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 新参者の貴族の住居は、古くから貴族が受け継ぐ地所からは遠く、庶民の生活区に近い場所にある。数年前に完成したシェルライン家のタウンハウスは、金に物を言わせた贅沢な造りをしてはいたが、周囲とのアンバランスはいかんともしがたい。

 それでも、メレディアはこの家が好きだ。母は庭のことしか考えていなかったから、内装や家具はほぼメレディアと姉妹が選んだ。自分の手の入った家には、ことのほか愛着がもてる。



「時に。夜会の準備は整っているのか?」


 朝食の席で、シェルライン男爵がいかめしい顔つきでそう聞いた。


「ええお父様、今日は仕立てを頼んでいたドレスが届くはずです」

「いくらかかっても構わん、いいものを揃えろよ」

「言われずともそうしております、お父様へのおねだりの手順は省略して」

「そ、そうか」


 成金らしい、金に糸目をつけない物言いも、すっかりあしらいの慣れたメレディアには、朝の挨拶程度のものだ。

 もうまもなく、今年も社交界のシーズンがくる。何年も前に、初めて王と王妃の前で淑女の礼を披露してから、はや数年。今年こそは結果を出さなければ。

 その会話で今日の予定を思い出したのか、姉と妹はうんざり顔を隠さない。


「めんどくさいわぁ……」

「あたし今日は、国立図書館へ行きたいのだけど……」

「また変な実験する気ぃ?」

「変じゃないわよ、役に立つもの!」

「いつ?」

「そ、そのうち……」


 メレディアは頭痛を抑えながら、せめて仕上がったドレスの試着だけはすませるようにと、口論をやめない姉と妹になんとか言い聞かせる。


 もともと、自由奔放な母に育てられ、裕福でありながら庶民の心をもった家族ではあったが、これほどまでに浮世離れしていることを心配するのが自分と父親だけだということが嘆かわしい。とはいえ、愛する姉妹のこと、好きなように生きてくれればいい、と割り切れるようにもなった。その分、メレディアがしっかりすればすむこと。

 気の強さは責任感の裏返し、と、父ももうメレディアの言動を容認の方向だ。とはいえさすがに、リャナザンド家で徘徊を咎められた、というのはその範囲外だろう。


 ジェラルドは今頃、何をしているだろう。

 思考が順を追って彼に及んでしまった。すぐに、頭をふって思考を切り替える。


「パートナーの件は、お父様のご采配をお願いしていたと思いましたが」


 さりげなく、手配は順調かと尋ねてみる。成り上がりの男爵家の娘ゆえ、城にあがるような身分の親戚は少ない。決まった相手がいなければ、兄弟や血縁に同行を頼むのが普通だが、年齢の合うようなそうした立場にあるものがほぼいないのが現状だ。


「うん、ローラとハンナについては決まったよ」


 父は姉と妹について、仕事上で取引のある貴族の息子の名を挙げた。年齢的にも、ほんの数言だが会話した印象的にも、ちょうど釣り合いの取れる満足できる組み合わせだ。


「メレディアは? いないの? 譲りましょうか? だから私は欠席しましょうか?」


 姉が嬉々として言う。


「しましょうか、じゃない。いらない気を回すな。というかお前はただ、行きたくないだけだろう」

「だってお父様……」

「だってじゃない、メレディアには今、慎重に考えを巡らせているところだ」


 嘘くさい、と思いつつ、素知らぬ顔で頷いた。慎重である、ということは、そのまま父の期待でもある。ぼんやりとした姉と研究馬鹿の妹では、とてものこと、手腕のある婿を捕まえて家を継ぐなど想像できない。メレディアだけがその可能性を持っている。

 父の期待は嬉しくもあり、重荷でもある。


「お食事中に失礼いたします」


 執事のセバスチャンが、珍しく食事中に声をかけて来た。手には一通の手紙を持っている。


「取り急ぎ、こちらを……」


 父は表書きを見て、それから、封蝋の印を確認した。


「リャナザンド家から……?」


 その呟きに、心臓が跳ねた。

 リャナザンド家?

