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冒頭、加筆修正。
ダリアと呼ばれた少女は、ぽかんと空いていた口もそのままに、ふぁい、と間抜けな返事をした。
それもそうだろう。
メレディアは深く頷きたくなるのをこらえた。
話が聞きたい、と呼ばれた先には、人嫌いの黒、の異名を持つほどほとんど人前に姿を現さない、ジェラルド・リャナザンドがいたのだから無理もない。
ラインハルトに会う前に、父と夫を引き合わせ、三人で情報交換をした。
ジェラルドから出てきたのは、クラリスの名前だった。
驚くメレディアに、彼は、ひどく言いづらそうに、どうやら彼女は君に似ているらしい、と言う。
まるで知らなかったふりだ。
いぶかしく思いつつも、ああ、と合点する。
似ている私を選んだ理由を、推測されたくないのね。
そう考えたメレディアは、素知らぬ顔で、そうですか、と言った。
つまりジェラルドは、似顔絵に描かれたメレディアは、実はクラリスだったと言いたいようなのだ。
本気だろうか。
愛する女性を、容疑者に挙げるつもりなのか。
なんにせよ、クラリスは謎に包まれている。
ほとんど人前に姿を現さず、三年の沈黙を経てなお、親しい友人としか付き合いはない。
彼女についてもっと知りたい。
そういうジェラルドに、メレディアは、なるほど、とまた、肯いた。
その話をした数日後、公爵家を首になったメイドがいるらしい、という話を掴んできたのは、父だった。
さすが商売人と言うべきか、人の流れを調べるのは造作もないようだ。
そして、人と金を費やして今日、メレディアとジェラルドは、当の首になったメイド、ダリアに会うことが出来たのだ。
メレディアは、これは話が進まなそうだ、と見て取り、そっと横から彼女に微笑みかけた。
少しでも気が楽になれば、と思ったのだが、彼女は、想像以上にぱっと顔を輝かせる。
まだ幼さすら残るが、彼女は17歳の十分な大人だ。
「シェルラインのお嬢様、ご健勝で何よりでございます」
にこにこと言う。
こちらの顔を見知っているのは、グランティエール家を訪れた際に対応した侍女だったからか、それとも、かつての雇い主に似ているからか?
「ありがとう。
ええと、ダリアさん、あなた、侍女の口を探しているとか?」
「まあ、さん、だなんて、ダリアで結構でございます!
そうなのですよ、以前のおうちを辞めさせられてしまったもので」
「退職なさった、のね?」
「あらまあ、そんなたいそうなことじゃないんです、ある日突然、クビだと言われただけで」
「そう、お気の毒に」
「それでも執事様のはからいで、紹介状はいただけましたからね、上々でございます。
もともと奥様には、同じ名前の古参の侍女がついてましてね、あたしと混同することも多くて、周囲もやりづらそうでしたから、まあ、ちょうど良かったのでは」
にこにことそういう彼女は、本当にそう思っているようだ。
「むしろほっとしているように見えるわ」
そっと言えば、気まずげに半笑いを寄越す。
「ねえダリア、とても大事な話なの、お国のためでもあるわ。聞いてくれる?」
「はあ、なんでしょうか」
「あなたの元のご主人、その奥様は、どんな方だった?」
困った顔をされる。
ジェラルドは、彼なりに精一杯穏やかな声で口を出してきた。
「お前に悪いようにはしない、約束しよう。
ここでの話はどこにも漏れない。
しかしながら、我が妻がいわれなき罪で投獄されることを防ぐ手立てとなるだろう。
どうか我々のために、その重い口を開いてほしい」
わぁお、と、ダリアは言った。
それから、ぱっと口を覆い、ごまかすような笑いを浮かべる。
「ご、ごほん、もちろん、お嬢様のためになるのなら、喜んで!
