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十三

初雪が降ったのは暫く前のことだ。


あの日、大巫女からの静かなる雷が落ちたことは言うまでもない。


凛と二人、大掛かりな禊ぎを受けて穢れを落とすこととなった。


凛が境内の外に出ぬ様に結界も強化された。


息を白くし、息抜きに雪景色を眺めていた操に巫女が言伝をしに来た。


「客人?私にですか?」


「はい」


操に客人とは珍しい。


「大巫女様はご一緒ですか?」


「いいえ。巫女宮様と水入らずで話されたいと」


二人きりで?


使いの巫女に着いて行くと小綺麗な客間に通される。


座布団の上に既に腰を下ろして座っていた人物に目を見開いて驚いた。


直ぐ様入って居住まいを正して座る。


美しい所作で頭を下げて礼をする。


「お久しゅうございます」


「久方振りだな」


低く逞しい声。


喜びを噛み締めて顔を上げる。


操の緩く結った豊かな髪も弾むような気分だ。


長兄、藤原正次は立派な武将髭を生やし、体格も逞しい壮年の男である。


また、落ち着いた花田色の狩衣に、髷を結って烏帽子をかぶった姿は実に格好良く見える。


正次は目尻の皺を濃くして操に微笑んだ。


「驚いた。天女かと錯覚したぞ」


貴族でありながら、武芸も嗜む長兄。


凛々しさが際立つ。


それとは対照的な操は、同じ男として、己の手弱女(たおやめ)しさが少し恥ずかしく思えた。


二人は同じ父母を持つ兄弟だ。


母は五男二女を生み、子沢山だった。


操は末弟に位置する。


年の差は20歳近い。


「梓が、立派になったと。そう申しておった」


「梓様がそのように。嬉しゅうございます。これも全て、兄上様のお心遣いのお陰でございます」


操はこの兄のことを敬愛していた。


幼き日、見鬼の才を持って生まれたばかりに母に冷たくされ、友もいなかった操に、この神社を勧めたのは正次だった。


今の操があるのは、この兄のお陰に他ならない。


正次はにこやかな表情から一変して沈痛な面持ちになる。


そして重たく口を開けた。


「父上が身罷(みまか)られた」


その言葉にたいした感慨は湧かなかった。


操が神社に来てから一度も会っていない。


顔すら殆ど覚えていなかった。


「左様でしたか」


声にも大した感情を乗せられず、他人事の様だ。


薄情者と受け取られても仕方ない。


「葬儀はこちらで恙無く行った。墓は蒿里山にある」


「はい」


もう全て終えられていたようだ。


「父上の死には凛が関わっているのではないかと思うておる」


その言葉に、操は息を飲んだ。


「それは一体」


「大巫女殿から既に聞いたな?」


聞いたとは、凛が預けられた経緯の事である。


凛は妖を呼び寄せる力を持つ。


そう聞いている。


しかし正次は更に神妙な顔つきになり、操の方へ膝を近づけた。


「これは内密の話だ。凛が生まれた日、空は不気味と黒い雲に覆われ、雲の隙間から赤い月が見えた。その時私は確かに見たのだ。生まれたばかりの凛の目が赤く光るのを」


只事で無いことは分かった。


姫が何か良からぬモノに取り憑かれたのではないかと。


しかし、それを周囲に知られれば無垢な赤子の命がどうなるか、わからぬ正次ではなかった。


「その日を境に、徐々に都が妖に襲われるようになった」


些末なことから、殺生沙汰まで被害は様々であったが、明らかな異変であった。


「私は内密に陰陽師を呼んだ」


姫は何に取り憑かれたのかと。


しかし、陰陽師は取り憑かれたのでは無いという。


姫は特異な力を持って生まれたのだと言った。


正次の父は小心者だった。


屋敷内で妖に襲われ、それが原因で床に伏せった。


そして死の間際にこんな事を言い残した。


「奴らは誰かを探している」


直ぐに凛のことだと正次は察した。


そのことを妻である梓に伝えると、彼女もまた同じ気持ちだった。


姫を護る為、この事が公に知られる前に、正次は八尺瓊神社の大巫女に文を書いた。


「凛はまだ幼い。凛を護ってはくれまいか」


それは父親としての痛切な願いだ。


政を司る側の正次にとって、政の力に侵されない神社が凛を護る最期の砦。


決死の覚悟が瞳の奥に見えた。


そして、正次の思いを受け、それを無碍に出来る操ではなかった。


「微力ながら。この命をかけて、姫様をお護り申し上げます」


覚悟を、決めた。


凛の身柄を引き受けるという事は、己の身にも何か、恐ろしい何かが起こる。


されど、それがどうしたというのだ。


操は、とうに凛を愛している。


神社に住まう、皆で成長を見守り、慈しんでいる。


自らが、幼き頃そうであったように。


「頼む」


正次は、ようやく肩の荷が下りたような、力の抜けた笑みを見せた。


操は、少しでもこの兄が、凛や梓と共に健やかに笑えるよう力を尽くすことを誓ったのだ。

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