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18/30

18

前話のサブタイトルを間違えていました。

18→17に修正。

こちらが新たな18話となります。


出会いは偶然ではない。

ジェラルドは、あの日、まるで偶然メレディアの忍び足に気づいたようなふりをして、出会いを演出した。

シャルロッテがメレディアを屋敷に呼んだ、あの夜のことだ。

一番最初の、出会いの夜のことだ。




タウンハウスを取り仕切る次男坊、というのは、表向きの顔だった。

ジェラルドの本当の仕事は、情報収集だ。

密偵であり、影であり、正しき者でもある。

その手法が例え、全て正しいと言えなくても。


この国の王を主と戴き、反意のありそうな人物を探ったり金の動きを調査したり、時に、それらの芽をつぶしたりする。

もちろん、父も、そして兄も、なんなら先祖代々当家はそうした役割を与えられてきた。

そしてそれら方面の仕事が、表向きの、領主としての仕事が忙しい当主や長男より、次男以下のほうに比重が傾くのは当たり前のことだ。

だからジェラルドは、使えると父が判断した日から、かなりの仕事をこなしてきたといえる。




当時、事態はまだ切迫してはいなかった。

きな臭い、というにもまだかすかな予兆しかない。

そんな隣国の戦争への動きは、当時、国内でも慎重に隠されていたのだ。


ジェラルドは、その戦争が起こるか起こらないか、起こるとしたらどんな影響が我が国にふりかかるかを見極めるため、小さな手掛かりをあちらこちらと追っていた。



そんな中、ある女が、隣国のスパイ、あるいは扇動員と思われる人間たちと頻繁に接触しているという情報を得た。

調べてみれば、女の実家は商家であり、成り上がりの男爵家であり、そして女もまた商売に関わっていた。

買い付けのために国境を越えたことも、何度もある。


疑いは深くなり、しかし、決定的な証拠はなかった。




ジェラルドは、戦火の気配が濃くなってきたことを重く見て、直接女に接触してみることにしたのだ。

スパイ疑いの彼女、メレディアに。


都合の良いタイミングで、従姉妹のシャルロッテが彼女を外商に呼んだことを知り、適当な理由をでっちあげ、屋敷を訪ねた。

都合よく嵐がやってきて、お互い、屋敷にとどまることになる。

そして。

女は、侯爵家の屋敷を、夜半、忍び足で歩いていた。


何かを仕込むつもりか?

盗聴か、あるいは、遅効性の毒の仕掛けのようなもの。

何があってもおかしくない。


侯爵を危険な目に合わせてまで証拠をつかむというのは、まだ、上層部の説得に時間が必要だ。

ジェラルドは仕方なく、事前に阻止するべく、女に声をかけた。


それがあの、従姉妹の屋敷での、仕組んだ出会いだ。



目撃者である別の仲間たちが、複数で作成した似顔絵に、彼女は瓜二つだった。

十中八九、間諜なのだろうと思う。


「絵を見たくて」


彼女の言い訳は苦しく、とても真実とは思えなかったし、ジェラルドはもちろん信じなかった。

ただ、実際に天井画を見せた時の彼女の顔は、まるで本当に見たかったかのように思えた。

パーティー用の大きなホールを明々と照らす魔灯は、彼女のややくすんだブロンドを艶めかせ、簡素な部屋着は彼女をひどく華奢に見せる。


「お嬢様に叱られますなぁ」


楽し気に言う、リャナザンド家の執事の言葉は、ダンスホールの明かりのことかと思っていた。

そうではない、と知ったのは、翌朝のことだ。


彼女の手首にくっきりとついている、自分の手形の青あざを見た時、ジェラルドは不思議な感覚に襲われた。

自分の形を刻み付けた女の肌に、目が奪われた。

もちろんすぐにそんな考えは振り払ったし、そのあざを言い訳に、彼女を母に会わせることにも成功した。


母は、家の女衆では唯一、本当の家業を知っている。

家を取り仕切るのは実質母であり、また、母には人を見る目があった。

薄くはあるが、王家の遠縁でもあった母には、不思議な力があるのだ。





「どうでした?」


初めて外商として呼んだ夜、ジェラルドは母にそう聞いた。


「分からないわ」

「はあ……珍しいですね、母上が分からないとは」

「彼女は賢く、誠実よ。その誠実さがどこに向いているのかが大事だわ」

「我が国であればいいのですが」


その話が一体どう転がったのか、気づけば、母がにっこり笑って言った。


「あなた、彼女とお付き合いなさい」

「……は?」

「彼女の誠実さを捧げられるような男になりなさい。そうすれば、仮に彼女が間諜だったとしても、未来を変えることは出来るでしょう」

「……は?」


母の意向はすぐに父に伝えられ、滞りなく、見合いの段取りがつけられた。

メレディアから向けられる好意の雰囲気に、気づかないジェラルドではない。

両親の思惑、上司の思惑、様々なものが入り混じり、二人は婚姻を結んだ。






「買い付けに、国外に参ります」


それは相談ではなく、報告だった。

彼女の仕事を認めている以上、当然とばかりの物言いだった。

しかし、その行先は、件の隣国であり、ジェラルドとしてはすぐに許可は出せない。

反射的に止めたが、彼女はとても驚いた顔をした。


メレディアは、ジェラルドの誠実さを疑っていないのだと、その瞬間に気づく。

後ろめたい思いを押し隠し、結論を先延ばしにすると、彼女は不満を一切しまいこみ、大人しく了承した。


もし、許可しないと結論を出せば、彼女は去ってしまうのではないか?


ジェラルドはそう思った。

母に言われた言葉を思い出す。

メレディアの誠実さを捧げられるような男になれ、という言葉だ。

果たして自分は、それを実践できているだろうか。


悩みに悩んで、結局は許可を出したが、この決断をジェラルドは後に後悔することになった。

帰国と同時に、彼女には、間諜の容疑で騎士が差し向けられたのだ。








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