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ガチャン!と音を立てて、大きな閂がかけられた。

しばらくこちらで過ごしていただきたい、と連れてこられた部屋は、その物言いとは相いれない雰囲気だ。明らかに牢。

窓がないどころか、扉には鉄格子がはまっている。


「はぁ……困ったわね」


困ったどころではないが、なんだか実感がわかず、とりあえず呟いてみた。

怒っても泣いても、事態は変わりそうにない。メレディアは、考えることにした。

一脚だけ置いてある木製の粗末な椅子に腰を下ろし、頭の中を整理する。


「まず……おかしなことだらけで何から始めていいか分からないけど、ひとつ分かっているのは、私は悪くないってことよね。何もしてないもの」


それなのに、こうして罪人のような扱いを受けている。

理由は、明確だ。メレディアの姿が、隣国の侵略行為に関係している、と思われているから。

ため息しか出ない。



その時だ。

ドアの外から、ためらいがちなノックが聞こえた。


「はい」


返事をすると、鉄格子のはまった小窓が数センチ開き、そこから澄んだ青い目がのぞいた。はっとして椅子から立ち上がる。


「ジェラルド様……」

「メレディア」

「申し訳ありません」


迷惑をかけていることを自覚しそう謝ると、彼は、黙り込んだ。


「けれど私は無実でございます。何か……間違いが起こっているとしか思えません」

「間違いとは、何を指しているんだ」


ドアに近寄り、メレディアは考え込んだ。



「考えられるのは、『私を陥れようと誰かが嘘をついている』か、『見間違い』か、そのどちらかでしょうね」

「誰かというのは、誰だ」

「分かりません」

「……では、そのような罠にかけられる心当たりはあるのか?」

「いいえ」


話にならない、とでも思ったのか、ため息が聞こえる。

まあそれも仕方がないだろう。雲をつかむような話だ。信じて欲しいと言っても、難しいことは分かる。



「私に関しては、ただの元男爵家の小娘ですから、失脚させたとしても誰にもなんの得もないように思えますが。

そうですね……。

ノイマールは開戦の準備をしています」

「なんだと?

 なぜ……そう思う」


ああこれは、予兆を感じていたのだ。戦争の気配ではなく、メレディアがそれを知っていたことに対して驚いている。


「つい今朝までおりましたから。商売の動き、鉱山の様子、人々が何を買い何を売るのか、そんなところから推察したまでです。

 ただ、当国とノイマールは、少なくとも国家間レベルでは良好な関係を築いておりますわね。

 現王弟の奥様は、元々ノイマールの貴族ですし、輸出入のバランスも悪くない。

 国境での小競り合いなどもなく、それぞれに利益を得ているといって良い間柄ですわ」

「……そうだな」

「つまり、ノイマールが敵国として想定しているのは、別の国でしょう。

 おそらく、海洋都市を抱える南国あたり」


ジェラルドは黙っている。


「あの、お忙しいのでは?

 詮無い話をお聞かせしてしまいました、どうぞお仕事にお戻りくださいませ」

「馬鹿な、君がこうして捕まっているのに、何を言っている。

 というか……こんな状況で、君はそこまでいろんなことを考えているのか」

「昔おっしゃいましたわ。そういうところが良い、と」


返す返すも申し訳ない。


「それより、ノイマールは、敵対するつもりもないのに、この国に対して侵害行為を繰り返している。

矛盾しているだろう」

「あら、まあ、もちろん、お金ですわ」


メレディアはきっぱりと言った。


「戦争にはとかく、お金がかかるものです。そのための資金を、開戦までに必死でかき集めているのでしょう。

 同時に、鉱山を中心とした資源に頼って来た国策は、それ以外の物資を輸入に頼っているため、弱点となることを危惧した。

 そこで、平地がちで農業大国ともいえる当国のノウハウを盗み、食糧自給率をあげようとしている。ついでに、苗も盗んだ」


メレディアは、指先をあごに宛てた。


「いつか尽きる、と……気づいたのかしら。あるいはすでに……」


資源は有限だ。少しでも考える頭があれば、そう気づいている。


「どこかで国内生産を補うために、豊富な海洋資源をもつ南国をまるごと、接収しようとしているのでしょうね」



なんにしろ、メレディアにはなんの関係もない。


「そういえば」


ふと思い出した。


「国境を越えたところで暴漢に襲われたと申し上げましたでしょう?

