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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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59.道具屋は衛星都市へ


自由都市国家ラプトロイには、支配下に置く衛星都市と呼ばれる町が三つある。


ラプトロイより南北に延びる辺境縦断道にあり、ラプトロイ軍の南鷹軍が駐屯するイチノ、北狼軍が駐屯するニノ、西方に延びる辺境横断道の裏道であり、西竜軍が駐屯するサンノである。


この町にはラプトロイ各軍の一軍と二軍(前衛部隊と後方支援部隊)の千人が駐屯する砦があり、その砦の背後に無理矢理取り付いた形で一般人が住む町が広がっている。どの町も兵士を除き、九百人程の「一般人」が住んでいる。


元々この地は軍事拠点である砦だけであったのだが、何らかの依頼を受けた探索者や裏街道を通る行商人が、砦の防護壁を背にして「安全に」野営する場所として利用していた。ところが、そこへラプトロイにも入れないような訳あり者や貧困層が庇護を求めて徐々に集まってきてしまい、最終的には町と呼べる規模まで発展したのだ。

彼らはより野営時の安全性を高めるため、砦の防護壁の外に木柵を作って魔獣の襲撃などに備えるようになり、しばらくすると、人が増えるのに合わせて木柵で囲う範囲が広がっていったのである。


軍が容認していたことを良い事に、人が集まるごとに拡張を続けた結果、いつしか木柵が石壁となり、単に野営所だった場所はまるで砦が拡張されたような規模となってしまい、ついには中で商売まで始める者も出始めたのだった。


人が集まれば金とモノが動く。


砦の背後に作られたような場所であるから、町中では軍人相手の飲食店や酒場、娼館などの商売が盛んで、昼間に開いている店の方が少ない。

あとは、軍の支援部隊の下請で武器や防具の整備を行う職人か、壁外を勝手に開拓し農園を作って農作物を作る農民などで、


現在では町と呼べる規模まで発展し、爆発的な人口増加と貧困層の増大に頭を悩ませていたラプトロイの首脳達は、ラプトロイの衛星都市として存続を認め、行政府の出張所を置くなど安定統治に尽力している。



ラプトロイと衛星都市の間には、鐘三つ刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)と鐘二つ刻に出発する、定期馬車が往復している。

移動時間は片道が一割刻ほど(一刻が四時間、二割刻が二時間、四割刻が一時間、八割刻が三十分くらい)であり、一日で往復する事も可能なので、近年は人の出入りが多いようだ。


ラプトロイの裏路地に「道具屋」を構えるロウは、相棒のディル、ハクと共に、西竜軍が駐屯する町「サンノ」を訪れていた。

この町に住む知り合いの鍛冶職人から魔法武器の製作を頼まれ、七振りの長剣短剣に「物質硬化」「重量軽減」「属性魔法発動」などの魔法陣を刻んで魔法付し、完成した商品を届けに来たのである。


今日は早朝の馬車でやって来て、鐘二つ刻の馬車でラプトロイに帰る予定であるが、町に着いた時からディルがそわそわと落ち着かない。この町の夜が賑やかで、ディルの食欲をそそる美味しい食べ物が多い事を知っているのだ。

この町には旅人が泊まる事ができる宿屋まであるで、馬車に間に合わなくなっても困ることはないのだが。


最終の馬車が出るまで二割刻余り時間があるので、ロウはこの店の主である付き合いの長い鍛冶職人と世間話に興じていた。

同じ職人同士である。最近流行(はやり)の武器造形や、他国の迷宮で発掘された珍しい魔道具の噂話まで、話のタネは尽きることはない。


ディルが退屈そうに欠伸をした姿を横目で見て、ロウはふと気になっていたことを尋ねた。


「そう言えば、今朝町へ入る時の審査がいつもより厳しかったのですが、何かあったのですか?何かを探しているようで馬車の中まで検めていましたが。」

「ああ、二日前だったか?違法奴隷を連れてきた商人が捕まったのさ。西のガザイル王国辺りで集めたらしいんだが、辺境なら足が付かないと思って売りに来たらしい。」

「それは・・・今時そんな話があるなんて、ちょっと考えられないですね。」

「それがな・・・、どっかの貧村で口減らしのため売られた子供や女達らしいぜ。犯罪奴隷と債務奴隷の違いも知らない田舎村だったようでな。件の商人が奴隷組合に届けずに売ろうと考えたんだな。」

「そう言う事情があったんですね。でもなぜ捕まったんですか?これから組合に届け出ることも出来るでしょうに。」

「ああ、なんでもその商人、隷属魔法の使い手だったらしくてな。連れてこられた女子供にはすでに隷属紋が付けられていたようだ。様子がおかしいってんで、門番が取り押さえたんだと。」

