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一杯に威厳を保ってはいるものの、父親の内心が困惑でいっぱいなことを、メレディアは知っていた。その証拠に、左手をもみ絞るようにもぞもぞ動かしている。あれは、困ったときの父の癖だ。
仕事の途中だったのだろう、執務室の机は、書類でいっぱいだ。その上に、日差しが降り注いでいる。
のどかな風景とはうらはらに、父の内心は穏やかではないようだった。
「う、うむ、分かった。つまり……つまり」
父がかわいそうになり、頷いて見せる。
「そうよお父様、大きな問題は三つ。
ひとつは、隣国で戦争の気配がすること。ひとつは、私が襲われたこと。そして最後は、私の魔力が異常に増えていること」
矢継ぎ早に報告した内容を、そうまとめてみせると、父は目にやや力を取り戻した。
「そう、その通りだ。
一つ目については、長期の取り引きを停止し、貸し付けを減らす。資金回収も急ぐとしよう。
二つ目については、すでに警らに引き渡したのだな? ならば沙汰を待つしかできんな」
力強く言い切った父の言葉が、止まる。
「それで……最後が、なんだったか」
「魔力ですわ、お父様。私の」
メレディアは、もう一度状況を繰り返した。
いつも通りに魔力を使ったこと。すると、異常なほど攻撃力が高まっていたこと。
驚いて、よくよく自分の中を探ってみると、あきらかに魔力量が増えていたこと。それも、とんでもない量が。
父の左手が激しく引き絞られる。ちぎれてしまうのでは、と思うほどだ。それほどに、困惑している。
しかし、とうとう諦めたのだろう。私の後ろにぴったりと控えていたファシオに、あごをしゃくる。
「ご苦労だった、ファシオ。ここから先は、家族の話になる」
肯いて出て行く護衛に、父は後ろから声をかけた。
「ミレディを呼んできてくれ」
言われた通りのしたのだろう、しばらくして、母が入って来た。固い顔をしているが、それを隠すように微笑み、メレディアの隣に座った。
その母の手を取る。
言い出しにくそうな二人に、あえて、はっきりと尋ねた。
「私が養子なことに関係があるのね?」
自分がもらい子であることは知っていた。記憶があったからだ。
幼い頃、自分は違う家出育った。母の記憶はない。おそらく、祖父母であろう、厳格な家族に育てられていたのだ。
しかしある日、冷え冷えとした、布さえ張らない板張りの馬車に乗せられ、長い長い距離を走った。そうして迎えられた先で、現在の父に出会ったのだ。
「お前にとって、つらい話をしなければならない。悲しく、つらい話だ」
父の尊大な成金風の口調がなりをひそめ、メレディアを気遣う声になる。母が、メレディアの手を握り返す。
そして父は、さして長くはないが、重苦しい話をした。
自分が望まれずに生まれてきたことはなんとなく察していたし、本当の父が影も形もないことにうすうす嫌な予感はしていた。その予想を超える実母の不幸は、大人になったメレディアの胸を刺す。我が子を手元に置かず顔も見せなかった彼女に、同情さえした。
同時に、痛いほど手を握るこの育ての母と出会った時のことも思い出す。
「お母様、変わりませんね。あの夜も、こうして手を握ってくれました」
忌避されても仕方がない生まれなのに、メレディアは今この家に馴染んでいる。それは、母のおかげに他ならない。母が心から受け入れてくれなければ、今の自分の立ち位置は違ったものになっていただろう。
「あなたはうちの子よ」
言い切る母に、父も頷く。
「うちはもとはしがない商人だ、お前がうちに来たのは貴族籍を賜る前だから、内情に興味をもつ者も皆無だった。だから、対外的にも実子として認識されている。
だがここにきて、お前の魔力が増大したという。
当家には、過去をたどっても、魔力持ちはいない」
「嫁いでくる前の、私のうちにもね」
「お前に魔力があると分かった時、……あれは8歳くらいだったか? ああ、お前の産みの母のご家門にもひそかにお尋ねしてみたのだ。
答えは否。
実母の家系に、魔力持ちはいない」
メレディアはため息をついた。
「つまり、私の魔力は、クソ野郎の血筋ってことね?」
「メレディア?」
「はいお母様、間違えました、おクソ野郎でした」
「おをつけたからいいというものではないのよ」
「少なくともそいつは、貴族だということですわね?」
庶民に魔力持ちはいない。
というより、魔力がある者が貴族の一部に取り入れられていったと言ったほうがいいだろうか。いずれにしろ、何百年も前のこと。魔力自体、いまやごくまれに生まれてくる珍しい体質という程度に過ぎない。
それこそメレディアも、せいぜい馬車で冷風扇代わりに使うか、音と風で強盗をひるませるくらいだった。
しかしその中にあって、ただひとつの例外がある。古い古いこの国の礎が魔力によって築かれたころから、強大な力で国民を導き、他国を退けてきた源。
――王家だ。
「そいつは、王家の傍流である可能性すらある」
きな臭い話になってきた。
しかし果たして、王家の血筋に連なる人間が、貴族の女子を手籠めにするような危険を冒すだろうか?
その疑問には、父が複雑な顔をして答えた。
「シーズン中に数え切れぬほど開かれる夜会、音楽会、仮面舞踏会……。
中には招待の基準もゆるく、羽目を外すことだって少なくない集いもある。
お忍びで参加した高位貴族が、酔って強引に……というのはないことではないだろう」
さてどうしたものか。
とはいえ、何かしなければならない、ということもない。
今まで生きてきたように、何も気づかなかったことにするのは決して難しくない。むしろそれが一番安全だろう。
家族三人、顔を寄せ合ってそう結論付ける頃、なにやらドアの向こうが騒がしくなった。
家令が必死に、誰かに声をかけているのが聞こえる。制止するその遠回しな言葉遣いに、相手は貴族だと分かる。
その気配は徐々にここに近づき、そして、大きく扉が開かれた。
「メレディア」
立っていたのは、ジェラルドだった。
そして、その背後に、二人の騎士がいた。騎士たちはジェラルドの横をすりぬけ部屋に入ると、メレディアの両側に立った。
「ご同行願おう」
冷ややかな声は、拒否を許すつもりがないことを示している。