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慌てて抗議しようと立ち上がった父を、目線で止める。

彼らが着ているのは、王宮騎士の制服だ。つまりこれは、王家の命による招集ということ。

逆らえば何が起こるか分からない。なにしろ、シェルライン家は、吹けば飛ぶような男爵位なのだから。


「理由を尋ねても?」


立ち上がりながら問えば、尊大な声が返って来た。


「もちろんだ。お前には、隣国ノイマールの間諜であるとの嫌疑がかかっている。いまいましい売国奴め!」


そう言って、男は手を伸ばしてきた。

メレディアの腕をつかみ、引きずっていこうという意図だろう。

もちろん、今のメレディアならば、魔力で彼を簡単にねじ伏せることができる。しかし、それは悪手だ。

抵抗すれば、それを理由に、彼らは嫌疑を事実に塗り替えるだろう。

メレディアは大人しく、痛みを覚悟し身構えた。


だが、男の手はメレディアに触れる前に、何かに遮られた。彼らとの間に立つように、その手を叩き落としたのは、ジェラルドだった。



「なっ……なんのつもりか、卿よ……!」

「そちらの要求は、取り調べのための出頭だったはずだ。容疑はいまだ、固まっていない。

この状態で、我が妻に触れることは同意しかねる」

「しかし!」


言い募ろうとする騎士に、ジェラルドは正面から向き直る。それだけで、相手は黙った。

メレディアからは見えないが、どんな顔をしているのだろう。


「拒否しているわけでもない、抵抗もしていない、そんな女に怪我をさせる気か?」

「私はただ……連行しようと、怪我などするはずもなく!」


ジェラルドはきっぱりと首を振った。


「するさ。彼女は私が連れていく」



不意に、思い出した。

出会った日のことだ。

彼は、メレディアの腕を強く掴んだ。

そこは翌日、くっきりと青く手形を浮かび上がらせ、彼はそのことにひどくうろたえていた。


あの日。

メレディアの運命が決まった日。


今日、再び、運命は分かれ道に差し掛かっている。冤罪を着せられかけているメレディアは、明日どうなるかも分からない。

けれど、ジェラルドが守ってくれようとしている。

何があったのだろう。

本当の夫婦ではないけれど、もしかしたら、役に立つと認めてくれたのかもしれない。

こんな時でも、なんだか嬉しかった。

メレディアは、せめてリャナザンド家の名誉は守ろうと決めた。それが、妻の務めだ。目の前に立つ、広い背中に、触れそうで触れない位置にあった手を、胸に引き寄せる。


自分の身は、自分で守らなければ。









連れていかれたのは、王宮の敷地内、堅牢だけれど簡素な一棟の建物だった。貴族のタウンハウスほどの規模だが、装飾は一切ない。

窓すらなく、広さは執務室程度の部屋に導かれた。

中にはやはり、簡素な椅子と、隅のほうにテーブルが一つあるきりだ。


中央あたりの椅子に座らされ、しばらくすると、男たちが数人、入室してきた。

連行してきた騎士二人と、後ろに立つジェラルドを加えても、両手に足りない人数だ。


「メレディア・リャナザンド」

「……はい」

「そなたには、間諜の嫌疑がかかっている。申し開きはあるか?」


なぜか、メレディア以外全員が立っている。これは自分も立ったほうがいいのだろうか。

だが、座れと言われたのだし、立てば立ったで警戒される気がする。


「身に覚えのないことではございますが、単に否定するだけでは納得なさらないでしょう。

まずは、私が疑われている理由をお聞かせ願えませんか」


直接メレディアと対峙している老人は、軽く頷いた。その後ろにいる神経質そうな男はといえば、顔をゆがめ、


「生意気な女め」


と吐き捨てた。老人も咎めるつもりはないようだ。


「当国は四方全てを他国に囲まれた地形。ゆえに、常に周辺国の動きには気を配っておる。

近年、ノイマール人の出入りが活発になっており、警戒しておったところじゃ。

なかでも、我が国の主要農産物の改良種が、ノイマールで大規模に生産され、価格が暴落し、市場が混乱した。

二か月ほど前、この改良種の苗を定期的に運んでいる者を発見した。もちろんすぐには手を出さぬ。

