?大丈夫よ」
「馬鹿を言わないでよ。何の為の私たち巫女なのよ」
お喋り好きな巫女たちは話に盛り上がる。
ほとんどの巫女たちは見鬼や霊力がない。
この神社は八尺瓊神、八尺瓊勾玉を祭る名高い社。
多くの巫女を抱える大所帯だ。
しかし、能を備えるのはほんの一握りである。
それも、日々修行や鍛錬を積み、身の穢れを払い、神水、神気に触れることで備わっていく者が稀である。
操のように見鬼を生まれつき持つ者もまた稀である。
そして、そんな類稀なる能を持ち、最も秀でた力を備えた者が代々大巫女となる。
皆からは畏敬の目で見られる。
能無き者が己を守り、他者を守るには知恵と武を身に付けるしかない。
何故ならこの神社は特に特殊な立ち位置を持つ。
この社は、妖退治の機能を持つのだ。
「それにしても、次の大巫女の後継者はいったいどなたになるのでしょう?」
突然話が変わってキョトンとする。
「え?」
「大巫女様はそろそろお年でしょう?」
「それを言えば物忌みの巫女はどうなの?」
「えぇ〜!物忌みの巫女は無機質で喋りにくいから嫌よ」
「では操様かしら?」
「ごほんごほん」
思わず咳払いしてお茶を濁す。
「さ、皆さん、そろそろ手を動かしましょうか?」
にっこり微笑んで促すと、えぇ〜!!と残念そうな声が上がったが、思った以上に立ち話に時間を要してしまったことに罰を悪くしてそれぞれの持ち場に戻りはじめる。
「操様、私も…」
「あかせ、滅多な事は口にするものではありません」
「はい」
彼女たちは純粋だ。
純粋に操を慕ってくれている。
気持ちは伝わるが、操に大巫女を継ぎたいという野心はなかった。