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【電子書籍化】花降る夜には偽りの言葉を  作者: 有沢ゆう


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その頃。


メレディアは、倒れこむようにして寝た翌朝に、祖母の襲来を受けていた。

父方の祖母である。



「この恥知らず!」


いきなりひっぱたかれて、寝不足だった頭がすっきりする。

目の前では、祖母が卒倒せんばかりに目を吊り上げており、その後ろではファシオが剣のつかに手をかけている。



「……ごきげんよう、おばあ様」

「あなたにおばあ様と呼ばれる筋合いはないわ。

 まったく、善意からあなたを引き取ったというのに、こんなふうにあだで返されるなんてね!

 しょせんは下賤の生まれだわ。

 ちょうどいい、嫁に行ったのだから、あなた、この家とは縁を切りなさい。

 二度とこの家の敷居をまたぐことは許しません、今すぐ出て行くのよ」



顔をゆがめる祖母がわめきたてる間に、ファシオがそっと部屋を出て行くのが見えた。

メレディアはため息をこらえ、にっこり笑って見せる。


「あらおばあ様、善意だなんて。

 おっしゃっていたじゃありませんか、私は、おじい様の遺産だ、と」


祖母がわずかに怯む。

目を泳がせ、


「あ、あなた……覚えて……」

「当たり前ですわ、もう五歳だったのですもの。

 私の出自は、私が一番分かっております。

 けれどおばあ様、この家と縁を切るかどうかは、お父様のご意向に沿うつもりです。

 今すぐ出て行くつもりはありません」

「なんという……私をなんだと思っているの、あなたは私の言うことをきけばいいのよ!」



その時、バン!と貴族の家とは思われない音を立ててドアを開け、すごい勢いで入って来たのは、母のミレディだった。

素早く、メレディアの前に立ちふさがる。


「まあお義母様、先ぶれもなしにどうなさいましたか?」


先制パンチとばかりに無作法を遠回しに咎める。

祖母はぐっと詰まりながらも、睨みつけてきた。


「慌ててやってきたのよ、決まっているでしょう。

 この娘が、犯罪を犯して捕まったときいたのよ!

 なんてことなの、我が家に傷をつけるつもりなの!?

 とんでもないことだわ。

 あなたたちには言いにくいことを、私が代弁してあげているのよ、感謝なさい!

 さあ!

 出て行くのよ、この……」


「何を言うつもりですか、お母さん」


背後から、父と、それからファシオが入ってくる。

祖母を斬り捨てるより両親を呼びにいくことを選んだファシオに、やるわね、と目線を送った。

むっとしたままの彼は、早足でメレディアの後ろに回る。


「それ以上はお控えください」

「な、ならあなたが言えるというの、ゴーシュ!」

「何をです?

 私が我が娘にかける言葉は、いたわりと感謝の言葉以外にはありませんよ。

 メレディアは無実だったのです」

「はっ、分かりませんよ、そんなこと!」

「なるほど、国家機関の取り調べを信用なさらないと?

 ではそう進言していらっしゃるといい。

 ここではなく、メレディアを無実で解放した官吏たちに」


祖母は、顔を真っ赤にして黙り込んだ。

そんなこと、出来るわけがない。

なぜなら、祖母は貴族ではないからだ。


「分かりますね、お母さん。

 この家のことは、男爵である私が決めることです」

「そ、その爵位は、お父様のおかげで得たものでしょう!?」

「だからなんです?」


メレディアの父ゴーシュは、どこか貴族を気取った、抜けた男のように見える。

しかし、その実態は、国で一位二位を争う商家の商会長だ。

人が良いだけの訳もなく、優しいだけの男でもない。


息子が醸し出す、上に立つ者の空気に、祖母は口をつぐんでかすかに震えた。


「わた、私は……」


おどおどとする祖母に、父はふっと笑って見せた。


「もちろん、お母さんが心配してくれる気持ちは分かります。

 息子として、それを聞く義務があることもね。

 さあ、私の部屋へ行きましょう。

 朝早く、お疲れだったでしょう?」

「ええ、ええ、そう、そうね……」


祖母と父が出て行くと、全員がふうっと息を大きく吐いた。


「大丈夫、メレディア?」

「ええ、お母様、来てくださってありがとう」

「当たり前でしょう。そうでもなければ、お義母様の命が危うかったわ」


肩をすくめ、ファシオを見る母は、真面目な顔だ。






起きだしてきた姉と妹とともに食事を取り、お茶を飲んでいると、ようやく父が顔を出した。


「おばあ様は?」

「お帰りになったよ」

「まあ、ご挨拶しなかったわ」

「ああ、いい、いい、私が帰したんだ。それより……」


父のために淹れられた紅茶を一口飲んで、メレディアを見る。


「明日、父さんと一緒に出掛けよう」

「どちらへ?」

「……お前の……実のおばあ様のところへ」


全員が動きを止めた。


「……ゴーシュ、相手方のお名前は聞かなかったのでは?」

「ああ、それが爵位の条件だったからね。

 だが、私は、あの抜け目ない父が、それを唯々諾々と受け入れたとは思わなかった。

 きっと何か手がかりを残したに違いないと」

「まさか、おばあ様に?」

「そんな訳がないと思うかい?

 母は傲慢だが、その傲慢さは全て、『家』を守ることに向いているんだよ。

 だから父が、絶対に言うな、と言えば、それは固く実行される」

「ではどうやって聞き出したのです?」

「もちろん、家を守るためだ、と説得したのさ。

 今までは黙っていることが父のため、家のためだった。

 そして今、事実を告げることこそが、家を守ることになるとね」


もちろん時間はかかったが、と、ひょうきんな顔をして見せる。


「お前の夫から、訪問の打診があったが、断っておいた。

 おそらく、殿下のところへ行くのだろうからね。

 私たちはまず、情報を得なくては」

「分かりました」


母が、メレディアの手を握る。


「この子を連れていく必要はあるのですか?

 決して……楽しい訪問になるとは思えないのですが」

「そうかもしれないね。

 だが、メレディアの姿を見せることこそに意味がある。

 頑張れるね、娘よ」


メレディアは、父と母に肯いて見せた。


「ごめんね、お父様お母様。

 やっかいごとを持ち込んで」

「いいさ、いつかはこんなこともあるだろうと思っていたからね。

 爵位を得たことで資産を増やした分、どこかで苦労もある。

 当たり前のことだ。

 たいしたことではない」



微笑あったところで、おずおずとした声がした。

今までずっと黙って隅っこで話を聞いていた、妹のハンナだった。


「ねえ……衝撃なのだけど、お姉さまは、実のお姉さまではない、の?」


驚愕の顔のまま固まっているハンナに、両親は、あ、と口を開けた。


「あらやだ、言うの忘れてたわ」







翌朝、メレディアと父は、地方に向けて出発した。

ボンド家。

訪問の意向に、異例の速さで返事が来たのは、いかなる意味だろうか。


「ボンド家……さて、いい思い出はないわね」


メレディアは心晴れないまま、大きな屋敷へと到着した。













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