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運命(さだめ)

(みさお)殿。貴方は見鬼(けんき)という、稀なる才をお持ちであらせられる。そのこと、よく心に留めてくださいませ」


厳かな空気の中、幼き頃の私に大巫女様はそう言った。


「高貴なる藤原(ふじわら)の姓も此処では力を持ちませぬ。謙虚に八百万の神に仕え、邪悪を鎮める術を身につけるべく、勉学に励んで下さいませ。それこそ、貴方の担ったお役目でございます。健やかに、聡明に、強くなられますよう」


「はい。大巫女様」


私の名は、藤原操(ふじわらのみさお)


名家の藤原一族の端くれである。


私は生まれつき妖怪や霊の姿を見る事が出来た。


それ故に、八尺瓊神社(やさかにじんじゃ)に来た。


藤原一族とはいえ五男だった私には何の力もなく、両親からの情が薄らぐのも仕方のない事だった。


当時5つだった私は神職につく事に躊躇いなどあるはずもなく受け入れた。


ところが幸か不幸か、鬼見の才はあっても霊力を操る才には恵まれなかった。


書物を紐解き、勉学に励み、修行を重ねて出来うる限りの努力をした。


しかし、(あやかし)を退治する力は手に入れられないまま12年もの時が経つ。


男の身であるが故にかと、神に嘆いても始まるわけもなく。


冬も真直に迫ったある夜、ひんやりと冷たい空気にあたりたくて庭に出た。


悩みは尽きるどころか増すばかり。


どうしたことか。


「操様!お戻りください、夜は危のうございます」


振り返ると白い息を切らせて、小柄な見習い巫女が近寄ってくる。


「あかせ殿、大丈夫です。少し風にあたりたかったのです。すぐに入りますからあまり心配ならさず」


少女を安心させるようににっこりと微笑んだ。


「貴女の方が身体を冷やして風邪でも拗らせては大変です。早く部屋へお入りなさい」


しかしあかせは必死の表情でブンブン首を横に振った。


「いいえ!皆は操様のお身体こそ大事に思っております。私を思ってくださるのでしたら、一緒にお部屋へお戻りください!」


おや、これは先輩巫女に何か吹き込まれたに違いない。


神社は女所帯だ。


先輩巫女の言うことは、若輩にとっては絶対である。


それは共に暮らす操もよく知る所で、すぐに察しがついた。


「わかりました。では、こうお伝え下さい。いつもより長くお付き合いしますので、もう少しだけ風にあたらせて下さいと」


「本当ですね?」


「ええ」


本当は巫女たちの井戸端会議などに付き合うのは骨が折れるのだが、あかせがぶつくさ言われるのも忍びない。


ぱっと表情を明るくした少女はパタパタと足音を立てて走って行った。


いくら霊力の無い巫女と言えど、操は一目置かれていた。


性からは閉ざされた天職。


異性を意識しはじめる年頃の若い巫女たちからは良くも悪くも、数少ない身近な異性だった。


「どうしたものでしょうか…」


異性というものを強く意識したことのない操にとっては頭を悩ませる一端である。


結わずに背に流した豊かな黒髪が、風に軽く靡く。


その風が運ぶのは、心地よい冷たさだけではなかった。


うなじにピリピリとした、針で刺されるような悪寒が駆け上がる。


「妖気」


庭の向こう側は神社を覆う深い森がある。


庭と森の境界には結界が張られているはずだった。


庭の奥へ、妖気を辿って踏み出す。


相当強い妖だろう。


肌を刺すような妖気が痛い。


操はゆっくりと近寄った。


結界は目と鼻の先。


しかしそれ以上近寄れず、うっと鼻と口を袖で覆った。


血臭と、腐臭と、えもいわれぬ嫌な臭いが立ち込めていた。


石榴の実がなる木の下で、あまりの光景に氷のように固まったまま動けなくなった。

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