「良く見抜きましたね、その兵隊さん。もし見落としていたら連れてこられた人たちに未来はなかった・・・。」

「良く分からないが、女子供はこの世の終わりみたいな顔をしていたらしい。その商人の表情と真逆でな。酷い話だよ。」

「なるほどね・・・。人族の欲には際限がない、か。」


近年の奴隷制度改革で、隷属紋は犯罪奴隷にしか付けられないように奴隷商組合、債務管理組合で管理されていて、奴隷商組合に届け出なく隷属魔法を行使した者は厳罰に処せられる。一商人が奴隷を連れている事などあり得ないことなのだ。

市中にいる女子供に債務管理組合の隷属紋以外のモノが付いていれば、何処かで攫われたか、人身売買されたか、いずれにせよ不当な手法で集められた者達であり、人としての権利を失っていずれ闇市場へと消えてゆくしかない。


「それにな、商人が捕まったドサクサに紛れて、連れてこられた奴が何人か逃げ出したんだよ。まだ小さな子供らしい。」

「え?それじゃ隷属の呪いが発動しちゃうじゃないですか!早く解除しないと・・・。」

「ああ、だから軍も辺りを探し回っている。一緒に連れてこられた奴が森に逃げたと言っていたんで、軍の連中も対応に困っているらしくてな、昨日今日とバタバタしてるのさ。」


隷属の呪いとは、隷属紋から内包魔力を放出し、魔力枯渇状態にして死に至らしめるモノ、或いは、内包魔力の流れを阻害し、体調不良を引き起こすモノなど様々である。

過去には一定間隔で魔力を流さないと形状変化を起こす首輪や、風刃が内側に発射される首輪など、非人道的な魔道具も存在したのだが、建国の勇者様が開発した解除の魔道具のお陰で、今では姿さえ見なくなった。


「見つかりさえすれば、隷属紋を付けた本人が捕まってんだからすぐに無効化できるが、森に逃げたんじゃなぁ・・・見つかるかどうか。」

「ええ・・・難しい、かもしれないですね。」


この町は北側にある「紅狼が住む森」と南側の「蒼霧が惑わす森」に挟まれた平地にあり、西方から攻められた場合の最前線となるべく作られた拠点である。いわば辺境大路を通らないでラプトロイに行く「裏道」であり、少し道を外れれば未開発の森が広がっているのだ。

森の中には肉食の獣や、凶暴な魔獣も生息している。


そんな未開の森に逃げ込んだ子供を探すのは、海に落とした透明な硝子を探すに等しい行為だった。



その日の夕刻、防護壁の門が閉まる直前にロウは町を出た。


門番が夜の移動は危険だからと引き留めたが、急いで戻らないといけないからと誤魔化して、ロウはラプトロイに続く道を歩いて行く。


背後で門が閉まる気配を感じてからしばらく歩くと、ロウは道を逸れて深い森の中へ入っていく。

陽も落ちて薄暗い森の中は静かで、徐々に深くなってくる闇と、散発的に聞こえてくる鳥や獣の鳴き声が、ここが人族の領域ではないと主張しているかのようだ。


(森への恐怖が先立ってそれほど奥まで行っていないか、捕まることへの恐怖が上回ったか・・・)


そう、ロウは森へ逃げたという子供達を捜しに来ていた。

もちろん、子供達が生きているという保証はないし、ロウにとって逃げ出したという奴隷を助けるす義理もない。この世界は弱者に優しくはないのだ。


だが、ロウには姿を消した子供達を探し出す手立てがある。

ただの憐れみ、優しさの押し付けかも知れないが、この暗い森の中で怯えている子供がいると知って見過ごすことも出来ないし、ロウにはとある事情もあった。


ロウは自分の正面に巨大な銀色の魔法陣を張り捲らせると、そのまま魔法陣を潜り抜けて本来の妖人(アヤカシビト)、九尾の姿に戻った。


妖人(アヤカシビト)の姿であれば、ロウの内包魔力は爆発的に増大すると同時に、たとえ深い森であっても、そこにいる生命体を見分ける探査能力が飛躍的に向上するのだ。

さらに、「古き者」の固有能力である古代魔法を使う事ができるので、子供達に使われた隷属魔法の「魔力残渣」も感じる事ができる。


本来の姿に戻ったロウは森の中を疾走する。

子供の足で移動する範囲など、この姿のロウであれば一息吸う間に見て回る事ができるだろう。


「紅狼が住む森」の道沿いの数百m範囲を一気に駆け回り、隷属魔法の気配が無いことを確認すると、道を飛び越えて反対側の「蒼霧が惑わす森」に入って行く。


(近くにはいない、か。ん?隷属魔法の反応・・・これですね。)


