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【電子書籍化】花降る夜には偽りの言葉を  作者: 有沢ゆう


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30/30

30(おまけ 後)


数日後、デザインの完成画が届けられた。

メレディアの気に入れば、作製に入らせることにしよう。



「彼女は?」

「さて。おそらくお庭でしょう」


家令はそう答えた。

彼が言うならそうなのだろう、と、ジェラルドは庭へと向かった。




「あああああ嘘でしょ、嘘でしょ、なんでなんで!」


押し殺したような、悲鳴のような声が聞こえ、足を止める。

そっと覗き込むと、薔薇の生垣の前で、メレディアが右に左に歩き回っている。

そして、止まっては手を持ち上げ、それを下ろしてはまたウロウロ。


「食べてる食べてるわ、ダメよ、ああああでも無理、これは無理……」


意図したわけではないが、足音を殺して近づき、背後から手元を覗き込む。

みずみずしい旬の薔薇、最も美しい一輪のそばに、葉を食む毛虫がいた。

黒とオレンジのだんだらのそれは、ジェラルドでさえ躊躇する大きさだ。


虫がその体を伸ばし、別の葉に移ろうとした時、意を決したようにメレディアが手を振り上げた。

思わずその手首を掴む。


「ひっ……!」


悲鳴をあげかけた口を、逆の手でふさぐ。

足元に、はらりとデザイン画が落ちた。


怯えた目で見上げてくるメレディアの顔が、ジェラルドを認め、瞬間的にゆるむ。

体からも力が抜け、ほっとしたように、もごもごと何かを言った。

唇に触れている手のひらに、そのささやきがくすぐったい。


「素手で触ってはいけない」


まだ何かを言う口から、名残惜しい気持ちで手を離した。


「……せっかく葉ごと切り花にしようとしましたのに」

「皮膚がかぶれてしまう。葉っぱくらい好きに食わせてやれ。花はここに眺めにくればいい」

「そうですか? うーん、ならばそのように」



ジェラルドは、足元の紙束を拾い、握ったままの手を引いて彼女を東屋へとエスコートした。

いつの間にか、メイドがお茶を準備し始める。


二人はそれから、デザインについて話し合った。


冷静で有能な商人、あるいはジェラルドの妻としてふさわしい顔をしている。

さっき慌てていた彼女は、夢だったかと思うほどだ。

丁寧な言葉遣いが、距離を感じさせる。

自分が、そう、仕向けているのに。



「どうなさいまして?」

「……いや」

「お疲れでしょうか。切り上げてお休みくださいませ」

「そうだな……」



そういう彼女の手首に、ジェラルドは自分の手形を探す。

初めて会った夜に力加減を間違えた。

今回は、そっと握りこんだから、彼女には傷一つつけていない。

当たり前のことだ。

なのになぜか、ほんの少し、がっかりする。





ジェラルドは、彼女にデザイン画を預け、そのまま、母屋には戻らず実家へと向かった。

幸い、時間が遅いこともあり、父が在宅している。

前触れもなく訪れた息子に、珍しいこともあるものだ、と笑ったが、要件を告げると、その顔は厳しく引き締まった。


「聖女の器を?」


先祖から受け継いでいるいくつかのいわくつき資産の一つ、赤いネックレスを貸してほしい。

そう言いだした息子に、


「理由は?」

「メレディアには魔力があります」

「ああ、珍しいことではあるが、生活魔法程度だろう?」

「ええ……しかし、その量は我々が考えているより多いのかもしれない、と」

「根拠は」

「彼女の髪と目が、真実の姿を隠している可能性があります。

 先日、変化の兆しがありました。

 プラチナの髪と、透き通ったルビーのような瞳に……」


多くを言わずとも、父はそれが、どんな血のなせるものかを知っている。


「聖女の器は、魔力を吸い取るものだぞ。まさかお前は」

「……何もなければ、あれはただの安っぽいネックレスです。

 デメリットはない。そうですよね?」


父の決断は早かった。

ジェラルドに返事もせず、執事にそれを持ってこさせると、放り投げるようにして渡してくる。


「必要にならないことを祈るばかりだな」


そう言った後、ニヤリと笑う。


「お前の必死な顔は、久しぶりに見たぞ」


指摘されて初めて、今日明日に必要なものでもあるまいし、後日でも良かったなと考えた。

家族とはいえ、夜遅くに突然訪ねて頼むほどのことでもなかった。


そのことに気づかなかったことが、ジェラルドの変化だ。

父はそれをわざわざ指摘した。


「よしもう帰れ。これからについてよく考えるがいい」


手を振って追い出され、ジェラルドは頭を冷やしながら自宅へと戻った。






家令が出迎えたが、家の中はひっそりとしている。

メレディアがもうやすんでいるのだろう。


ジェラルドは、夫婦の寝室に、ためらいつつもそっと入り込んだ。

妻である女は、ベッドの片側に寄り、すうすうと寝息を立てている。


これがスパイなものか。

人の気配に鈍感な彼女に呆れつつ、起こさないように、ネックレスを枕元に置こうとして、思い直した。

直接手渡そう。

なんとなくそう思う。


メレディアが寝返りを打つ。


「……それ以上のサイズがあると思ってるのお父様?」


寝言だ。

父親であるシェルライン男爵に小言をいう夢だろう。

ジェラルドはそっと、寝室を出た。


くっ、と一度笑い、それから、執務室へと向かう。


いい家族だ。

ジェラルドとメレディアとでは、いまだ作れていないもの。


笑いの波が収まると、急激に頭が冷えた。



いつかきっと、自分はメレディアに、求婚の理由を話すだろう。

彼女が無実であろうとなかろうと、それがジェラルドの誠意だ。

母が言うのはきっと、このことだ。


その時。

彼女は何を思うだろう。

きっとジェラルドを軽蔑する。

あるいは憎む。


いや──違う。


彼女はただ、微笑むんだ。

仕方がないことだと、理解いたしますと言って、ジェラルドを赦す。


一体それは、誠意か?


真実を打ち明け謝罪をすれば、彼女は許すしかない。



ジェラルドは考える。

自分が、彼女と添い遂げる未来を夢見ていることについて。

そのくせ、彼女を疑い調査し続けなければならない未来について。


折り合いはつかない。

そんな奇跡は存在しない。


「考えろ、ジェラルド、必死にな……それくらいの能力はあるだろう」


自分を鼓舞する。

いつからか芽生えたこの感情に従い、メレディアを守りたいと素直に思う。








だからジェラルドは嘘をつく。

誠実さを捨て、メレディアとの未来を手に入れるために。


いつか寝言で、自分の名前を呼んでもらうために。




サスペンス部分に注力して恋愛要素がおざなりになるのが私の悪い癖。

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― 新着の感想 ―
何かをねらっての終わり…とは思ってますが、いくつか読んだ作品全ての結末が、ぼんやりに見えました。少しモヤモヤする傾向に。 世界観や文章は好みでした。
[良い点] ジェラルド、いいところが一個もなかったですね。メレディアがなぜ惚れたかわからないくらい。ファシオの方がよっぽどいい男だと思うw クラリスのイカレっぷりがよかったですね。悪いことをするには浅…
[気になる点] ファシオの実家! [一言] とっても面白かったです。すれ違いの切ない恋愛話かと思いきや、ミステリーというかサスペンスというか、そういうテイストも入っていて。 クラリスは可哀想でしたね…
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