精神一到療治
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
ゴホ、ゴホ。どうもここのところ、熱っぽいなあ。のどもいがらっぽくて、嫌になっちゃう。起きた時も、痛いくらいに乾いていてさ、しばらくはつばを飲み込むのも命がけ。
ほーんと、こんな状態に陥って、ようやく普段の健康が身にしみるっちゃ。大事にしなきゃ、大事にしなきゃと思っても、どこかしら虚を突かれて体調を崩しちゃう。
見方によっては、神様がお医者さんたちに、お仕事を恵んでいるのかな。
誰もが完璧な体調を維持して、ある日突然、糸を切ったみたいにプッツリ死ねるんだったら、医学の出番がないものね。ああ、不老不死でも同じことかな。
僕は、不老はありがたいけど、不死は勘弁だな。痛くても苦しくても、逃げ場がないってことでしょ? かのギリシャ神話の賢人ケイローンだって、不老不死を持ちながら毒矢の苦しみに耐えられず、神様に頼んで死を選んだ。
どう生きて、どう死ぬか。僕たちはいつも考えなきゃいけないと思うし、その機会を用意してくれんとする医療には、深く感謝しているよ。そうやって命にかかわるからか、不思議な話もたくさんあるようだけど。
どうだい? 僕が仕入れた話にひとつを聞いてみないか?
古来より、医学は上に立つ者にとって、重要な技能だったといわれている。
集団の首長にあたるものは、薬草とその処方についての秘伝を持ち、人々の苦しみを取り去ることによって、自身のカリスマ性を保つ一助としたとか。
やがて時代が流れていくと、治める土地の広さに伴って、政の比重が大きくなる。上に立つ者は、全体で見たら少数である傷病人に構うよりも、大多数の健康な人々に尽くすことを期待され、傷病の相手をする役割は医者が担うことになった。
かつて首長が抱えていた秘伝に関しては、途絶してしまったものも多いらしいが、それならそれで自分なりの研究を行い、新しい秘術を編み出す事例もあったと聞くね。
その医者は、若い頃には師の後について助手としての働きをすることが多く、さほど名は知られなかったそうだ。しかし、師の最期を看取った後――この時、すでに彼自身も50歳にさしかかる、当時としては老年ともいうべき年齢だったが――彼の療治は行く先々で評判になった。
彼の治療の中心は、薬の処方。飲み薬や塗り薬を患者に提供するのだけど、診察の際、彼は水と大きなやかんのみを手にし、その場で材料を調達して、薬を作り始めるんだ。
用いる材料は多様のひとこと。棚の中にある茶葉やのりなどを使う時もあれば、畳のい草や部屋に転がるほこりの一部。時には、自分や患者の体毛から一本を拝借することも。
「ここより先は門外不出ゆえ、目隠しをさせていただく」
そう医者が告げると、助手のひとりが患者の両目に紫色の布を巻いた上で、背中を向けさせる。患者はその背中に、火を起こす音とやかんをかける音。やがて湯気の熱気を受け止めることになるんだ。その間、医者は患者にあることをお願いする。
「私が次に指示を出すまで、頭の中に健康となった自分の姿を思い浮かべてくださるよう、お願いいたす。今はどんなに苦しくとも、『この療治が済めば、楽になれる。苦しみが取り払われる』と強く思うこと。健やかなる自分の身体を思い浮かべること。
その念、わずかでも弱まるならば、薬効たちまち失せて無駄となるでしょう。強く心をお持ちくだされ」
患者ひとりひとりに、諭すように呼び掛ける医者の声。
やがて「お飲みくだされ」と、目隠しをされた状態のまま、湯のみが手渡される。先に医者の手へ渡った材料が入っていると思い、恐る恐る口につける者は多いが、予想に反してその口当たりは、みずみずしい梨を思わせたという。
そしてひと晩の間、安静にして過ごし、翌日に目が覚めた時には体調が全快しているんだ。
彼は多くの土地で逗留を望まれたものの、「この療治は、同じ者には2回と効かぬ。身体が慣れるでな。留まっては、いずれ誰も救えない時が来てしまう」といって断り、あくまで流れの医師としての立場を貫かんとした。
ぜひその技を学びたいと、弟子入りを願う者も多かったが、その者たちに対して医師は