 シャルロッテ嬢の方か、それともジェラルドの方か。まさか夜歩きが侯爵の耳まで届き、お叱りを受けるとか?

 顔がこわばりそうなのをなんとかおさえて、父が封を切り、中身に目を通すのを息をつめて待った。


「なんと」

「なんですの、あなた」


 朝食のチキンサラダを黙々と平らげていた母がここでようやく、フォークを置いて尋ねた。


「うむ。リャナザンド子爵より、メレディアを演奏会に招待したい、と」


 本格的な社交界シーズンの前から、お茶会や自宅での演奏会は頻繁に行われている。裁量権はホストにあり、招待客は自由に決められる。受けるかどうかは客次第だが、着飾って交流する機会を放棄する貴族はまずいない。


「次男のジェラルドを迎えにやる、と書いてあるぞ。そういえばお前、面識があるのだったな?」

「え、ええ。シャルロッテ様のところで少し……」

「そのあと、自宅に招待されていたが」

「招待ではなく、顧客としてご家族を紹介していただいたのです」

「ふむ、つまり」


 つまり、この演奏会への招待は、ある種のお見合いのようなものだ。ホストを務める家の息子がパートナーとして付く、というのだから、これはすでに周知されても構わない段階まで向こうでは話が進んでいる、ということだ。受けるも断るもこちら次第。だが。


「了承する旨、返信しよう。御使者はまだお待ちか?」

「いえ、急がせる気はない、ということでしょう」

「おいそれと決められる内容ではないからな」


 そういいながらも、了承を即座に決めた父は、早くも執務室へ行くべく席を立った。


「……メレディア?」

「えっ、はい!?」

「どうした。何か不満でも?」

「いいえとんでもない、驚いたのと、それと」

「それと?」

「ジェラルド様は、シャルロッテ様と結婚なさるのでは?」


 突然降ってわいたような話に息を詰まらせながら、メレディアは一番の疑問点を聞いた。

 父はそれを、一度不思議そうに眉を上げた後、合点したように頷いた。


「なるほど、聞きかじった噂だけをつなげればそのように誤解されるのかもしれんな。いや、確かに、ジェラルド殿が本家に入るという話はある。しかしそれは、シャルロッテ嬢の婿ということではない。当人同士も、そんなつもりはないとのことだし。

 むしろ、リャナザンド侯爵が、娘に政略結婚をしてほしくない一心であることから出た話だからな。彼は、ただ養子に入る。それだけのことだ。

 そしてそれも、まだ決まったことではない。学舎を卒業し、机上で領地経営をかじったシャルロッテ嬢が、家を継ぐことに興味を示し始めているからだ。だからこの件については、将来どう転ぶかまだ分からぬ」


 商売人は耳が早い。他家に出入りし、人と物をつなぐ父は、サロンの噂話以上にいろんな事情に通じている。


「うまくやるがいい、メレディア。どうあっても我が家の不利益にはならんのだからな」


 はい、お父様、と、心ここにあらずの答えをする。

家族が次々に食事を終えて席を立つ中、メレディアは、演奏会には何を着て行こう、とずっと考えていた。




 父のもたらした情報は、今まで気持ちを抑えようとしてきたメレディアの心のタガを外した。

 入り込む余地などないと思っていた。シャルロッテとジェラルドの組み合わせは、完全で完璧だった。けれど、そうではない、と。

 障害は取り除かれたのだ。いや、そもそもなかった。父の娘なのに、事実かどうかを確認することを怠った。事実だと突きつけられる瞬間に耐えられそうもなかったからだ。

 それほどまでに、メレディアはジェラルドに惹かれている。

 もう、認めざるを得ない。

 そして――彼は?


 演奏会への招待は、夫人の意向だろうか。それとも、もしかして。

 もしかして彼も。


 不幸と決めつけていた関係性に光明が差し、だからメレディアは、嬉しかった。

 浮かれていた、と言ってもいい。

 侯爵家の暗い廊下を歩いていた時と同じだ。

 浮かれて、視野が狭くなった。

 そのことしか、彼のことしか考えられなくて、だから、思いを巡らせることができなかった。



 ジェラルドがなぜ、メレディアを選んだのかということについて。









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