で、何をお聞きになりたいんでしたっけ?」
「グランティエール夫人はどんな方かしら」
ダリアは、そうですねえ、と首を傾げながら、
「愛に飢えたお方、ですねえ」
と言った。
メレディアとジェラルドは、思わず顔を見合わせる。
「……でも、公爵様から熱烈に望まれてのご結婚よね?」
「そうらしいですね。
でも、あたしの見たところじゃ、あの手の男は、手に入ったものには興味を示さないものですよ。
人にとられるのは我慢ならないから、閉じ込めておくけれど、それだけですね。
そういう女がどんな気持ちになるかも知らないんですよ、だから、服を贈り宝石を贈り飽食を許し、それで妻が満足していると思ってるんです。
そんなわけないのにねえ?」
あら、とダリアは目を見開いた。
「これじゃあ公爵様の話ですね。
奥様の話じゃなきゃダメでしたのに。
ええと、そうですねえ、奥様はだから、いろんなものを買い集めますね。
好きなものもそうでないものも、とりあえず買って手元に置く。
そういう意味では、ご夫婦で似た者同士ってことです。
奥様の場合は、気に入ったものはいつでも眺められるように、そうでないものは二度と目にすることのない場所に、それぞれより分けますのでね、分かりやすいです。
ああ、そういえば……」
ふうっと目を細める。
「シェルラインのお嬢様からお買いになったものは、お気に召さなかったようです」
突然刺されたように、メレディアはショックを受けた。
見繕ったものは全て、高位の貴族の審美眼にもかなうレベルの商品だったと自負している。
「もちろん、お気に召さなかったのは、商品ではなく、お嬢さんですけどね」
刺さったナイフでえぐられた。
息も絶え絶えのメレディアに、ジェラルドが挙動不審になっている。
「ど、どうして私?」
「そりゃあ、決まってます。
奥様は、お嬢様の旦那様をお好きでしたから。
好きなものを盗られた、と思っておられるんでしょう。
事実、そんなことをぶつぶつ言いながら、あたしが掃除している横でカップをぶん投げてらっしゃいましたから」
ぱっとジェラルドを見ると、うろたえたように激しく首を振っている。
それに気づかないのか、ダリアはしみじみと、
「可愛そうなお方です。
あの方は、今まで誰一人だって、手に入れたことなんてありませんのに」
辛辣すぎる。
メレディアは冷静さを取り戻そうと努力しながら言葉を探した、
「そ……そんなに私を嫌いなのに、なぜわざわざお呼びになったのかしら」
「ああそりゃあ、確認したかったんですね。
お嬢様と自分が、どれだけ似ているか。
それで、安心してらっしゃいました。
差し詰め、そこの旦那様がお嬢様と結婚するのは、自分に手が届かないから代わりにするのだとでも思ったのでしょう。
ありえませんね。
まったく、まったくもって、お可哀想な」
「なにが……可哀想なの?」
ダリアは、にっこりと無邪気に笑った。
「そりゃあ決まってます。
見た目は似ていても、中身は全然違いますからね。
お嬢様、あなた様は真っ直ぐで、照れ屋だけど正義を持っている方です。
奥様はね、その正義を自分の価値観に無理やり当てはめてゆがめてしまう方ですよ」
ジェラルドは、立ち上がって言った。
「お前、姓は?」
「あ、はい、ダリア・アンジェルムでございます」
「男爵家か」
「吹けば飛ぶような家でございますよ」
「構わない、その持たされたという紹介状を出せ。
お前はうちで雇う」
「あら。あらあらまあ、なんてこと。あたし、誰にも言いませんよ?」
「懐柔でも同情でもない。お前は良い目をしている」
そう言って、ジェラルドは紹介状を受け取ると、出て行った。
雇用の手続きだろう。
「わあ、こんな幸運、いいんですかね?」
「彼の言った通りよ。あなたが優秀だと思ったから雇うの」
「侍女としてもメイドとしても、働きをお見せしたことはありませんけど」
不思議がる彼女に苦笑しつつ、自宅に荷物を取りにいかせる算段をつけた。
彼女の価値は、お茶を美味しく入れられることではない。
人を見る目がある。
きっと、この家の役に立つだろう。
……だとすれば、ジェラルドがクラリスの代わりに自分と結婚したのではない、と彼女が言い切ったのは……?
「今はそんなこと考えている場合じゃないわね、うん」
「なんか言いましたか、おじょ……奥様?」
いたずらっぽく笑う顔で気づく。
この子は、わざとメレディアをお嬢様と呼んでいたのだ。
ジェラルドがそのたびにこめかみをひくつかせるのを知っていて!
絶句するメレディアの前で、彼女はふっと、真面目な顔になった。
「公爵夫人を早くお止めして差し上げてください。
かの方はもう、落としどころを見失ってらっしゃるんです。
あたしなんかが気持ちは分かるなんて不遜ですけど、お育ちがそうさせた部分もあるんですよ、きっと」
ふと、不思議に思う。
「育ち?
でも彼女は、何不自由なく育ったと思うけれど」
「あれ、そうなんですか?
ふうん、分かりませんね、あたしには……お幸せな子供時代を送った人生にはみえませんけれど」
メレディアは立ち上がった。
ああ。
どうして目をそらしていたんだろう。
自分と彼女。
あまりに似すぎている。
ジェラルドの想い人だからと、考えないようにしていたせいだろうか。
私と彼女。
二人は似ている。
まるで。
他人とは思えないほどに。




