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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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7.道具屋と古き者


空気がひんやりとしている。


陽が落ちた後の森の中は光が届かない闇の世界となるはずなのに、ロウ達がいるこの場所は、巨木の幹にヒカリゴケがびっしりと張り付き、薄緑色の光を仄かに灯して周囲を照らしていた。

足元まで照らすその光は、まるでロウ達を「魔境」の奥へ奥へと誘っているかのようである。


「魔境」に入って二日目に起こったラプトーンとの戦闘以来、二人に襲いかかってくるような魔獣は全くなかったので、森の中の移動は順調に進んで間もなく目的地に到着する頃だ。


ここまで来てから、ロウはディルには一旦小さな黒蛇の姿に戻るよう指示を出して、近くにいるエントやトレントといった樹魔獣達に見つからぬよう気配を極力消して先へと進んでいった。

樹魔獣は強い魔獣の気配を感じると、目を通常の緑から戦闘色の真赤に変え問答無用で襲ってくるので、ディルの放つ強烈な気配を察知したら、間違いなく戦闘になってしまうからだ。


エントやトレントなどの樹魔獣は一体一体はそれほど強くはないのだが、物理攻撃への耐性と火魔法以外の魔法攻撃にも耐性があるので、弱点を突かないと倒し難い魔獣である。

しかもすぐ仲間を呼びよせるのも厄介で、戦いが長引くと数押しされ結局は撤退を余儀なくされてしまうのだ。


ましてやここは樹魔獣達の楽園である。彼らのテリトリーでの戦闘は自殺行為に等しい。


ロウがしばらく歩いていくと、行く手を遮る樹木が無くなって一気に視界が開け、目の前には豊かな水を湛えた広い湖が広がっていた。

ここが樹魔獣達の楽園ウリグ湖である。


ウリグ湖は直径1kmはある深い湖である。地下から湧き上がってくる水には魔力が含まれ、魔獣や樹魔獣にとって傷を癒す治療薬にもなっている。

悪天候や戦闘などによって傷付いたり、何らかの理由で弱ってしまった個体は、ここまで移動してきて湖の水を吸収し身体を癒すのである。


今この時にも十体ほどのエント達が、足先に生えた何本かの根を水に浸して湖の水を吸収しているようだ。

その他にも巨大な双角をもった鹿の魔獣や狼のような魔獣も数十体いて、静かに湖の水を飲んだり、湖畔で寝そべったりしている。


エントもトレントも基本形は木の形をした二足歩行の人型である。体長は5mもあり大きいモノだと倍の10mに達する個体の目撃例もあった。

手と足の先には木の根がタコ足のように生えているので、器用に物を持ったり歩いたりできるが、移動速度は遅く動きもゆったりとしている。


しかし戦闘となると周辺の倒木を振り回したり、蔓を伸ばしでからめ捕ったりと厄介な攻撃を仕掛けてくのだ。

蔓には細かい棘が付いていて、絡め取った生物の体内水分を全て吸い取ってしまうという恐ろしい魔獣である。


ただ、敵意を見せず大人しくしていれば向こうから襲ってくることは無い。


