28
私の書くヒーローいつも人気ない
メレディアは、狭苦しい馬車の中でジェラルドと二人、窓の外を見ている。
どうにも気づまりだ。
だって二人はもう、夫婦ではないのに。
クラリスが正式に裁判にかけられることが決まってから、二人は正式に離縁した。
とはいえ、その事実は公にされていない。
書類上では確かに、もう夫婦ではないのに、こうして二人で旅行に出ている。
一週間前。
唐突のように思えるメレディアの離縁の要求について、すでにあの直後、正式に書面を送ってある。
冤罪とはいえ、犯罪者として拘束された事実があること。
その原因の一端として、仕事で外国に何度も出ていること。
しかし、それをやめるつもりはない。
こんな自分は、国の影なる英雄であるリャナザンド家にはふさわしくないこと。
相手からは、受け取った旨の書状が返送され、そしてようやく今日、正式に手続きとなった。
メレディアの実家に、彼はきちんと身なりを整え、そしてなぜか父親である侯爵を伴いやって来た。
それぞれで離縁の届け出書状に署名をし、信頼する執事が急ぎ神殿へと書類を運ぶ。
「さてこれで、二人はそれぞれ独身に戻ったね」
侯爵はため息をつきながらそう言った。
それから、息子であるジェラルドを見る。
親子の間で何やら視線で攻防があり、諦めたように、咳払いをする。
「では改めて、リャナザンド家から、メレディア・シェルライン嬢に、我が息子ジェラルドの婚約者になっていただきたい旨、申し込む」
「なんですって!?」
メレディアよりも先に、父が大声をあげた。
メレディアだってそうしたかったが、なんとかこらえたのだ。
「失礼、どういうことです?」
「二人の婚姻は、誤解で始まり、誤解によって成り立ったと言ってもいい。
だからそれを正すために、けじめとして離縁するというのは致し方ないことだ。
だが……」
侯爵の取ってつけたような説明の最中に、ジェラルドが立ち上がった。
そして、メレディアの前に、跪いた。
手を取る。
「メレディア嬢。
君を誤解させたのは、俺の責任だ。
だから、君が縁を切りたいというのならば、受け入れよう。
だが」
「ちょ、ちょ、ちょっと、お待ちください、ストップストップ!」
いろんな事情を、お互いの父親の前で暴露しようというのだろうか!
メレディアは彼の発言を止めた。
そして、急いで立ち上がると、触れていたジェラルドの手を引っ張り上げると、
「ちょっとお庭を散策して参りますわほほほほほほ」
と口元を抑えながら、客間を出た。
父が呆然としてたようだが、侯爵がにっこり送り出してくれたので、あとは任せることにしよう。
彼の手を引き、そのまま、シェルライン家自慢のガーデンに出た。
「それで?」
周囲を薔薇やダリア、華やかな生花に囲まれた一角で、メレディアは振り向く。
彼は、にやりと笑った。
「初めて会ったあの場所に似ているな」
そう聞いて、鮮やかにあの光景がよみがえった。
錯覚を利用した天井画。
まるで花が降るような、美しいあの場所。
同時に、強く掴まれた手首の痛みも思い出す。
あの日。
きっと偶然じゃなかった。
メレディアはすでにあの時点で疑われていたのだ。
ジェラルドの影の仕事を考えれば、きっと間違っていない。
そうして、危険因子を見張り、いざとなれば処分するつもりで、メレディアを娶りさえした。
クラリスの代わりですらなく、自分はただ、国のためにそばに置かれた。
そういうこと。
「メレディア。
あの日俺は」
言わないで欲しい。
仕事で愛するふりをしたのだと聞いてしまえば、自分はいつまでもそれを忘れられない。
一生、記憶から消えてはくれない。
だから──。
「君を好きになった」
「…………はい?」
「だから交際と結婚を申し込んだ。
だがその後、クラリスの件で様々な誤解で悲しませてしまったことは事実。
また新しく、というのが無理だと言うのは分かっている。
人の記憶は消えないし、許すことは出来ても忘れることはできない。
だから、選択権は君にある」
「あの、ジェラルド様」
「俺はこれから君に花を贈り、乗馬に誘い、舞台に誘い、愛を囁く。
それらを受け入れるかどうか、その都度君が決めればいい。
もう二度と顔を見せるなというなら、そうしよう。
だからどうか……俺にもう一度、求婚のチャンスをくれないか」
嘘、だ。
恋なんて嘘。
でも。
真実なんて要らない。
それを告げることは、二人の間に二度と完全な信頼が生まれないことを意味する。
だから彼は嘘をつく。
未来をつなぐために。
「なんて……なんて傲慢なの、ジェラルド・リャナザンド」
「そうでなければ君を手に入れられないからな」
強い風が吹き、花盛りの生垣から花弁が一斉に舞い散る。
降り注ぐ一片がジェラルドの髪に触れた。
メレディアはごく自然に、その花びらを指先で払い落とす。
「いいわ……あの日のように、もう一度、私を虜にしてみせて」
嘘を指摘しないことで、メレディアはその未来に踏み出す。
それに気づかない彼ではなく。
馬車はのんびりと田舎道を走る。
向かう先は、シャルロッテの(個人の!)別荘だ。
湖と牧場があり、近くの街ではもうすぐお祭りがあるという。
彼女は、直角にお辞儀をする謝罪とともに、ここを勧めてくれたのだ。
ちょっとそこまで、という口ぶりだったから、ありがたくお邪魔させてもらうと返事をしたのだが、なんと片道三日の遠出である。
やはり彼女は敵なのでは?
