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クラリスはぼんやりと窓の外を見ていた。

夫は出かけている。義理の父母は、夫に爵位を譲った後、領地に引っ込んでしまった。王都へはほとんど顔を出さないため、この家は夫婦だけの生活だった。


手元のベルを鳴らすとすぐに、メイドがノックする音がした。


「入って」

「失礼いたします。お呼びでございましょうか」


クラリスは、ベルを置いた手をそのまま、サイドテーブルへと向ける。そこには、紫水晶の散りばめられた華奢なブレスレットがあった。


「それ、片づけてちょうだい」

「かしこまりました」


メイドはそれを手に取ると、ずらりと棚に並べられた宝石箱へと足を向ける。


「ああ、違うわ」


きょとんとした顔で振り向くメイドに、扉付きのクローゼットを示す。趣味に合わないものやつけるのがはばかられるようなもの、いわゆるお蔵入りの品が押し込められているほうだ。

戸惑いつつも、彼女は素直にそれをしまい込んだ。


そういえば、このメイドは、今しまい込んだブレスレットを買った時、その場にいたのだった。大喜びしながら購入したクラリスの姿を覚えていて、だからこんなに不思議そうなのだ。

クラリス自身が気に入って買ったのに?

そういう顔だ。


「ねえ」

「はい、奥様」


メイドは早足でクラリスの前に戻り、直立する。


「私と、あの娘。本当に似ているかしら?」


あまり聡いほうではないような顔をしたメイドは、その質問の意味をじっくり考えているようだ。そして、やがてようやく、あの娘が誰を指すのか分かったらしい。ぱっと顔を輝かせる。


「シェルライン商会のお嬢さんのことですね?

 本当によく似ていらっしゃいました!

 姉妹というより、双子のようでしたわ!」


あの時、クラリスは機嫌よく笑っていた。メレディア・シェルラインの持ってきた品を、隅々まで確認した。

そして思ったのだ。


──なんて安っぽい品ばかりなのかしら。


値段の問題ではない。感覚が安っぽい。それを持ってきた女も、同じように安っぽい。下級貴族のような顔をしているが、しょせんは商売人の娘だ。仕草も、話し方も、全くもって安っぽいとしか言いようがない。


そう、と言ったクラリスは、手を振って下がるように命じる。メイドは何も感じない顔で頭を下げた。


「ああ、お前。名前は?」

「え? あ、ダリアと申します」


クラリスは再び手を振り、彼女はにこりと愛想をふりまいて退室していった。

すぐに、入れ替わりで専属侍女のモーリンが入ってくる。


「奥様、本日届きましたお手紙でございます」


お茶会のお誘い、夜会への招待、ご機嫌伺いの様々な商会からのカード。それらを見るともなしに見ながら、


「ねえモーリン。私と、メレディア・シェルラインは、本当に似ているかしら?」


家名をあえて結婚前のものにしたことに、モーリスはすぐに気づいた。そして、にこりとも笑わない顔で言った。


「いいえ、とんでもないことでございます、奥様。奥様の美しさに、いったいあの娘ごときの何が追い付くというのでしょう」


クラリスは満足して笑った。

分かっている。自分とメレディアは似ている。明らかに、似ている。けれど、クラリスはそれを許しがたいと考えている。

モーリスはそれに気づき、ダリアは気づかなかった。


「ダリアというメイドを首にしなさい。愚か者は我が家に似つかわしくないもの」

「承知いたしました」


そうして、モーリスは読み終わった手紙類をすべて回収して出て行った。指示は必要ない。すべて、断りの返事が送られることになる。

夫が同伴する、夫の決めた会合以外、クラリスの社交は禁止されている。つい最近までは、一切が禁止だったから、急に舞踏会に行くぞと告げられた時は、しばらく信じられなかった。