とにかく、ここまでくればあとはエルダーエントの出現を待つだけである。湖全体を見渡せる場所に迷彩を施した野営テントを張り、四隅に結界装置を置いて監視所を設営した。


更にロウは気配を消したまま、湖の畔まで進んでいく。

魔法拡張鞄の中から古代樹の杖を取り出すと、湖畔の柔らかい土の部分に杖を挿し、監視所まで戻ってきた。


古代樹の杖は微弱な魔力を帯びていたので、弱々しい同族の魔力を感じ取ったエルダーエントが杖の所までやって来るかもしれない。

これがロウの作戦であった。


「ここからは待つだけです。先は長いからなるべく体は休めておきましょう。」


この場所では火は使えないので、保存食の干し肉や黒パンで簡単に食事をとり、水で濡らした布で体を拭く。

妖魔であるディルは本来食事を必要としないため、まずい保存食を口に入れることは無い。蛇の状態では表情は分からないが、何となく機嫌は悪そうである。


やるべきことを済ませて監視所に戻ったロウはディルと共にテントに入り、長期戦に向けてすこし早めの休憩を取ることにした。



同じ場所から動けない無為の日々が過ぎ、ようやくエルダーエントが現れたのは、監視を始めて二日目の明け方である。


ディルに起こされて飛び起きると、背後の森全体が揺れ動くような大きな魔力の気配を感じ、やがて監視所を設けたすぐ傍の森の中から、巨大な影が這い出してきた。

湖畔にいるエント達と比べると数倍も大きく、高さは30m以上はあり太い幹から広げた手足だけでも10mはありそうだった。


これまで何度かエルダーエントを見ているロウでも、これほど大きいエルダーエントは見たことが無かった。

普通のエントが長くて千年の寿命で枯れてしまうので、ここまで成長するには少なくとも数千年は経っているに違いない。

ロウの目の前にいるのはまさにエルダーエントの王、樹魔の王であった。


ロウが息を呑んで見守る中、エルダーエントはタコ足のように無数の根を動かしながらゆっくりと湖の方へ移動し、躊躇うこと無く湖の中へ入っていった。

しかし、水に入ってすぐに立ち止まり、湖畔に挿してあった古代樹の杖の傍に立つと、それを探るように見下ろしている。


しばらくの間、微動だにせず立ち尽くしていた巨大なエルダーエントは、片腕を古代樹の杖に翳すように向けると蔦を伸ばして杖を引き抜き、自分の顔の前に持って行ってさらに観察するようにじっと見つめていた。

やがてエルダーエントは古代樹の杖を胸のあたりに持っていくと、そのまま体に押し込んで体内に「吸収」したのであった。


ロウの思惑通りである。大昔に師から教わったエルダーエントの習性は本当だったのだ。

あとは修復された古代樹の杖を吐き出すのを待てばよい。


そのまま観察を続けていると、湖に入ったエルダーエントの身体を覆うひび割れた樹皮の間に、まるで糸のような七色の光が走り始めた。

おそらく湖の水から水分と魔力を吸収しているのであろう。


朝靄の中、エルダーエントの身体全体が虹色に輝く姿は神秘的であり、エルダーエントから放たれている強大な魔力が森を活性化させているのか、周囲の樹木が風もないのに靡いていた。


