三
血の気の引いた操の姿を見るや、血相を変えた若い巫女たちが駆け寄ってくる。
「操様!」
「お探し申し上げました」
「さあ、火桶の側へ。お身体が冷とうございます」
巫女たちは操を部屋へ通し、打ち掛けを羽織らせた。
「ありがとう」
巫女たちに礼を言う。
「物忌みの巫女の元へ行きます」
操は足早に簀を渡った。
社の奥にある間に、その巫女はいる。
その空間だけは空気が違う。
豪勢で厳かな造りになっている。
八尺瓊神社の由来とも言える、八尺瓊の勾玉が祀られる神聖な場所だ。
扉の前までつくと、自然と背筋が伸びる。
静かに扉を開けて中に入る。
部屋の奥に祀られた勾玉の前に跪き、祈りを捧げる一人の少女がいた。
年の頃は12歳程。
あかせと変わらない。
豪勢な装束に身を包み、豊かな黒髪を背に流している。
「物忌みの巫女」
操は呼びかける。
「強い穢れを感じます」
硬く冷たい声音。
「人の形をした妖に会いましたね」
物忌みの巫女は立ち上がり、伏し目がちな目を操に向けた。
「ご存知ですか」
「あれらはこの森を縄張りとし、縄張りを統治しているのです」
あれら?この森を統治と言ったか?
「あれらと言うのは玫瑰神楽という名の大妖を筆頭とする一座のことです。八尺瓊神社は少なからず、あれらと調和を保つことによって共存しております」
共存とはどう言うことなのか。
神社は神々を祀り、穢れを忌み、悪しき妖や霊から人を守るためにあるのでは無いのか。
「お待ち下さい!」
「操殿」
水面のように澄んだ声が場を打った。
「人の形をしていようと所詮は妖。深入りせぬことです」
物忌みの巫女はそれっきり口を閉ざし、目を伏せ、勾玉を前に再び跪いた。
「だから早くお戻りくださいと申したのに!」
ぶっきら棒に言い放ったのは、この場の最年少あかせだ。
「容赦して下さいな」
早朝の朝餉の支度だ。
ちなみに操は刃物で菜の物を切る担当だ。
稗や粟、麦の入った米を洗うあかせは釜に水を適量入れて火にかける。
「そう言うわけには参りません!」
許してくれそうにない頑固者をどうしよう。
「あかせは心配性ですね」
良くも悪くも素直なこの娘は憎むに憎めない愛嬌がある。
ふとあかせの白い指先が視界に入る。
「また手にあかぎれになっていますね…」
操は、一回り小さな指をそっと攫って撫ぜた。
「み、操様!?」
あかせが頰を赤らめた丁度その時、
「まーたあかせ殿ばっかり!」
「そうですよ!私たちだって操様とお話ししたかったです!」
やきもちやきの姉巫女たちのことをすっかり忘れていた。