夫のマクシム・グランティエールは、クラリスが常に浮気しようとしていると考えている。


いや……さすがにそこまでではないだろうが、その執着と悋気が尋常ではないことは確かだ。



奥深くに閉じ込められ、領地とタウンハウス、二軒の服飾店、一軒のレストラン、それが、結婚してからのクラリスの世界の全てだった。


それが一年ばかり前から、監視が緩み始めた。

夫の忠実な部下である護衛がついていれば、新たに装飾店が二店、いくつかのカフェに出入りすることが出来るようになった。


さらに、予定にはなかったのに、幼馴染のシャルロッテに会いに行ったことも、事後承諾で許されたのだ。


そこには、メレディア・シェルラインがいた。

シャルロッテが似ていると言った時には、不快な感情を隠すのに苦労したものだ。

ばかばかしい。

だが、自由が増えて機嫌の良かったクラリスは、お世辞を言う余裕さえあったのだ。


そしてあの日、久しぶりに浴びたまばゆい王宮のシャンデリアは、一切の手入れをおこたらないクラリスの肌を美しく彩った。気分が良かった。夫も機嫌が良さそうで、本当に楽しかった。



その感情がひっくり返ったのは、メレディアを目にしてからだ。

なぜか彼女は、クラリスの大切な人と踊っていた。

優雅とは程遠いステップで、たどたどしく、あの人と手を取って。

さらに、図々しくも、フロアの中央を横切る始末だ。


顔には出していない。感情を表に出すようでは、高位貴族などやっていられない。例えばあのダリアのように察しが悪くても駄目だ。

だからクラリスはすぐに理解した。

彼らは婚約している。

そうでなければあんなに目立つようには踊らない。




その日から、クラリスはずっと、気分が悪い。苛立ちがつのり、ふとすれば手にしたカップを床に叩きつけたくなる。とうとう結婚したと聞いた日には、本当に寝込んでしまったほどだ。


あの人は私のものだ。


なぜそれが分からないのだろう。リャナザンド卿も老いたものだ。

かつて子どもだった頃は、あんなにも完成された大人はいないと思っていたが、まさかあの人を男爵風情の娘と娶せるなんて。

やはり、三年も世間から離れていたのは良くなかった。誰もかれも、クラリスの素晴らしさを忘れかけているのだ。


「教えてあげなくちゃ……」


──ジェラルドが本当に愛しているのは、私だって。


くすりと思わず笑う。


「可愛い子ね、ジェラルド。私の代わりに、顔だけ似た女を探し出すなんて……。待ってて、すぐに、あなたを私のものにしてあげるわ。

 本物の私が、あなたを助けてあげる……」




三度、ドアがノックされた。

入って来たのは、唯一実家から連れてきた侍女だ。この侍女の実家の爵位は低く、クラリス専属にはなれなかったが、それでいい。彼女の本当の仕事は、クラリスの世話をやくことではなく、クラリスの手足となることだ。


「シェルライン家の男衆が動き出しました。近々、外国への買い付けに行くものと思われます。男爵は道路修繕事業に関わっており、しばらくは王都内にとどまるでしょう。おそらく、出かけるのは娘の方でございます」


クラリスはうっすらと笑った。


「そう。では少し、動きましょうね。手伝ってくれる?」

「はい……なんなりと」

「そうだわ、ねえ、あなたと同じ名前のメイドがいたのよ、知っていた?」

「ああ、はい、半年ほど前に入って来た若い娘でございましょう」

「首にしたわ」


はあ、と、ダリアの名を持つ侍女は、それがどうしたという反応をする。くすくすとクラリスは笑う。


「あなたのためよ。ねえ、だって、誰だって、人と同じものを共有するのは嫌でしょう?」


やはり、はあ、と答える侍女に構わず、クラリスはいつまでも笑っている。










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― 新着の感想 ―
自由が増えたとたんにこれじゃあ浮気を疑って閉じ込めた夫の見る目は正しかったってことになりますねw
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