三つの小さな反応。その反応があった方角へ、月明かりを反射した青白い影が矢のように走って行った。


あっという間に小さな気配に近付き、巨木の根元に座り込む子供達を視認すると、ロウは再び魔法陣を顕現し人族の姿に戻る。そして、魔道カンテラに光を灯しゆっくりと子供達のいる場所へ近付いて行った。


近付いてくる足音を聞いて、子供達があわてて木の根の間に隠れ息を潜めるが、当然気配を消す事など出来ないので、緊張で波打つ胸も荒い息もはっきりと感じ取る事ができる。


ロウは子供達から少し距離を取って立ち止まり、魔道カンテラを少しだけ掲げて辺りをほんのりと照らすと、木の根と根の間には小さな子供が二人と、その二人を背に庇うようにしている少し年上の少女がいた。

酷く痩せて血色も悪い、襤褸を着た子供達である。


ロウが見る限り、まだ隷属の呪いは発動していないようだが、怪我をしたのか、それとも空腹で動けないのか、逃げる様子はない。


「怖がらないでください。あなた達を連れ戻しに来たのではないのですから。」


少女の肩が揺れたが、返事は無い。カンテラの灯りを反射して光る瞳は、精一杯の虚勢でロウを睨みつけているようだった。


「あなた達を連れてきた奴隷商人の男は、町の兵隊さんに捕まりました。今は牢屋の中です。」

「・・・」

「一緒に来た人たちも、安全な場所でお休みしています。」

「・・・」


もちろんこんなことを伝えても、この三人がすぐに信用してくれるとはロウも思っていない。


すると、ローブのフードに収まっていたハクが擬人化した姿になると、トコトコと子供達の前まで歩いて行き、どこからか魔水晶に笛を取出して見せびらかすと、得意の演奏を始めた。


ハクが演奏しているのは、最近覚えたテンポの良い楽しい曲だ。まだ所々で間違えて音がズレてしまうが、それでも一生懸命に吹いている。


突然現れた大人に最大限に警戒していた少女も、人と同じように笛を吹くスライムを見て呆気にとられ、少女の背後の子供達も、横から顔を覗かせて興味深そうにハクの演奏する姿を見入っていた。


ハクのお陰で三人の警戒が少しだけ薄れた様子を見て、ロウは魔法拡張鞄の中からディルのおやつを入れた袋を取出し、中からクッキーを三枚とりだして少女に手渡した。


「はい、これ甘いお菓子です。良かったらどうぞ。」

「え?あ・・・」


ディルが口と目を大きく開けて絶望的な表情を見せていたが、ロウは気付かぬふりをして、年上の少女へ無理矢理クッキーを押しつけた。

すると、まず小さい子供の女の子の方が少女の手から奪い取るようにお菓子を手に取ると、躊躇いもせず口に入れ、ニンマリと笑みを浮かべる。片割れの男の子の方は、女の子の様子を羨ましそうに見ていた。


少女は困ったように女の子を見てから、自分の手にあるクッキーを男の子にも与え、自分も躊躇いがちに口へと運び小さく噛り付いた。


「まだありますからゆっくり食べなさい。その間に夕ご飯の準備をしておきます。」


クッキーが入った袋を少女に渡し、ロウは野営の準備を始める。ハクはまだ、演奏中だ。


少女達が隠れていた巨木を囲むように結界装置を設置して安全を確保すると、バオ(テント)を張って寝床を設置する。


魔法拡張鞄の中から魔道コンロ、飲料水、食材、簡易テーブルや調理道具を取り出すと、ロウは手際よく調理を始めた。


この二日間、何も口にしていないであろう三人の体調を考え、カボチャを少し実が残るように裏漉しして、炒めたタマネギと混ぜ、塩、魚醤とカツオブシ味付けしたスープを作る。

そこに別の魔道コンロで炊いたコメを投入して、雑炊にした。一応、露店で買ってきた串焼き肉も温めておく。


テーブルの上に置いた魔道ランタンが周りを照らし、暗闇の侵入を阻んでいるので、子供達の表情も幾分柔らかくなったか。


「もう直ぐ出来ますから、こちらに来て一緒に食べましょう。」

「・・・」

「ねぇ・・・お腹すいた・・・」「あれ、食べていの?」

「しっ!大人しくして・・・」


さて、中々ロウを信じてくれない少し強情な女の子ではあるが、この料理の美味しそうな匂いに釣られて出てくるのは、時間の問題であろう。








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