どれくらい時間が経ったのか、やがて虹色の光が消え周りから静寂が押し寄せてくる。それでもエルダーエントは動かない。

水と魔力を十分吸収すればまた森の中に戻っていくはずなのに、湖に足を入れたままじっとしている。


ロウはただ無心にその様子を眺めていると、エルダーエントのエメラルドグリーンの目が自分達を見ている事に気が付いた。

ロウは一瞬息を止め身体を緊張させるが、エルダーエントの瞳は戦闘色になっていないことに気付き、静かに息を吐き出す。


ところがロウの様子を伺っていたエルダーエントは、左手を地面と水平になるよう上げ、ロウを呼び寄せるかのようにゆっくりと手招きを始めたではないか。

これにはロウも驚いて目を見開くが、やはりエルダーエントの目は緑色である。

身動きできぬまましばらく考えたあと、ロウは覚悟を決め、エルダーエントに向かって足音を立てず慎重に歩いて行った。


近付けば近付くほどエルダーエントの存在感は圧倒的で、その威圧だけでロウは押し潰されそうな感覚なる。

それでも湖の畔まで進んで、一息吐いてから巨大なエルダーエントの身体を見上げた。


すると、ロウの頭の中に直接語り掛ける威厳に満ちた声、いや念話が聞こえてくる。


『そう警戒しなくてもよい。我の中にある杖の事を知りたいだけじゃ。』

「は、はい。まさかエルダーエントと話すことになるとは、驚きました。」

『うむ、我もだれかれと無闇に話かける訳ではないそ。お主なら話が分かると思うたまでじゃ。』

「やはり、先程の古代樹の杖に関する事でしょうか?」

『うむ、この杖になったのはサムルガルスの森に住む我が同胞ではないのか?』


ロウが思っていた通り、杖の素材の出所だった。

ロウが作った古代樹の杖は、エルダーエントにすれば同胞を殺され、人の手によって削りだされたモノなのだ。

それを持っている者に怒りをぶつけても不思議はないのである。


緊張の面持で、それでもはっきりとロウは答える。


「・・・確かに南西の森に住むエルダーエントでした。たいぶ昔に森と魔獣は滅んだと聞いていますが。」

『知っておるよ。地脈が乱れ瘴気が溢れ出した。森全体が死んだと聞いている。我が同胞が居ながら情けない事じゃった。』

「人族の調査では原因は判らずじまいでしたが、地脈の乱れが原因でしたか。あの時、他の魔獣と共にエルダーエントも狂い、結果討伐されてしまいました。」

『だが、同胞の身体は姿形を変え、こうして生きておる。死にかけではあったがな。』


二百年ほど前、南方にあるとある森で魔獣の氾濫が発生し、人族は軍を集結させて迎え撃ち、甚大な被害と引き換えにこれを収束させた歴史がある。

討伐された魔獣の中にはエルダーエントも含まれていて、その体の一部が素材として残されていたのだ。


だが、ロウの元に届いた時は、エルダーエントの素材は瘴気に侵されていて、そのまま使っては呪具にしかならないものになっていたのである。

そこでロウは、古代魔法の【浄化】と【生命】の魔法陣の中に長時間置いて、時間をかけて瘴気を取り除き、本来の生命力あふれる木片に戻したのである。


『瘴気に冒されて狂い死んだと思っていた同胞が、こうして生き長らえて戻ってきたのだ。礼を言うぞ。』

「いえ、そんなつもりはなく・・・。はぁ、そうしますと杖は私の元には戻らないと・・・。」

『このまま我の体内で成長させ、いずれ株分けする。あの森を元に戻すためにな。』

「仕方ありませんね。杖は諦めましょう。」

『なに、無償とは言わぬよ。ほれ・・・』


エルダーエントが蔓を伸ばして頭の部分から何かを引き抜き、ロウの前に差し出してきた。

それはエルダーエントの古枝で、ロウが作った古代樹の杖とは比べ物にならない強い魔力を内包しているものだった。


『我の身体の一部だ。死にかけの同胞より何ぼか良かろう。』

「これは・・・。しかし、宜しいのですか?」

『構わぬ。同胞を救ってくれた、我なりの礼だ。枝の一振りなど直ぐに生えてくるでな。』

「あ、ありがとうございます。大切に使わせて頂きます。」


思わぬ展開に戸惑いつつも、ロウは素直に素材を受け取った。

この素材で魔法杖を作った場合、どれほどの力を発揮するのか、想像すらできなかった。


『また何かあればここを訪ねてくるがいい。我と同じ古き者よ。我の名はエストメルアリュシュムナセルエルトだ。』

「・・・私はロウと言います。古き名はもう忘れました。」

『そうか。それも悠久の時の流れの弊害かの。まぁよい。また会う時を楽しみにしているぞ、ロウよ。』

「エストメルアリュシュムナセルエルト様もお元気で。ご自愛ください。」

『お互いにな。』


その念話を最後にエルダーエントは瞳を閉じて再び動かなくなってしまった。


ロウは頭を下げて一礼すると、背後の野営所を設営した森の中に入っていく。

そのままにしていた野営道具を手早く片付けてから、湖の方を一度も振りかえらずにラプトロイの方角に向けて歩き出した。


森を歩くロウの足取りがゆっくりとしたものから徐々に早足になり、やがて全力で駆け出していく。すでにロウの背中は古代種と対峙した緊張から冷や汗でびっしょりと濡れていた。

また、エルダーエントの気が変わって自分達を襲ってきたら万に一つも勝ち目がない。そう考えたロウは全力で逃げていた。


古き者、とエルダーエントは言った。


創世を記した古文書によれば、嘗てこの世界で起きた古き者同士の争いは、森を焼き、大地を抉り、湖を消し去ったという。

争いによって地上にある生ける者の殆どが死に絶え、現代のような自然が戻るまで、何十億もの陽と月を数えなければならなかった、と殆どの書物が記していた。


(もし古き者同士は戦わなければならない運命にあるとしたら・・・)


そう考えただけで身体の震えが止まらないロウであった。


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