19
騎士団の取調室。
怒れる様相で現れたジェラルドの後ろから、
「お嬢!」
ファシオが現れ、駆け寄ってくる。
ジェラルドは実家と連絡を取ったのだろうか?
「ファシオ、どうしたの?」
「どうしたのとはご挨拶っスね。……ウン? なんかされました?」
「ええ、ちょっと殴られたわ」
「……は?」
あごの腫れはラインハルトに癒してもらったのに、ファシオは何かに気づいたらしい。
立ち上がり、真後ろにいたセラヴィ老に向き直って拳を握った。
「ぶっ殺していいっスね?」
「駄目に決まってるでしょう。それにその方にされたのではないわ」
「じゃあどいつっス?」
「もういないし、きっとここの方々が何か罰を与えてくださるわ」
「ならずもンに襲われたお嬢さんを拘束するような奴らが、正しい何かをするなんて信じてねえっス」
正論過ぎて、さすがのメレディアも言葉に詰まった。
話題を変えよう。
「ええと、あなたどうしてここに?」
「ああ、お嬢さんの冤罪を晴らすために、あの親玉野郎の首を証拠として回収したっス」
曰く。
メレディアの父から状況を聞いたファシオは、ならずもの達を引き渡した警ら隊の詰め所に行ったそうだ。
しかし、彼らの対応はひどいものだった。
ならずもの達を逃がしたばかりか、そのような事件はなかった、と言い切ったのだ。
言わされている、と感じたファシオは、すぐに、あの襲撃現場に引き返したと言う。
何が起こっているか分からないが、証拠を保全しなければならない。
そう考え、自分が切り殺した、あのリーダー的な男を回収しに行ったのだ。
幸い、遺体はまだ残っていた。
首を落とされ、二つに分かれてはいたが。
もう一人連れて行った部下と手分けして、その二つを持ち帰ったところで、ジェラルドが現れる。
そして、そのリーダーの顔と、身に着けていた鎧等々から、逃げた手下たちの素性を調べ上げたらしい。
「よく思い出したわね、遺体のこと。えらいわ、ファシオ」
「いや、結局、その先はお嬢のダンナに任せちまったっスから」
言われてようやく、メレディアはジェラルドを見た。
ひどく、不機嫌そうだ。
「あの、手を煩わせてしまって、申し訳ありません。動いていただいてありがとうございます」
彼はますます目を険しくし、
「なぜ礼を言う、君は俺の妻なのだから、当たり前のことをしただけだ」
「はあ……はい、でも、感謝いたします」
ファシオがメレディアに手を差し出す。
「さ、帰りましょう」
「ええ? でも、私はまだ拘束中だわ」
「大丈夫っス、捕獲した手下どもが、お嬢さんを襲ったことを証言したっス。アリバイがとれたってことっスよ」
戸惑いつつ、ふと気づけは、セラヴィがいなかった。
責任者に確認をとりたかったのだが。
そう思ううちに、ばたばたと足音がして、セラヴィが戻って来た。
「リャナザンド卿のお連れになった者どもですが……正式な手続きがとられたうえで尋問が行われておりました。
ひとまず、奥様の疑いは薄くなったと申し上げてよろしいかと。
その、この度は手違いをお詫び申し上げます、どうぞ、ご帰宅なさってください……」
我知らず、安心のため息をつく。
立ち上がり、メレディアは言った。
「お詫びはいただかなくて結構でございます。
それよりも、そのような手違いがなぜ起こったのか、その原因を突き止めてくださいませ。
私を冤罪に仕立て上げることで、誰か得をする人間がいるのです。
有体に申し上げれば、真犯人を早急に見つけ出していただきたいという話です」
「もちろん、もちろんでございます」
深く頭をさげるセラヴィ老の横を通り過ぎ、ジェラルドがメレディアに手を差し出す。
しかし、メレディアはすでに、ファシオの手を借りて立ち上がっていた。
少々の沈黙が落ちる。
「帰宅を許可された。つまり、帰宅、ということだ」
「あ、はい。そうですわね」
ジェラルドのほうに寄ろうとしたメレディアだったが、ファシオに強く手を握られ、つんのめるようにして止まった。
「ファシオ?」
「こっからだと、中心部まで三刻はかかるでしょう。シェルラインのお屋敷なら、すぐっス。お疲れなんスから、今日は帰りましょう」
ジェラルドとファシオが、お互いを見ている。
なに?
なにこの雰囲気。
「従者の出る幕ではない」
そう顔をこわばらせるジェラルドに、ファシオは言った。
「いまだにお嬢さんに敬語を使わせてる御仁のお宅じゃ、お嬢さんも気づまりでしょう。今日くらい気を抜いて休ませてやったらどうです?」
それを聞き、なぜか、ジェラルドは目を見開き黙り込んだ。
動きが止まり、それから、差し出されていた手がゆっくりと降りていく。
「さ、行きますよお嬢さん」
「え? ええ、そう? そうね……あの、旦那様、本当にありがとうございました、旦那様も自宅でお休みください」
「いいダメ押しっス、お嬢さん」
「え?」
それから、メレディアは、ずっと黙っていたラインハルトを見た。
彼は面白そうな顔をしてたが、すっと真面目な顔になり、
「使いを出すよ。僕らは少し、話をしなくちゃね。どこに使いを出せばいいか、彼に確認しておくよ」
そう言って、ジェラルドを指さした。
「あ、はい」
ファシオに手を引かれ、メレディアは実家に戻り、倒れこむようにして眠った。