十
深夜、操は再び蔵に篭った。
地下にある蔵の入り口は操が手を触れ、神言を唱えると開く。
中に入ると、等間隔に並んだ燭台に一斉に火が灯った。
「何度見ても不思議ですね」
なんて、思わず独り言が出てしまう。
書物の数は無数にあり、読んでも読んでもきりがない。
しかし、それほど膨大な記録に触れるのは操にとって知的好奇心をそそられる環境であった。
「これは…」
今まで各国が退治てきた妖怪の記録だ。
絵付きで、名や、特徴、退治の手掛かりが事細かに記録されている。
「こんな貴重なもの…一体どうやって」
他の書を手に取る。
「これは」
退魔の神言ばかりが書かれたものだ。
さらに奥には書物の他に、破魔矢や、鈴、扇、鏡、勾玉、管玉などが保管されている。
宝物庫と言っても過言ではない。
そんな場所が境内にあろうとは。
操は目的の書物をひたすら探した。
そして、表へ出る頃には夜が明けていた。
自室へ戻り、仮眠を取る。
早朝に起きる生活をしていた操だったが、早朝に眠るのもいささか不思議なものだった。
ふと、ドタバタと走り回る音に目が覚めた。
何事かと顔を上げると、大きな目とはちあった。
ふにふにとした柔らかいほっぺは可愛らしい桃色に染まり、首を傾げる動作は庇護欲を掻き立てる。
紅葉のような手で操の肩にしがみついて顔を覗き込んでいる。
「凛」
操は起き上がって凛を抱きしめた。
凛は嬉しそうに操ににっこり笑いかけた。
つられて操もにへらっと笑顔になる。
不思議なもので幼子を抱くと心が穏やかになる。
しかしふと何故ここに凛が?
寝起きの頭で考えていると、
「あ!凛様〜!?」
あかせの声が響いた。
「探しましたよ!もう!」
額に汗を浮かべたあかせが入ってくる。
操のことは視界にすら入っていない。
「おはようございます。あかせ」
操がにっこり笑いかけると、あかせとばっちり目が合った。
「み、み、みみ宮様!?」
焦っていたのか、慌てていたのか、反応は面白いものだった。
「ほら、深呼吸して。吸ってー吐いてー」
まるで操り人形のごとく、あかせは操の言う通りに息を吸って吐いた。
「もうっ驚かさないで下さいまし」
理不尽な怒りすら可愛らしい。
「驚かすも何もずっとここにいたのですが」
笑いを噛み殺して操は答えた。
「凛をお探しですか?」
「そうなんです!お食事の用意をしていて、少し目を離したらどこにもいなくて」
「あぷっ」
ぷりぷり怒るあかせに対して、してやったり顔の凛である。
凛の方が一枚上手かもしれない。
その関係性もまた可笑しくて笑ってしまった。
凛の世話は主にまきとあかせが忙しい操に変わってしてくれることとなった。
操もよく様子を見に行く。
母と離れ、泣いてばかりかと思いきや想像以上の適応力だった。
周りの大人に上手に甘えて、一人でも活発に動き回って遊んでいる。
こうしてあかせやまきを困らすほどだ。
しかし凛は不思議な程操に懐いた。
操がいる時は膝に乗りべったりくっついている。
「宮様に会いたかったのですね」
あかせが凛の様子を見て笑った。
凛の周りには自然と笑顔が溢れる。
「そうなのですか?凛」
「みっみ!」
言ったことがわかるのか、答えようとする幼子にまたきゅんと悶えたくなる。
「されど、あまりあかせ殿やまき殿を困らせてはなりませんよ?めっですよ?」
その言葉に悶えたいのはあかせの方だ。
秀麗な操にそんな事を言われて、ご飯五杯はいけそうな気持ちだ。
静かな足音を立て、遅れてまきもやってくる。
笑い合う三人の様子を見てほっと肩の力を抜いたがそれは一瞬のこと。
次の瞬間ガミガミと説教が始まった。
まきの説教は怖かった。
説教に関しては大巫女の右に出るものはないと言われていたが、こんなところに後継者がいようとは。
そんな説教ですら、きっと平和である象徴なのかもしれない。
操は密かに誓った。
このあたたかい日常をいつまでも続けられるように、努めようと。
私が必ず全てを守ろうと。