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 馬車の中は、沈黙だった。


 当日、メレディアを迎えに来たジェラルドは、通り一遍の口上を述べ、そして馬車へとエスコートしたきり、あとは口を開かなかった。どうやら、何か考え事をしているらしい。

 無表情になるとますます怖いわ。

 心の中でそっと嘆いた。不器用で無口だけれど、おそらくその本質は善だ。決して悪人ではない。けれど、その表情は全てを裏切る。冷たくて、何を考えているのか分からない。いやむしろ、壁を隔てて存在を無視されているような気さえする。おそらくは誤解なのだけれど。


「あのぅ、ジェラルド様」

「なんだ」


 案の定、声をかければ、ちゃんと意識が向いていた風に即座に返事があった。


「本日はご招待ありがとうございます」

「ああ、母も姉たちも、君を気に入ったようだ。しきりとまた連れて来いと言っていたからな」

「ありがたいことです。そのうちまた、お品を見せに行かせてくださいませ」

「好きにするがいい。ただ……」

「ただ?」

「買い求めたクリームやら香水やらを、やたらと俺にまで振る舞うのは辟易するがな」


 思わずくすりと笑う。


「ご家族はみなさま、ご陽気で寛大な方々ですわね」

「俺とは違うさ」


 するりと言われ、はっとする。しかし、深い意味はないのか、表情は変わらない。


「……そうですわね、ジェラルド様は陽気とは少々、言い難いですわね」

「性質だ」


 そう言いながらも、彼はこちらの顔をじっと見て、微かに目元をゆるめた。その威力に、うっかり顔が赤くなってしまいそうだ。


「先ほどから、涼しい風を感じる。君だな?」


 そう、呼び方だ。そなた、という呼び方から、君へと変わっている。そのことに気づいた。距離が縮まった気がして、少し嬉しい。


「ええ、もう春ですわね。馬車のようにこもったところにいると、暑いほどです。暑い方がお好きでしたか?」

「いや、今くらいが快い。魔力は少なくないのだな」

「ええ、日常にちょくちょく使っても平気な程度には」


 陣を扇で隠しつつ、ばれてしまったからにはもう少し適温に調整しても良いだろう、と自分側を冷やす。演奏会用の長袖で首の詰まったドレスは、少々暑い。

 馬車は順調に、リャナザンド家へと向かっている。








 演奏会は盛況だった。さほど大きいホールではなかったが、楽団もそれに合わせて小規模の弦楽器のみの構成で、招待客は半円に並べられた椅子に座って音楽を楽しんだ。

 楽団が引けたあとは、広い応接間に移動して、お茶と軽食が振る舞われる。両開きの大きなガラスドアが二つ、庭側に設けられている。その先は、ホストである子爵夫人が手掛けた庭だ。ここを鑑賞するのもまた、客のもてなしの一つという訳だった。



「庭を案内しよう」


 場が砕けた頃、ジェラルドが声をかけて来た。ホスト夫妻の脇に立つのは、独立している長男とその夫人であり、他の姉妹たちは自由に友人たちと場を持っている。ジェラルドも、知り合いと一通り挨拶をしたものか、ようやくメレディアの横へと戻って来たのだった。


「よろこんで」


 静かに会話を交わしたが、若い男女はいつでもゲスト達の注目を集める。いくつかのほほえまし気な目と、いくつかの刺さるような視線を背中に感じながら、二人は庭へと出た。





 シェルライン家の庭は、母の聖域だ。母の思い通りに設計されていて、娘たちはもちろん、父ですら手を入れることは厳禁だった。その分、屋敷内にはまったくこだわりのない母だから気にはしないが、そんなにも母を魅了する庭仕事というものに興味をひかれないわけではない。

 いくつかの花、いくつかの薬草を候補の一つとして母にねだったこともある。取り入れられたものの一つが、この庭にもあった。


「まあ、こんな色もございますのね」

「母の道楽だ」

「庭は家の顔ですわ。季節も種類も手入れもよく考えられていて……」

「それは棘がある。気をつけなさい」


 顔を近づけて香りを楽しもうとすると、そう注意された。確かにこれには、見えない小さな棘がある。なんだかんだと言って、知識があるということは、母の手伝いもしているのだろう。この不愛想な顔で庭を眺め渡し母親と言葉を交わす様子を想像すると、ほほえましいものがある。


「はい。ありがとう存じます」


 するとジェラルドは、唇の端を少し上げた。


「淑女が板についているな。初対面で啖呵を切った君は、どこへ隠した?」


 あなたへの恋心と共に封印したのだ、と、ふと思う。いや違う。恋心はとうに姿を現してしまった。きっと、ジェラルドも気づいてる。


「あの時は本当に」

「ああ、礼はもういい。シャルロッテが許した事案は、すでに解決したということだ。

 そうではない、俺を皮肉気に子爵の子と呼んだお前と、今のお前は、どちらが本当なのかと思っただけだ」


 貴族の女子ならば顔が赤くなりそうなところだが、メレディアはすました顔で、


「さあ、どう思われます?」


と返した。


「ご尊父にはばれなかったのか」

「はい、幸いにも」

「よいご教育をされている」

「まあ。皮肉をお返しされましたわ」



 遠くで銅鑼が鳴った。まもなくお開きの合図だ。

 ジェラルドは、メレディアに寄せていた体を伸ばし、軍人めいた姿勢をとると、腕を差し出してきた。マナーの範囲で、そこに手を添える。


「馬は好きか」

「ええ、とても」

「では、時期には早いが、今度うちの馬を見せよう」


 一瞬の間が開いた。それは、この見合いめいた時間が、これで終わりではない、継続されるという意味だ。


「楽しみにしております」


 メレディアは心から、そう答えた。





 そうしていくらかの交際時期を経て、春のある日、メレディアとジェラルドの婚約が成った。家督を継がない次男と成金の次女の婚約はさほどの噂にもならず、正式な発表は社交界シーズンの始まりと共に、と決められたのだった。







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