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血の海とはこの事を言うのだろう。
異臭は死した妖怪の肉から。
妖気は死骸のすぐ側で立ち尽くす小柄な少年から。
少年はゆっくりと振り向いた。
「へぇ、見えるんだね。あんた」
声変わりしていない、かすれ気味の声で少年は言った。
少年はよく見ると異様な出で立ちをしていた。
金糸のようなざんばらの髪。
鷹のごとく鋭い目。
腹掛けと袴を付け、大人ものの着物を羽織っている。
寒々しささえ感じる軽装である。
口の端についた返り血を舌で舐めとり、血に濡れた草履でペタペタ近づいてくる。
目の前の少年を恐ろしいと感じた。
しかし、努めて冷静に振る舞うべく心を鎮めた。
「貴方は何者?」
一対の視線がぶつかる。
少年は操の目の前で立ち止まると舐めるように見た。
「視える癖に霊力が感じられない。もっと骨のある奴だと思ったのに残念」
本当に心底がっかりしたように少年は言った。
「貴方は妖ですね」
「だったら?」
「ここで何を?」
「見てわかんない?狩だよ」
「狩?」
少年は残忍に笑った。
「そう。妖が妖を狩ってておかしい?」
その目は狂気に染まる。
操は僅かに気圧された。
それでも、目は離さない。
この妖は、異様なほど人間に近い。
「人とて、時に人を殺める時があることを揶揄しておいでか」
自分の声とは思えぬほど硬い声が出た。
唇を湿らせ、生唾を飲む。
こちらの緊張を嘲笑うように少年は操に嘲笑いかけた。
「あんた、自分が殺されるかもとか思わないの?」
「え?」
「この結界一枚破ってしまえば、あんたの腹を切り裂いて臓腑を取り出す事など容易だ」
氷のようだ。
少年の眼光の冷たさばかりが突き刺さる。
けれど、不敵に笑うのは操の方だった。
「殺すつもりなら、もうとっくにしているでしょう?」
豆鉄砲を食らったような顔とはこの事か。
少年は今度は声に出して笑った。
「嗚呼、俺とした事が」
あっけらかんとした少年に衝撃を受けたのは操も同じだった。
「あんた、名は?」
生意気な口の聞き方もこの少年には合っている。
「み…」
その時はっと口をおさえた。
不用意に妖に名を明かしてはならない。
賢い少年は察したようだ。
「なら、柘榴。ざくろがいいや」
返り血を浴びた柘榴の木をちらりと見て言った。
「どうやら、俺はあんたが気に入ったみたいだ」
「では貴方は?」
「好きに呼べばいい」
少年からはもう刺さるような妖気は感じられない。
敵意も感じられない。
操は逡巡した。
そして言った。
「では、緋色の血を浴び木陰に佇む貴方を、私は緋陰と呼びます」
「緋陰?」
「お気に召しませんでしたか?」
人に近すぎる妖は、ふむふむと何度か頷いて、口元に微笑を浮かべた。
「悪くない」
緋陰は満足気に地を蹴った。
「じゃあまたね」
ほとんど瞬きもしていないのにいつの間にかぽつんと一人取り残されいた。
そして、改めて底冷えする寒さにぶるりと身震いして慌てて社へ駆け出した。
これは、尋常の事ではない。
ただ、あの少年の顔が浮かんだ。
彼は一体何者なのか。
その正体を知らなければならない。
そう強く感じたのだ。