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きな臭い、と思ったのは、旅も後半に入ってからだった。


過去に何度か仕入れたことのある店が数軒、しばらく店を閉めているのだと知った時は、そんなこともあるだろう、という程度だったのだが、その数が増えるにつれ、これは、と思い始めた。

装飾品や化粧品、嗜好品を含む、いわゆる贅沢品を扱う店が軒並みドアを閉ざしている。


それだけではない。

宝飾品の値段が上がっている。どうやら、原石自体の原価が上がっているようだ。



ノイマール国はメレディアの父の代からのよく出入りしており、物価が安定していること、鉱物の安定的な供給がその理由であることは分かっていた。その鉱山に、何かが起こっている。

もちろん、天然の資源ゆえ、枯渇の可能性はあるだろう。だが、地質調査により、その資源がかなり豊富にあることも分かっていた。



「何か……記憶にひっかかるわね」


メレディアは、実家の男衆から父が選んでつけてくれた護衛の一人に、そう話しかけた。


「あれでしょ、アラムの」


彼、ファシオの返答にはっとする。その通りだ。三年前のアラム国も、同じく資源産出国だったのが、輸出を絞るようになり値段が高騰した。理由は、──戦争だ。

宝飾品向けの原石に充てていた労働力を、武器の原材料になる鉱石向けに振り替えた。そのため、国外への流出を抑え、かつ採掘量が減ったため、価格が上がったというわけだ。


「ねえ、調べられる?」

「合点っス」


軽薄な調子だが、調べものに関しては信頼のおける男だ。メレディアは、布や革の細工物に買い付けのターゲットを切り替え、結果を待つことにした。












「五分、ってとこっスね」


顔や服を土ぼこりで汚した護衛が、ひょうひょうとした口調でそう言う。


「おかえり、ファシオ。大変だったみたいね」

「鉱夫になりすましただけっス。で、見た感じ、ぱっと見て分かるほど採掘の方向を変えたようには見えませんでしたね。

 ただ……」


宿の部屋に届けられた水差しの中身を魔力で沸騰させ、旅行バッグに詰めてきた茶葉でお茶を淹れる。差し出したそれを、ファシオは自らの魔力で冷やし、一気に飲み干した。


「現場を監督する人間たちが、採掘師を増員する話をしてたっス。見る限り人手は足りている感じだったんで、別の現場に派遣するんでしょう。それもどうやら、新しい開拓鉱山らしい」