おののきつつも、謝罪にあわせて受け入れ、かつすでにジェラルドに打診していたため、断ることも出来ずにやってきてしまった。
馬車の中には、メレディアの放つ心地よい冷気が満ちている。
有り余る魔力で、御者台の使用人にも送っているせいか、大変に順調な旅路である。
「あら奥様、ご覧くださいまし、おしどりですわ」
馬車の中にはもう一人、メイドが同乗している。
ダリアだった。
まだ婚約者止まりの二人だけで乗り込むわけにはいかないからだ。
「まあほんと。夫婦かしらね。一生添い遂げるのでしょう?」
「それ、嘘らしいですよ」
「えっ……そ、そう……」
ダリアはメレディアの動揺に気づかず、窓の外を楽しんでいる。
「そういえば、あなたが隠し部屋の存在を教えたのですって?」
声をかけると、彼女はにやっと笑って勢いよく振り向いた。
「ええ、そうです、クラリス様の自室の、証拠が詰め込まれた隠し部屋。
教えただけじゃなく、あたしが直接乗り込んで、みなさんの前で開けて見せたんですから」
「……かつての同僚たちの前で?」
ダリアはくっくっくと悪い顔をした。
「そうですとも。
あの人達は、驚いてましたねえ。
私がまさか、積極的に捜査に加担するなんて、思ってもみなかったみたいですよ?」
「何か言われた?」
「散々に。
恩をあだで返したとか、クラリス様がかわいそうじゃないのかとか、こんなことがばれて私たちはどうなってしまうのかとか、私たちを路頭に迷わせる気か、とかですね!」
彼女は、生き生きと目を輝かせている。
「だからあたしはね、言ってやったんですよ。
若い娘を理由もなく首にして人生変えておいて、なぜ復讐されないと思うんです?ってね!
あ、若い娘ってのはあたしのことですよ?
ねえ、本当に不思議じゃありませんか、自分の人生じゃないものが壊されて、なんでそれが自分に向かないと思うんでしょうね?
そんなわけないじゃありませんか。
幸も不幸も、ひと様みぃんな平等にやってくるもんですよ」
「……そうね。あなたの言う通りだわ」
「でしょう? だからあたしは今、とっても幸せですもん。
奥様もそうでしょう?
不幸な顔してましたもんね、それが今は、全然違いますもん」
率直すぎる評価に絶句する。
だが、相変わらず見る目は確かだ。
「ええ。私は今、幸せよ」
はっとしたように、向かい側でジェラルドがこちらを見た。
ダリアは話に飽きたのか、再び、窓の外の牛の群れを凝視し始める。
しばらくして、低い声でジェラルドが聞く。
「……いつかまた不幸が訪れても、君はその先の幸福を信じるか?」
遠い遠い未来の話をするジェラルドに、メレディアは笑って見せた。
「さあ、その答えは、その時にまた聞いてください」
嘘は過ぎ去り、お互いの口からこぼれるのは真実ばかり。
馬の速度で馬車は進む。
人生のように。
時間のように。
いつかの愛のように。
少々かかりましたが完結いたしました。
読んでいただきありがとうございます。
並行連載中 「あの日あなたは私に愛を捧げた」
https://ncode.syosetu.com/n2130hf/
新規連載開始 「神様をインストールした令嬢 ~転生先は断罪後の悪役令嬢でした~
https://ncode.syosetu.com/n0184hs/
こちらもよろしければぜひ。




