表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【電子書籍化】花降る夜には偽りの言葉を  作者: 有沢ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/30

27



「会いたかったわ、ジェラルド」

「なんのつもりだろうか、夫人」

「大丈夫よ、ねえ、私、いい考えがあるの」



うっとりと見上げた顔は、相変わらずクラリスの好きな顔をしている。

なんて素敵なんだろう。

これは、今から私のものだわ。



「いい考えとは」

「ええ、とっても素敵な話よ。これが実現すれば、あなたは私を手に入れられるんですもの!」


嬉しさがこみあげ、クラリスはくすくすと笑う。

ジェラルドは、意味が分からない、という顔をしている。



「分かるわ、この私が手に入るなんて、思ってもみなかったのよね?

 でも、私はやり遂げたわ。

 あなたのために。

 これで、私は自由。

 これからは、あなたと私、二人で幸せに暮らすのよ」


「現状が分かってないようだな、夫人。

 君は今、捕らえられようとしているんだ、現実を見ろ」


おかしくなって、大声で笑う。


「ふふふふふふ、あははは、大丈夫、まかせてって言ったでしょう?

 確かに、私は捕まるわ。

 でもね、こうすればいいのよ」


クラリスは、女優のごとく、不意に真面目な顔を作る。




「はい、はい、ごめんなさい、私が国の技術や人材を横流ししました。

 この私──メレディア・シェルラインが」




目を見開くジェラルドに、口元がゆるむ。


「ね、名案でしょう?

 あなたはどこかで私とあの女を入れ替えるの。

 シャルロッテの力を借りましょう。

 貴族の権力があれば、出来ないことなんてないんですもの。

 ちょっと牢屋を開けて、私を出して、あの女を放り込むだけ。

 そうすれば、私はあなたの妻になれるし、邪魔なあの女は牢屋に閉じ込めておける」

「……破綻している。

 メレディアを遠ざけたとて、あなたがグランティエール夫人であることは変わらないだろう」


クラリスは何も分かっていないジェラルドが可愛く、いとしく思え、その輝く黒い髪をそっと撫でた。


「馬鹿ね、全部考えてあるのよ。

 私はさらにこう言うの。

 これらすべては、マクシム・グランティエール公爵の指示でございます。

 証拠の帳簿が、執務室に隠してあります……ってね」



クラリスは、ジェラルドの胸に顔をうずめた。

安っぽい香水の匂いがするが、大丈夫、自分が妻になれば全て取り変えさせる。

もっと質の良い服を、もっと似合う髪形を、自分が整えてあげられる。



「……君は、彼女と自分がどんな関係なのかを、知っているのか?」


ぎり、と奥歯を噛みしめた。


「知っているかですって?

 ……もちろんだわ、ええ、もちろん。

 小さなころから、私はずっと言い聞かせられてきたんですもの。

 もう一方をもらって来ればよかった、もう片方にすれば可愛がれたのに、ってね。

 私が双子だったことは、耳が腐るほど繰り返された事実よ。

 そのくせ、顔立ちがはっきりしてくると、私の美しさを高く売ったわ。

 高位貴族に顔をつなぎたい家に、養子に出されたのよ。

 美貌で姻族になることをただただ求められながらね。

 私は四つの家を渡り歩いた。

 どこも私を必要としなかった」






だから、メレディアを見た時にすぐに気づいた。

生き別れた姉妹。

身分差はあれど、二人は驚くほどに瓜二つだった。


その頃からだ。

あの女の情報を集めに集めた。



穏やかだが抜け目がないと有名な、商人である父親、庭いじりの好きな快活な母親、おっとり気質の姉妹、そんな笑いの絶えないありきたりの家族に囲まれていた。


ありきたり?


いいや違う。

それがどんなに幸運だったのか、あの女は分かっていない。

私が彼女だったら。


あの日、私ではなくあの女が先に貰われっ子になっていたら。



挙句の果てに、あの女は、クラリスの初恋の男と結婚すると言う。


私が彼女だったなら。

あんなふうに幸せな人生だったなら。


私が。

私が彼女だったなら。






「だからね、私が彼女になることにしたの。

 あなたも、私の代わりだったあの女から、本物と夫婦になれるんですもの、嬉しいでしょう?

 ねえ、一晩か二晩、取り調べを受けるわ。

 あなたのために、我慢するわ。

 それで自白をして、終わったら上手く入れ替えてちょうだい。

 そしてお互い、相手の瑕疵を理由に離縁するのよ。

 自由!

 それが全て!

 簡単なことだわ。

 そうでしょう?」


ジェラルドの暖かな手が、クラリスの肩を掴む。

いいわ、抱きしめて、今こそ、私を。


「クラリス・グランティエール。君を拘束する」


ぐい、と引き離された。

少し驚くが、クラリスは優しく笑って見せた。


「そうよね、あなたたちは抱擁し合うような間柄ではないものね。

 人が見ている前で、妻を抱きしめるなんて、しないわよね。

 分かってるわ。

 じゃ、二日後にね、ジェラルド。

 あまり私を待たせないでね?」


ジェラルドの合図で、男たちが歩み寄ってくる。

紳士的に、しかし、逃げられない力で、両側を固められ歩かされた。


クラリスは平気だった。

だって、今捕らえられ屈辱的な姿勢で縄をかけられているのは、自分ではない。

あの憎い女だ。

もっともっと、きつく縛り上げるがいい。


こみあげる笑いを抑えることもせず、クラリスは馬車に乗り込んだ。








*******************







取り調べ責任者のセラヴィは、じんじんと痛む目の間を、ぐいと揉んだ。

この自白室には、もう何日続けて出入りしているだろう。

目の前には、かつて同じように拘束した女性と、非常によく似た女がいた。


「話を聞いているの?