泳がせているうちに、そやつはある男を通して、苗を仕入れていることが分かった。

そのある男は、相手がノイマール人だとは知らなかったと言い張っとる」


何の話だ。

メレディアは、明らかに自分が関係のない話を長々と聞かされ、戸惑う。


「その男ももちろん、しばらく泳がせておった。彼は、定期的に、ある屋敷に出入りしておった」


昔、父とやった宝探しのようだ、とメレディアは思う。

最初の暗号を解いて開けた戸棚にはまた暗号があり、それを解いた先には箪笥があってまた暗号があり。

最後はもちろん、素敵な贈り物にたどり着いたものだが、この話はそうはならなかった。


「同じく、その屋敷に出入りしている女も確認した。そなただ」

「どちらのお屋敷ですか?」


老人は場所を告げたが、もちろん、知らない話だ。


「知りません」

「次に」


彼は、メレディアを無視して、同じような話をいくつか並べ立てた。どれもメレディアのあずかり知らぬ話だ。

意図しているのかどうか、いつのことかを明確にしてくれない。嘘だと反証することが出来ないもどかしさに、さすがのメレディアもいら立つ。


「以上、そなたにはこれだけの疑いがある」

「いずれも身に覚えがございません。目撃したという人物、あるいは具体的な日時をお聞かせくださいませ」


老人が何かを言おうとする前に、後ろの神経質男が、はっ、とわざとらしく鼻で笑った。


「女は口が達者だからな、我々を言いくるめられると、浅はかな考えでもあるのだろうが、そうはいかない。お前のような下種な女は、黙って罪を償うのが唯一出来ることだと心得ろ」

「サムソン」


さすがに暴言と認めたのか、老人が静かに遮る。

しかし男は、ますます目をいっぱいに見開き、激しく言葉を重ねた。


「いいえセラヴィ様、見てください、この髪、この瞳!まるで魔女ではありませんか!」


メレディアは、ありったけの気力を総動員して、悪態をつくのをこらえた。

肩先からゆるく垂れるこの髪は、養父によく似た金色だったが、大人になるにつれどんどん色が抜けてきた。特にここ最近は変色が進み、今や白に近いような色になってしまった。


対して、目の色は、養母によく似た赤茶色だった。しかしこれも、次第に赤みが増している。

幼い頃は、もらい子だということがばれないほど両親に似ていたのに、段々と離れてしまった。そのことを、本当はとても悲しく不安に思っている。

血のつながらない自分が、かろうじて、あの家に繋がっているというよりどころだったのに。


そんな悩みの一端を、魔女などと表現され、瞬間的にいら立ったのだ。思わずにらみつけると、彼は一瞬怯えたように後ずさった。

しかしすぐに、そんな自分を恥じたのか、真っ赤になって怒鳴り始める。


「この魔女め!国に悪意をもたらす、悪い女め!命をもって償うがいい!」

「私は何もしておりません」

「黙れ!ほんの数時間前も、敵国の間者と会っていただろう!」


メレディアははっとした。初めて、具体的な時間が出てきた。


「数時間前?いつのことでございますか?」

「聞いてどうするのだ、小細工をするつもりか!」

「今の私に何が出来ると言うのですか。そもそも、私は今日、隣国での仕入れを終え帰って来たのです、そう、国境に差し掛かったのは三の刻で……。

そうだわ、ちょうどその時、暴漢に襲われました。護衛達が撃退し、警らに引き渡してあります。

密会場所というのはどこなのです?国境から離れているのならば、不在証明がかなうのでは?」


必死なその訴えが届いたのかどうか、セラヴィと呼ばれた老人は、入り口近くにいた文官らしき男に合図をした。

男が出て行ってから、誰も口を利かない。サムソンとやらも、メレディアをにらみつけながらも口は開かなかった。


やがて、文官が戻って来た。わざわざ確認させたということは、きっと、密会場所は国境から遠いのだ。疑いが晴れる可能性がある。

ひそひそと耳打ちした内容を聞き、セラヴィ老は目を閉じた。そして、ゆっくりと瞼を開き、メレディアをまっすぐに見て言った。



「そのような記録は、一切、ない」






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