「この技は、我が師と、その師と、その師と……数えきれない世代を経て、ようやく完成を迎えたものだ。お主が生きている間はとうてい完成せず、その上、継ぐ者がいたとしても最終的に実を結ぶかどうかは、分からない。
生涯、結果が出ずに影の中で命を終えること。それに耐えられるならば、考えよう」
この言葉に臆する者は多数。それでも、と答えて付き従った少数の者も、あるいは実家に連れ戻されたり、あるいは自分から頼んだにも関わらず断念を申し出たりなど、彼のそばで学び続けられた者はいなかった。良くて数年間の助手を務め、終わりなんだ。
それから数十年。江戸幕府が成立し、彼の噂よりも銭や物の流れに関する情報が、人々の間で広がり始めた頃。
かつて弟子を志し、今は百姓のひとりとして土地を耕していた、彼の地元に飢饉がやってきたんだ。飢饉は局所的なものだったが、間の悪いことに、彼が住んでいた土地は幕府の上層部の息がかかった奉行の配下で、蓄財などの悪い噂が絶えない人物の治めていたんだ。
奉行はこの不作を百姓たちの自業自得と断じ、罰として冬の間は何も対策を講じないという暴挙に出たという。
米はおろか、収入を得るための商品作物も軒並み不出来となると、年貢を納めたあとの彼の地域は瞬く間に困窮した。
年貢の納めから10日も経つ頃には、すでにほとんどの家で栄養失調の症状を見せる者がいたとか。動ける者は腹を減らしながらも、内職を行い続けていたが、どうにも辛い。
このままでは餓死者が出るのも時間の問題、といったところで、あの医師が村に訪れたんだ。
すでに医師の顔を知る者はほとんどいなかったが、弟子である彼は、髪を剃り、ぼろぼろの衣をまとって杖をつく、かつての師の姿をひと目で把握。空腹にあえぐ身体に鞭打って、彼へ駆け寄り挨拶をする。
師もやせこけたかつての弟子の姿を認めると、背負子に乗せていた大きな鉄製の鍋をおろして告げる。
「この空腹を癒さん」と。
師は川水、泥水、その他の水を問わず、次々と鍋の中へ放り込むと、枯れ木を集めて火をおこして、それに鍋をかける。
音を聞きつけて、「なんだ、なんだ」と家から顔を出す人々に対し、弟子だった男は順番に紫色の手ぬぐいを配り、目隠しをさせた上で、幾度も師が患者に告げたあの指示を下す。
「『この療治が済めば、楽になれる。苦しみが取り払われる』と強く思うこと。健やかなる自分の身体を思い浮かべること。その念、わずかでも弱まるならば、薬効たちまち失せて無駄となるだろう。強く心を持つのだ」と。
戸惑う村人たちだが、ただ白湯を恵んでくれるというだけでも、ありがたかった。
彼らが思うことはひとつ。心ゆくまで腹が満たされること。順番に医師の用意したお湯が配られていく中、彼らの想像は膨らんでいく。
やがて目隠しが外された時、あの医師の姿はもはやなく、あの弟子も師がどちらへ去っていったかすら、語ることはなかったらしい。
ただ「この晩を安らかに過ごせ」と、皆々へ告げて回る姿が見受けられたとか。
そして翌日のこと。朝早くに目覚めた弟子と他数人は、昨日まで枯れていた村はずれの木々に梨の実が成っていることに気がついた。枝についているものはもちろん、地面に転がっているものがたくさんある。
弟子が率先してかじり、問題ないことを皆へ告げると、次々に村人が殺到した。梨は何本もの木に生え、もしくは転がっており、村の全員が両腕に抱えて返っても、なお回収しきれないほどだった。
めいめいが口にする梨は、水気に富んでいるばかりでなく、かじる実と人によっては米だとか、大根だとか、まんじゅうだとか、色々な声があがる。
けれど、不快な色を帯びた声はない。その日は一日中、村のあちらこちらで梨に舌鼓を打つ人々の声がこだまし、祭りのようだったという。
だが、次の日。再び梨を味わおうと木々の元へ向かった人々は、そこに実がひとつも成っていないことを見る。
代わりに転がっていたのは、石。梨の大きさをした石たちが無数に横たわっている姿だったらしい。
人々は昨日の自分たちがした行いを思い、鳥肌を立てたものの、次に新たな作物が根付き、芽吹くまでの間、空腹を覚えることはなかったという。




