旧友
辰巳が帰った後、軽目の夕食で一人で済ませた淳は、二階の自室の隅にある机の前に座っていた。
「…心配だな、辰巳叔父さん」
彼は幼い頃からよく可愛がってくれていて、淳も彼のことが大好きだった。
そして彼の手掛けた作品に触れ、体感したことで『大好きな叔父』は『尊敬する叔父』になった。
しかし彼へと続く道を辿るにつれ、その大きさに、その遠さに、その険しさを改めて認識してしまい最近では会うことすら億劫に感じるようになっていた。
♪…♪…♪♪…♪…♪♪♪
机の上に置いた携帯が振動して耳障りな音を起てる。
「…はい、もしもし?」
「あ、アツシだよアツシ。今大丈夫か?」
電話の相手は、辰巳との会話にも出てきた佐藤淳だった。
「うん。ちょうど辰巳叔父さんが帰ったとこ」
「そうか、で?何か聞けたか?」
予想通りの質問。
少し笑いそうになるのを堪えて、結果を告げた。
「残念。だって聞き出してないもん。ただでさえ試験内容の事を知ってるんだし、これ以上は卑怯だよ」
「お前なぁ…俺はともかく、筆記試験の点数悪かったんだろ?大丈夫かよ」
アツシの声はいかにも残念そうで、しかしそれを隠すように話題を変えたように聞こえた。
「大丈夫じゃない?あ、それより受験者数4桁だって!なんか楽しみだね」
「…少なく見積もって1000人のプレイヤーか。入社試験って言うより、もうオンラインゲームだな」
淳とアツシが志望する辰巳の企業は、独自の入社採用試験を実施していた。
筆記試験と適性試験の二通りだ。
適性試験はVRの中で行われる試験であり、五感を備えた仮想空間を味わえるとあって記念受験者も多い。
しかし実際には間接型VRと呼ばれるものが採用されているため、仮想空間の中での出来事は記憶も何も全て体感することが出来ない仕組みになっている。
「勿体ないよなぁ、接続型ならもっと面白くなりそうなのによ!」
「……仕方ないよ。辰巳叔父さんも言ってたけど、まだ接続型は人体に及ぼす影響が計り知れないから」
今思えば、辰巳叔父さんは少し痩せたのかもしれない。あの時は全然気づかなったが、昔は食べることが生き甲斐のような人だった。それなのに仕事で接続型を導入したと聞いてから、何だか元気が無くなってきていた気がする。
「……辰巳さん、そんなに具合悪そうだったのか?」
「んー今考えれば。…明日は、うちの大学の受験者全員迎えに来るみたいよ!」
無意識に頭に浮かんだ不吉なイメージを振り払うかのように、語気が強くなってしまった。
「ああ、聞いた聞いた。…お前、他のメンバーにバラしてないよな?…サードワールドのこと」
アツシの思いがけない言葉に、顔が歪む。
「話してないよ。友達じゃないし…それにしてもアツシは気にしすぎだよ?」
「そうだな。いや、悪い。でも辰巳さんは俺にとっても憧れの人だからさ。どうしても試験パスしたくて」
「まぁ、そうだね」
素っ気ない返事をすると、椅子から移動してバタンとベッドに倒れ込んだ。
アツシはすぐに謝る奴だ。でもそれは反省しての謝罪ではなく、非を認めたアピール。長い付き合いから淳にはそれが分かっていた。
「はぁ…試験かぁ…サードワールドが理想通りの世界だといいね?」
二人が遊んだことのあるプロトタイプは、VRが生まれる前の作品であるため、PCを通しての二次元だった。それでも十二分に楽しかったけれど。
「…ああ、そうだな。そういや覚えてるか?あの…」
その後はサードワールドの思い出話に華が咲いてしまい、結局電話を切って眠りについたのは明け方過ぎになっていた。