「新しい……まあ国中が資源で出来てるようなものだから、新規開拓もおかしくないけれど」

「今でも十分採れているのだから、あまり採掘量を増やせば値崩れする……にも関わらず……ってのが、疑わしさの根拠っス。

ただ、単純に将来を見据えて探索だけしておくってのはおかしくないんで」

「だから五分、ってことね」


戦争の可能性は半々。しかし、メレディアの勘が、警戒しろと告げている。いつもと違うことがあれば、それを無視していいことがあるとは思えない。


「お父様に知らせておきましょう」

「鳥を飛ばしますか?」

「いいえ、もし戦争が近いなら、国外に手紙を飛ばすのは危険だわ。戻ってからで構わない。あなたから伝えておいてくれる?」

「合点っス」











仕入れ内容は予定とは違ったが、日程は予定通りにこなし、帰国の途についた。

実家の御者があやつる実家の馬車に乗り、実家の護衛に囲まれながら、これでいいのかしらとぼんやり考えているときだ。不意に馬車が止まった。


はっとして、カーテンの隙間から外を見る。外の景色は、森の中、としか分からないが、時間的にはもうすぐ国境というところだろう。


「お嬢さん、不審者っス」


馬に乗ったまま、窓の外からファシオが、やはり軽薄な調子で言った。気が抜ける。もっと緊張感を持てないのかこの男は。


「何人?」

「五人っス、そこそこやりそうっス」

「そう……」


護衛とはいえ、男爵家の従業員を兼任している彼らは、歴戦の猛者、というわけではない。実戦で頼れるのはそれこそファシオくらいだろう。




「女を渡せ!そうすれば見逃してやる!」


不審者、とやらが叫ぶ声が、メレディアにまで聞こえてきた。狙いは自分か、と、やや意外に思う。

シェルライン家の紋を付けた馬車は、金目のものでいっぱいだと分かり切っているのだから、金目当ての強盗の類だろうと思っていたのに。


護衛達が剣を抜く音がした。彼らは、父のお気に入りだけあって、実直で誠実だ。メレディアを守る、という仕事を忠実にこなすつもりなのだ。


「勝てそう?」

「五分っス」

「どこかで聞いた評価ね……」


メレディアは、分かったわ、と答え、自ら馬車の扉を押し開け外に出た。


「お嬢様」


御者が咎めるように呼んできたが、首を振って見せる。そうすれば、彼はそれ以上、口出しをしない。メレディアはシェルライン商会の娘であり、彼らの上司でもあるからだ。そしてまた、上に立つ者にはそれなりの義務がある。

例えば、従業員を守る、など。



「私が誰だか知っているの?」


道をふさぐようにしている馬上の男のうち、真ん中のちょっと偉そうな髭面に向かって言った。


「知っていたらなんだというのだ。恐れ入って、平伏するとでも思っているのか?この売女が」


すぐ隣で、ファシオが剣を抜き放ったところで慌てて止める。ファシオはさっきまでの軽々とした様子を一変させ、怒りに目を燃やしている。


「離せ、あいつ、ぶっ殺してやる」

「駄目よ、馬鹿、情報を引き出さなきゃ! 目的とか!」


メレディアのささやきに、掴んだ腕から力は全く抜けないが、荒い鼻息を吹き出しつつも、ファシオはその場にとどまった。

ひやひやしながら、髭面に顔を戻す。


「私をどうするつもり?」

「もちろん、処刑する。お前は薄汚い悪女だ、この売国奴め、死んで詫びるしかその罪をそそぐことは出来んぞ!

その顔、その手、全てが醜く汚れている!下賤の出の、水商売女が……ッ……ガ……?」


あ、と気づいた時にはもう、その髭面は胴体から離れていた。どさり、と踏み固められた旅人の道に、首が落ちる。

ファシオの一閃だ。

メレディアはめまいがした。


お父様、一体、なんという業物をこの男に与えているの?

その剣、いくら?


「な……なにしやがるてめええええええ!」


ようやく事態に気づいた髭面の仲間たちが、大声をあげて激昂する。四人が一気に襲ってきた。一人減っても、実力差はまだ向こうに分がある。仕方がない。


「ファシオ、下がって」


その声に、ファシオは交えていた剣を押し返し、すぐにこちらに下がって来た。

メレディアは右手を上向ける。意識を集中する、なんて必要もないほど、身になじんだ魔力が陣を結ぶ。


決して攻撃力は強くないが、軽い爆発でもおこせば、相手をひるませることは出来るだろう。足止めをし、その一瞬の隙にファシオたちが制圧する。打ち合わせたわけではないが、メレディアの魔力をよく知っているこの護衛は、意図をよく汲んでくれた。


爆ぜろ、と命じる。その瞬間──轟音とともに、爆風がメレディアを覆った。すぐにファシオにかばわれる。パラパラパラ……と彼の背中に砂粒が当たる音がつづき、やがて、止んだ。


「……は?」


間抜けな声を出したのは、メレディアだったか、それとも、忠実なる護衛か。



ゆっくりと目を開けたそこには、まるで火薬でふっとばしたようにえぐられた地面がある。爆風の方向がならず者達に向かっていたからよかったものの、そうでなければ降り注ぐのは砂粒程度ではなかったはずだ。

事実、男たちは軒並み吹っ飛んで、馬から落ち、意識を失っている。


「……は?」


ファシオと目を見合わせ、今度こそはっきりと、メレディアの口からそんなはしたない声がこぼれ出た。

かたや、野性味のある顔に珍しく素直な驚きを浮かべたファシオは、呆然としつつも言う。


「生かして目的を聞くんじゃなかったんスか?」

「なんてこと!」


我に返ったメレディアに、男たちに駆け寄っていたほかの護衛の声が届く。


「生きてますよ!一応!」


メレディアはほっとして、自分も彼らに駆け寄った。









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