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【電子書籍化】花降る夜には偽りの言葉を  作者: 有沢ゆう


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私の書くヒーローいつも人気ない



メレディアは、狭苦しい馬車の中でジェラルドと二人、窓の外を見ている。

どうにも気づまりだ。


だって二人はもう、夫婦ではないのに。



クラリスが正式に裁判にかけられることが決まってから、二人は正式に離縁した。

とはいえ、その事実は公にされていない。

書類上では確かに、もう夫婦ではないのに、こうして二人で旅行に出ている。










一週間前。


唐突のように思えるメレディアの離縁の要求について、すでにあの直後、正式に書面を送ってある。


冤罪とはいえ、犯罪者として拘束された事実があること。

その原因の一端として、仕事で外国に何度も出ていること。

しかし、それをやめるつもりはない。

こんな自分は、国の影なる英雄であるリャナザンド家にはふさわしくないこと。




相手からは、受け取った旨の書状が返送され、そしてようやく今日、正式に手続きとなった。




メレディアの実家に、彼はきちんと身なりを整え、そしてなぜか父親である侯爵を伴いやって来た。

それぞれで離縁の届け出書状に署名をし、信頼する執事が急ぎ神殿へと書類を運ぶ。


「さてこれで、二人はそれぞれ独身に戻ったね」


侯爵はため息をつきながらそう言った。

それから、息子であるジェラルドを見る。

親子の間で何やら視線で攻防があり、諦めたように、咳払いをする。




「では改めて、リャナザンド家から、メレディア・シェルライン嬢に、我が息子ジェラルドの婚約者になっていただきたい旨、申し込む」


「なんですって!?」


メレディアよりも先に、父が大声をあげた。

メレディアだってそうしたかったが、なんとかこらえたのだ。


「失礼、どういうことです?」

「二人の婚姻は、誤解で始まり、誤解によって成り立ったと言ってもいい。

 だからそれを正すために、けじめとして離縁するというのは致し方ないことだ。

 だが……」


侯爵の取ってつけたような説明の最中に、ジェラルドが立ち上がった。

そして、メレディアの前に、跪いた。


手を取る。


「メレディア嬢。

 君を誤解させたのは、俺の責任だ。

 だから、君が縁を切りたいというのならば、受け入れよう。

 だが」


「ちょ、ちょ、ちょっと、お待ちください、ストップストップ!」


いろんな事情を、お互いの父親の前で暴露しようというのだろうか!