 早くジェラルドを呼びなさい」


目の前で喚いているその人は、隠された宝石とも、秘密の薔薇とも呼ばれた、グランティエール夫人だった。

手入れのろくにできない牢暮らしで、髪はくすみ、目は淀んでいるが、貴族然とした気位の高さはまだまだ健在である。



「グランティエール夫人」

「やめて、私はメレディアよ、メレディア・シェルライン。二度と間違えないで。

 私の夫を呼びなさい、命令よ」


ふと哀れな気持ちを抱く。


「夫人。おかしな話ですな。

 あなたはリャナザンド卿の妻を自認しながら、自らの姓を旧姓でしか名乗られない。

 どちらなのです?

 あなたはメレディア様だと思ってほしいのか、そうでないのか」

「な……私は、私はただ……」


慣れない牢での扱いは、彼女を想像以上に疲弊させている。

それでも、一週間以上、自分はメレディアだと言い張る気力は、たいしたものだ。




「夫人の強いお願いに、私どもも慣例を曲げて、リャナザンド卿への伺いを立てた。

 あなたを呼んでおられるがどうするか、とね」

「遅いけれど許しましょう、彼は、いつ来ると?」

「卿は……いらっしゃいません」

「は?」


彼女はみるみる、目を吊り上げた。


「そんなわけないわ、何を言っているの、お前。

 彼は私を迎えに来るのよ。

 そう決まっているの」

「来ない、と明確に返事がありました。

 すでに、奥様と旅行に旅立っておられます」

「妻は私よ! この私が、妻なのよ!」

「そして!」


喚き声が耐えがたく、セラヴィはやや強引に彼女の話を断ち切る。


「夫人の夫、グランティエール公爵からも伝言をいただいております。

 実家を通じて、正式に離縁を求める。

 数日中に認可されるだろう、とのことです」

「……いいわ、どうでも。

 それに、あの人、捕まるでしょう?

 主犯だもの」


首を振る。


「いいえ。公爵に疑わしいところはございませんでした。

 取り引き帳簿は確かに見つかりましたが、それを隠したという証言をリャナザンド卿が聞いておられたこと、そして帳簿の字体が屋敷のどの人間とも違ったことから、冤罪であると断定されました」


大声を出そうとしたらしいクラリスは、息を吸ったところで止めた。

それから小声で、


「ジェラルドが証言を?」

「はい。あなた様が卿の夫人と入れ替わるつもりであったこと、主犯を夫に仕立て上げようとしたこと、全て」

「そんな……馬鹿な」


「また、夫人の部屋の隠し扉の奥から、本物の帳簿と、取り引きで得た報酬が発見されました。

 重大な証拠であり、これを持って、あなた様を裁判にかけることとなります」


「あの隠し扉が普通に探して見つかるわけがないわ!

 メイドか誰かが余計なことを言ったのね……絶対に許さない、全員クビよ!

 ……いえ、待ってそんなことどうでもいい……ねえ、嘘でしょう?

 ジェラルドは?

 ジェラルドは、私が欲しいはずよ?」


「夫人。かの方は、奥様と睦まじくお暮しです。

 あなたのお気持ちは、届かぬものなのですよ」


クラリスは、拳で机を叩いた。

それから、ぶつぶつと何かを言っている。


「……いいわ、ちょっと失敗したみたいね。ええ、いいでしょう。

 でも私は諦めないわ。

 ここを出たら、すぐにジェラルドのところへ行かなくちゃ。

 だって、私じゃなきゃ彼はダメなんだもの。

 彼は私のものよ。

 私のものは全部、手元に置いておかなくちゃ」


ふっと顔をあげる。


「もういいわ。ここに用はないもの。

 聞きたいことがあるなら聞きなさい、全部話すから。

 そうしたら、私は帰るわ。

 いつになるかしら?」




なんと哀れなのだろうか。

セラヴィは、この何も与えられずに生きてきた女に、心から同情する。

美しいが、ただそれだけの人間。

メレディアの、真っ直ぐな美しさを知らないのだろうか。

自分自身がこんなにもくすんでいることを、知らないのだろうか。


セラヴィの目に、二人はまったく似ているようには見えなくなっていた。




「夫人。あなた様は、取り調べと裁判を経て、おそらく、有罪となりましょう」

「どうでもいいわ、結構かかるのね、いつ出られるのよ、黙って聞かれたことだけ答えなさい」


「罪状は、国家反逆罪。おしなべて等しく──斬首刑にございます」



ひきつったような呼吸のあと、高く、長い悲鳴が響いた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