 彼らも、私に対して暴言を吐いたのですが、やはり、言ったのです。

『売国奴』と」


それは、さきほどサムソンにぶつけられた罵りと同じだ。または、取り調べをした人々の、厳しい目に込められていた感情と同じだ。

つまり彼らも、メレディアを粛正しようとする正義の行動だった?


ジェラルドは考え込んでいる。やがて、顔を上げ、


「分かった。君はむしろしばらく、ここにいたほうが安全なのかもしれない」

「ええー……」

「これを」


彼は、鉄格子の隙間から何かを差し出してきた。受け取ると、それは、赤い石のついた華奢なネックレスだった。

いいものだわ、と、つい癖で鑑定してしまう。


「我が家に伝わるお守り石だ。身に着けておけ」

「ええっ、そんな大事なもの、困ります!」

「な、なぜ」

「私はこの先どうなるか分からないんですよ、壊れたり奪われたりしたらどうするんです?

困ります、お返しします!」


差し出すメレディアに、彼はあきれた顔をした。


「ここは司法のど真ん中だ、何がどう、分からないというんだ。

壊れても別に構わない、それは君にやる」


そう言うと、ジェラルドは、ネックレスを突き返そうとしていたメレディアの手を握った。

エスコートの場面以外で手が触れることなどなかったのに、と、反射的に引いてしまう。

するりと抜けた手を、ジェラルドは、無言で見ていた。


「旦那様……?」

「メレディア」

「はい」

「こんな場所に残して行きたくはないが、ある種安全と言える。

 だから、しばらく辛抱するんだ。

 すぐに……出してやる」


そのまま、彼は立ち去った。

メレディアは、かけられた言葉に呆然とするばかりだった。







その夜。

椅子に座ったままうとうとしていたメレディアは、かすかな音で目を覚ました。それは明らかに、扉の閂が外れる音だ。

全身が緊張する。

月も天頂を超えたような時間に、忍ぶようにやってくるなんて、ろくな相手ではない。

無意識に、首から下げたネックレスを握る。


扉を開き、ゆっくりと入って来たのは、男だ。薄暗く顔は分からない。

安全だと言ったのに、と心の中でジェラルドに悪態をついてみる。


「何用です?お一人ですか?取り調べならば、複数の立ち合いが必要なはずです」


立ち上がって言うと、彼は後ろ手でドアを閉め、つかつかと早足で寄って来た。

男は、手持ち燭台に、火をともす。

浮かび上がったのは、サムソンの顔だった。

そして、平手でメレディアの頬を打つ。

痛みと熱さ、同時に、くらりとする。


「なんだその目は」

「生まれつきですわ。下がってください、近寄らないで」

「黙れ!」


もう一度振りかぶった手が、反射的に避けようとしたメレディアの顎先に当たる。さっきよりも強い眩暈に、ふらついた。

思わず座り込んだメレディアを、サムソンは憎々しげに見下ろしている。


「この魔女め、お前の罪は、人をたぶらかす気質だ。その目……その顔……」


男は、メレディアの顎を掴む。無理やり引き上げられた顔が、お互いに近い位置で対峙した。


「悪は美しいと聞くが、その美こそが、お前の犯罪の証拠だ。卑しい商売女め、父親の金で着飾り、夫の権力に浸かりきった乞食女が!」


全く道理の通らないことを言い、男は、ひひっ、と笑った。


「俺が躾をしてやる」

「下がりなさい!」

「ははっ、気の強いところも、なんとも不愉快だ。だが見ているがいい。お前はすぐに、俺に跪き、許しを請うだろう」


突き放され、よろけるメレディアの胸元に、男の手が伸びる。












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