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十四

凛が神社に預けられて早いもので一月以上が経った。


神社は年末年始に向けて忙しく、文字通り師走を過ごしていた。


村に配る正月飾りをこさえて回る。


村の状況はまだ芳しいとは言えず、冬を越すのは厳しい所だ。


飾りを配るのは、再び妖に襲われぬよう魔除けをする為である。



妖による被害が減った。



長兄正次から文が届き、そのように書かれていた。


凛が神社に預けられてから。


書かれてはいないが、そのような意味がみえた。


神社の結界は凛の存在を妖から隠す。


その効果が大きいと、操は踏んでいた。


「みんみ!みんみ!」


物思いに耽っていた操は凛に笑いかけた。


鞠を使って遊んでいた所だった。


「巫女宮様!」


操を呼ぶ声はあかせのものだ。


「顔色が悪うございます。大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよっ!ほら、私ってば丈夫でしょう?」


「それにしても…」


あかせが言いたい事は重々承知している。


操は勉学に励むあまり寝不足であった。


以前していた朝餉の準備や掃除をしなくなった時間を使い、蔵に篭って書物を読み漁り、力をつける為に薙刀や弓の稽古に励む。


そして息抜きに凛に会いにいく。


そんな日々を過ごしていた。


操の目の下にくっきり出来たクマにあかせが心配するのも無理はない。


今も眠気が来る。


けれど、操は立ち上がった。


「あかせ、凛を頼みますね」


「宮様?」


「ちょっと外の風に当たって来ます」


あかせは心配そうに操を見ていたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。


それが視界の端に見えて密かに感謝した。


庭に出ると一面足跡をつけるのも憚られるような雪景色だった。


草履を履いて簀の子から降りる。


緋色の袴が雪の白とよく映えた。


肌を刺すような冷気で、吐く息は白い。


操は鎮守の森の手前で立ち止まった。


森も雪化粧して、庭とはまた違った趣がある。


「ひ」


ぼすん。


いきなり真上の方から鈍い痛みとじんわりと冷たい物体が脳天を直撃した。


おかしい。


そう思って顔をあげるともう一発顔面に直撃した。


「ぶっ!あっはっはっは!!」


笑い転げる少年。


操は口の端をぴくぴくと引きつらせた。


「緋陰さぁん??」


「ようざくろ。元気にしてたか?」


元気にしてたかではない。


真っ赤になった顔の雪を払って恨みがましい目で緋陰を睨め付けた。


「人間ってこういうとこ見落としがちだよね。雪玉は素通りしちゃうんだから笑っちゃうよ」


緋陰は涙を拭って木から飛び降りた。


操はいささかヒリヒリする鼻をさすっている。


「人間は不便だね。皆んな寒そうにしてるからさ」


心底哀れだと、気怠げな表情が物語っている。


薄着でも鳥肌一つ立たない少年から見れば、そう思っても仕方がないのかも知れない。


「貴方から見れば人間などさぞ脆弱に見えるのでしょうね」


操の皮肉に対して、肯定も否定もせず緋陰はにやりと口の端を吊り上げて笑った。


「ねぇ。大巫女ってさ、随分な老いぼれだよね」


何を考えているのか見えない。


「されど、甘く見ない方がいいですよ。あの方はまだまだ現役でいらっしゃる」


「ふーん」


思った答えでは無かったのか、緋陰の反応は薄かった。


「ざくろはさ、大巫女に育てられたの?」


思いもかけない問いに居を突かれたのは操の方だった。


「何故そのような事を聞くのです?」


「興味がある」


「何に?」


「君に」


「私に?」


「そう」


そんな真っ直ぐな言葉に、心が微かに跳ねる。


それはくすぐったくもあり、素直に表すとすれば嬉しい。


そんな操の心情とは裏腹に、緋陰は気だるげに言葉を続けた。


「俺は親の顔を覚えていない。気がつけば、ムカつくやつに育てられてた」


「妖にも親が?」


「いちゃ悪い?」


「いえ!」


妖に親という概念があったとは驚きだ。


操の知る妖は、そもそも緋陰のようにまともな対話は難しい。


独自の価値観を持ち、人の道に沿わない行いをするものもいれば、理性というもののタガが外れてしまった憐れなものもいる。


緋陰を産んだ親。


育てた親。


きっと目の前の彼のように、聡明で強く美しい者たちなのだろう。


「私は幼い頃に神社に預けられたのです」


只人に見えるはずのないものが見えてしまった操。


「人というのは自分と違った者を異質と感じるものです」


「そうみたいだね」


「ええ、母は私のことが大層気に召さなかったようです。生まれつき常人には見えないものが見える私を気味悪く思っていました」


幼少を思い出すと、古傷が疼くのを感じた。


こんな風に過去を人に話すのは始めてではないだろうか。


「人間も色々と面倒なんだね」


「ええ。されど」


この神社に来てからの日々がまぶたの裏を過ぎっていく。


「私は今、幸せです」


「何故?」


「私を育て、良くしてくれる者たちがいる。私を慕い、気にかけ、頼って下さる人がいる。私は果報者です」


にへらと力無く笑って操は言った。


この神社で出会った人々は操にとって掛け替えのないものだ。


操がこれから護るべき人々だ。


「ねえ、ざくろ」


「はい?」


ふと顔を上げると頬にざらりとした感触があった。


「一度眠った方がいいね」


緋陰は操の目の下にくっきりできたクマを指でなぞった。


その仕草に操はどきりとした。


しかし、それは一瞬のことだ。


結界の反発を受けた緋陰の腕はこの一瞬で火傷を負い、血が滴る。


「腕がっ」


「直ぐに治るよ」


不敵に笑む。


そのまま腕を口元に持ってきて見せつけるようにぺろりと舐めた。


「ねぇざくろ。人の血は妖をおかしくする」


それは操も知っている。


「妖の血もまた人を狂わす」


操は文献で見た通りの言葉を述べた。


「なら」


冷たい風が唸る。


積もった粉雪を舞い上げる。


「二つの血が混じった時はどうなるのだろうね」


風の音と共に呟かれた言葉。


まるで謎かけのよう。


「え?」


「戯れ言だよ」


いつもの表情だ。


けれど、緋陰が意味の無い戯れ言をこんな時に口にするだろうか。


しばしの間。


頭の中はぼんやり雪のように白く霞んで何も考えつかない。


その時、巫女たちが操を探して呼ぶ声が聞こえてきた。


「ちゃんと寝なよ」


言い残して緋陰は踵を返した。


操を心配して言っている。


その気持ちが嬉しい。


「ありがとうございます。緋陰さん」


操もまた踵を返した。


こんなささやかな時間が、この先も続いていくことを願いながら。

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