メレディアは彼の発言を止めた。


そして、急いで立ち上がると、触れていたジェラルドの手を引っ張り上げると、


「ちょっとお庭を散策して参りますわほほほほほほ」


と口元を抑えながら、客間を出た。

父が呆然としてたようだが、侯爵がにっこり送り出してくれたので、あとは任せることにしよう。







彼の手を引き、そのまま、シェルライン家自慢のガーデンに出た。


「それで?」


周囲を薔薇やダリア、華やかな生花に囲まれた一角で、メレディアは振り向く。

彼は、にやりと笑った。


「初めて会ったあの場所に似ているな」


そう聞いて、鮮やかにあの光景がよみがえった。

錯覚を利用した天井画。

まるで花が降るような、美しいあの場所。


同時に、強く掴まれた手首の痛みも思い出す。


あの日。

きっと偶然じゃなかった。

メレディアはすでにあの時点で疑われていたのだ。


ジェラルドの影の仕事を考えれば、きっと間違っていない。

そうして、危険因子を見張り、いざとなれば処分するつもりで、メレディアを娶りさえした。


クラリスの代わりですらなく、自分はただ、国のためにそばに置かれた。

そういうこと。



「メレディア。

 あの日俺は」


言わないで欲しい。

仕事で愛するふりをしたのだと聞いてしまえば、自分はいつまでもそれを忘れられない。

一生、記憶から消えてはくれない。

だから──。




「君を好きになった」


「…………はい?」


「だから交際と結婚を申し込んだ。

 だがその後、クラリスの件で様々な誤解で悲しませてしまったことは事実。

 また新しく、というのが無理だと言うのは分かっている。

 人の記憶は消えないし、許すことは出来ても忘れることはできない。

 だから、選択権は君にある」


「あの、ジェラルド様」


「俺はこれから君に花を贈り、乗馬に誘い、舞台に誘い、愛を囁く。

 それらを受け入れるかどうか、その都度君が決めればいい。

 もう二度と顔を見せるなというなら、そうしよう。

 だからどうか……俺にもう一度、求婚のチャンスをくれないか」


嘘、だ。

恋なんて嘘。

でも。

真実なんて要らない。

それを告げることは、二人の間に二度と完全な信頼が生まれないことを意味する。


だから彼は嘘をつく。

未来をつなぐために。



「なんて……なんて傲慢なの、ジェラルド・リャナザンド」

「そうでなければ君を手に入れられないからな」


強い風が吹き、花盛りの生垣から花弁が一斉に舞い散る。

降り注ぐ一片がジェラルドの髪に触れた。


メレディアはごく自然に、その花びらを指先で払い落とす。


「いいわ……あの日のように、もう一度、私を虜にしてみせて」


嘘を指摘しないことで、メレディアはその未来に踏み出す。

それに気づかない彼ではなく。














馬車はのんびりと田舎道を走る。

向かう先は、シャルロッテの(個人の!)別荘だ。

湖と牧場があり、近くの街ではもうすぐお祭りがあるという。


彼女は、直角にお辞儀をする謝罪とともに、ここを勧めてくれたのだ。

ちょっとそこまで、という口ぶりだったから、ありがたくお邪魔させてもらうと返事をしたのだが、なんと片道三日の遠出である。


やはり彼女は敵なのでは?


おののきつつも、謝罪にあわせて受け入れ、かつすでにジェラルドに打診していたため、断ることも出来ずにやってきてしまった。





馬車の中には、メレディアの放つ心地よい冷気が満ちている。

有り余る魔力で、御者台の使用人にも送っているせいか、大変に順調な旅路である。



「あら奥様、ご覧くださいまし、おしどりですわ」


馬車の中にはもう一人、メイドが同乗している。

ダリアだった。

まだ婚約者止まりの二人だけで乗り込むわけにはいかないからだ。


「まあほんと。夫婦かしらね。一生添い遂げるのでしょう?」

「それ、嘘らしいですよ」

「えっ……そ、そう……」


ダリアはメレディアの動揺に気づかず、窓の外を楽しんでいる。





「そういえば、あなたが隠し部屋の存在を教えたのですって?」


声をかけると、彼女はにやっと笑って勢いよく振り向いた。


「ええ、そうです、クラリス様の自室の、証拠が詰め込まれた隠し部屋。

 教えただけじゃなく、あたしが直接乗り込んで、みなさんの前で開けて見せたんですから」

「……かつての同僚たちの前で?」


ダリアはくっくっくと悪い顔をした。


「そうですとも。

 あの人達は、驚いてましたねえ。

 私がまさか、積極的に捜査に加担するなんて、思ってもみなかったみたいですよ?」

「何か言われた?」

「散々に。

 恩をあだで返したとか、クラリス様がかわいそうじゃないのかとか、こんなことがばれて私たちはどうなってしまうのかとか、私たちを路頭に迷わせる気か、とかですね!」


彼女は、生き生きと目を輝かせている。


「だからあたしはね、言ってやったんですよ。

 若い娘を理由もなく首にして人生変えておいて、なぜ復讐されないと思うんです?ってね!

 あ、若い娘ってのはあたしのことですよ?

 ねえ、本当に不思議じゃありませんか、自分の人生じゃないものが壊されて、なんでそれが自分に向かないと思うんでしょうね?

 そんなわけないじゃありませんか。

 幸も不幸も、ひと様みぃんな平等にやってくるもんですよ」


「……そうね。あなたの言う通りだわ」


「でしょう? だからあたしは今、とっても幸せですもん。

 奥様もそうでしょう?

 不幸な顔してましたもんね、それが今は、全然違いますもん」


率直すぎる評価に絶句する。

だが、相変わらず見る目は確かだ。


「ええ。私は今、幸せよ」


はっとしたように、向かい側でジェラルドがこちらを見た。

ダリアは話に飽きたのか、再び、窓の外の牛の群れを凝視し始める。








しばらくして、低い声でジェラルドが聞く。


「……いつかまた不幸が訪れても、君はその先の幸福を信じるか?」


遠い遠い未来の話をするジェラルドに、メレディアは笑って見せた。


「さあ、その答えは、その時にまた聞いてください」



嘘は過ぎ去り、お互いの口からこぼれるのは真実ばかり。


馬の速度で馬車は進む。


人生のように。

時間のように。


いつかの愛のように。










少々かかりましたが完結いたしました。

読んでいただきありがとうございます。


並行連載中 「あの日あなたは私に愛を捧げた」

       https://ncode.syosetu.com/n2130hf/


新規連載開始 「神様をインストールした令嬢 ~転生先は断罪後の悪役令嬢でした~

        https://ncode.syosetu.com/n0184hs/


こちらもよろしければぜひ。

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― 新着の感想 ―
お話がとてもスッキリとまとまっているので、おまけを読む前に感想を書いてしまいます。 メレディアとクラリス、合わせ鏡のような二人の運命と、自ら選んだ生き方の相違が導く未来が、とてもよくわかるお話でした…
[良い点] 完結お疲れ様でした! [一言] 二人が復縁したことにモヤるのは、ジェラルドに誠実さが欠けてるからかな…。この人は平気で妻を騙すタイプだと思う。 ま、それでもいいなら仕方ないけど。 と、ワル…
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