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十七

黒くざわめき、蠢く森の中。


緋陰は木々の間を縫うように、重い足取りで雪を踏みしめる。


両腕は黒い粘液のような血がこびり付き、頬にも体にもそれらは飛び散っている。


暗い瞳が見つめる先には1本の柳。


まるで巨人の髪のように無数に垂れた枝には雪が積もり、静寂が漂っている。


(りゅう)


緋陰は呼ぶ。


柳の髪のような枝の中から、何が起こったかも解らぬほど奇怪に、褐色の肌の体が不快な音を立てて現れる。


その体はパキパキと音を立てながら、樹肌から人の顔を形創っていく。


「眠いよ天狗。どうかしたの?」


柳は気だるげに裸体を起こし、木の根元に積もった枯葉から衣を創って纏った。


そのおっとりとした、寝起きの青年の姿に緋陰は微かに力を抜き、ほっと息を吐き出す。


「今日はお前の枝にとまって寝てもいいか?」


浅い呼吸のまま、緋陰は青年を見上げる。


「いいよ。でも、その前に穢れ、落としに行こう」


変わらないの片言の喋り方。


柳の手がそっと緋陰の背中を押してくれる。


滝のある水辺へと導かれ、凍てつくような水を浴びて緋陰は汚れを落としていく。


柳も緋陰の体や羽根の1枚1枚に丁寧に水をかけていく。


「苦労、かけるね」


冬に眠るのは玫瑰神楽だけではない。


樹から生まれた柳も、獣から生まれた(あかざ)もしかり。


眠る者がいる分、眠らぬことを選んだ仲間の負担は計り知れない。




「…守りきれなかったんだ」


緋陰はぽつりと話し始める。


とある日の夕暮れ。


その翼で空を滑空していた緋陰は遠くで暗雲と生臭い妖気を感じた。


冷たいものが背を這う。


尋常ではない何かがあることを本能的に感じ取っていた。


我が身を顧みず、無我夢中で空を駈けた。


日も沈んだ頃、辿り着いた先に見たのは、おどろおどろしい血酔いの妖達に無惨に食い散らかされた人々の亡骸。


血酔いの妖を見れば、無数の大きな蜘蛛達が地を這う。


人間の顔の薄皮を被り、肌は蒼白く、目は落窪んで黒い複眼が見える。


体はまるで蜘蛛のようにむっくりとし、8つ脚を持っている。


「それで人の知性を手にしたつもりか」


その気味の悪いモノたちを前に、天狗は降りった。


奇怪に動く人面の蜘蛛たち。


緋陰は己の鉤爪のような手のひらに力を込めた。


そこからの記憶はほとんど無い。


どす黒く染った土。


転がった妖の毒々しい汚臭。


身体と翼に怪我を負った幼い天狗はゆっくりと、それらを背に鎮守の森に向かって歩き始めた。



柳はそっと緋陰を抱き寄せて、両腕で優しく包んだ。


「眠って、いいよ」


緋陰がうとうとと目を閉じる。


軽々と緋陰を抱き上げ、腕からは無数の枝が伸び、まるで雛鳥を守る巣のように緋陰を包み始めた。


「玫瑰は…?」


混濁する意識の中、緋陰はふと気に食わない顔を思い出す。


静遠(せいおん)が、守ってる」


あのいけ好かない青年。


緋陰と殆ど会話を交わすこともなく、普段馴れ合うこともない。


だが天主頭(あみぬしがしら)である玫瑰神楽への忠誠は本物だ。


「そうか」


緋陰は意識を手放した。


「おやすみ、天狗」


柳もまたその身を再び木に変え、目を閉じた。

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