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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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6.道具屋と黒蛇


夜がまだ明けきらない黎明の「魔境」は幻想的だ。

眼下に広がる樹海で繰り広げられる黒闇から薄紫へ移り変わる闇と光の攻防、朝靄と風の戯れは見る者全てを魅了するであろう。


もっともここはごく限られた者しか来る事が出来ない、魔獣達の楽園である。この景色を見る事が出来る人族はどの位いるのだろうか。


夜が明けてすぐロウは野営を引き払い、そのまま崖沿いに北を目指しえ歩いていく。

時々崖下を確認しながらしばらく進んでいくと、すぐにお目当ての地点に到着した。


この場所の崖は一見するとほぼ直立して見えるのだが、実際は若干の傾斜があり、斜面途中にも爪先や踵が乗っても崩れない位の突起や平場があるのだ。つまり下に降りるには都合の良い場所ということである。

ロウが知る限り、何らかの魔法やロープを使わなくても崖下に降りられる場所はここしかない。


ロウは崖の下を見下ろし目を閉じて一度だけ深呼吸をすると、黒蛇にしっかりと自分に巻きつくように言い、徐に崖から飛び降りた。


岩肌の突起や僅かな平場を足場にして、器用に飛び跳ねながら弾むように崖を下りてい行く。


降りる途中、崖の半分くらいの少し広い平場でいったん休憩を入れたが、結局四半刻もかからずに崖を降りきり下に到達したのである。

ロウは一息吐くとゆっくりと回りを見渡した。


下の世界は全てが規格外であった。

幹回りが20mを越える巨木や、背丈が5mはある食虫植物、50cm以上はある何かの白い胞子がふわふわと漂う大自然の深い森である。

右手の巨木と巨木の間には、体長2mはある巨大な蜘蛛型の魔獣が糸を張って巣を作っていた。


ロウは首に巻き付いているディルの頭をひと撫ですると、優しく話しかける。


「さてディル、ここなら元の姿に戻れるかな?」


ロウの声を聴いたからなのか、ディルがスルスルとロウの肩から降りてきて地上を滑るように移動して少し離れると、突然強力な魔力が湧き上がりディルの身体が膨張し始めた。

ディルの内側から溢れ出る魔力が空間を歪めるかのように広がっていくと、ロウを獲物と見て木陰から狙っていた獣や魔獣達が、まるで蜘蛛の子を散らすかのように魔境の奥へと逃げ込んでいく。


しばらくして強大な魔力の拡散が収まると、そこにいたのは見慣れた小さな黒蛇ではなく、大蛇とも呼べる巨大な黒蛇であった。


漆黒の艶やかな身体の色は変わりないが、鱗は腹の部分の鱗だけが薄い灰色になっていて、体長は10m位にまで伸び、それに伴い胴回りも優に1mを越えている。

しかし、これまでの黒蛇姿と異なるのは大きさの違いだけではなく、大蛇に変化しその頭となる部分が人型になっていることである。


ウェーブのかかった漆黒の長い髪が魔境の木々の間を抜ける風に揺れている。切れ長の細い目は妖艶さを隠さず、鮮やかな紅色の瞳は縦に裂けている。

真白な肌が朝の光を反射して輝いているかのように見えるが、漆黒の鱗が対照的で、余計に肌の白さを際立たせていた。


黒蛇ディルの正体は、上体は若い女性で太腿の付け根付近から蛇の姿をした妖魔族のメドゥーサ、しかも上位種であった。


名 前:ディル

種 族:妖魔族ハイメドゥーサ

状 態:平常

能 力:上位種 ロウの眷属


固有能力:【六魔眼(石化/魅了/麻痺/看破/隷属/鑑定】【変化】

特殊能力:【属性魔法(水土闇)】【治癒魔法】【物理魔法抵抗】

通常能力:【感知】【索敵】【威圧】【硬化】【毒牙】


「ロウ様!」


変化を終えたディルは眼下にロウの姿を認めると満面の笑みを浮かべて両腕を広げ、まるで二階の窓から飛び降りたかのようにロウに飛び込んで抱きしめ、そのまま抱え上げて細腕で締め上げた。

女性姿とはいえ、妖魔の腕力は相当な力だ。ロウの身体がギシギシと音を立てる。


「い、いややや!ディルさん、く、苦しいぃぃ!」

「あああ、す、すみません!だ、だいじょうぶ?」

「ぅはぁ・・・、ああ、大丈夫、だ。」


ディルは慌ててロウを地面に降ろし、心配そうにロウの顔を覗き込む。

しかし、ロウは妖魔族の渾身の力で締め付けられたというのに特に怪我をした風でもなく、肺の中に空気を取り込もうと懸命に呼吸をしているだけだった。


しかし、ふと視線を上げてディルの裸体に気が付くと途端に顔を赤らめ、慌てて後ろを向いて魔法拡張鞄に手を突っ込んだ。


「早く服を着ましょうか。目のやり場に困りますから。」

「別に構わない。存分に見ていい。」

「いやいやいや。他に人に見られたら嫌でしょ。早く着なさい。」

「こんな所、ロウ様以外の人族なんて誰も来るわけない。」


ディルは腕を後ろで組み、ただでさえ豊満な胸をさらに強調するように突き出してくる。

ロウは魔法拡張鞄からディルの革のベストと腰巻を取出し、なるべくディルの裸を見ないように明後日の方を向いて手渡した。

ディルが渋々ながらも衣類を身に着ける気配を感じてホッと胸を撫で下ろす。


ディルは一見は見た者を魅了して虜にするような妖艶な美女の姿なのに、言葉使いや素振りはどこか子供っぽい所がある。

今更ながらロウはそのギャップに溜息を付いて肩を落としていると、背後からまた元気な声が聞こえてきた。


「あーー!元に戻るの久し振りぃ!やっぱり清々する!」

「そうだね、北の鉱山から街に戻って以来だから半月ぶり位かな?すまないね、街に閉じ込めちゃって。」

「うん!あ、でも小さくても窮屈じゃないよ?ロウ様と一緒だから全然平気。色々な美味しい物もたくさん食べられるし。」

「そうか、それなら良かった。」


自分の両腕をロウの右腕に優しく絡め、まるで恋人同士のように身を寄せてくる。

この二人の関係は、いったいどのくらい続いてきたのであろうか。


遥か昔、どこかの国の迷宮で対峙し、互いに体中が傷だらけになるまで死闘を繰り広げてから、これまでずっと共に過ごしてきた。

その後、ディルが望んでロウの眷属となってからはさらに強い絆で結ばれ、この二人が今後別の道を歩くようなことは決して無いであろう。


「さぁ!今までロウ様に運んでもらったから、今度はディルの番だよ!」


そう言うとディルはもう一度ロウを抱え上げる。所謂お姫様抱っこだ。


「ま、まってディルさん!これはちょっと恥かしい。」

「さっきも言った。こんな所、人族なんて誰も来るわけない。だから平気。」


ディルは気にする風でもなく寧ろ上機嫌な笑顔で答えると、巨体とも思えぬ速さで、文字通り地を這うようにして深い森の中へと侵入していった。



本来のハイメドューサの姿に戻ったディルは、深い森の木々の間を易々と鳥が空を飛ぶような速さで進んでいく。


さすがに妖魔種のしかも上位種の内側から溢れ出さんばかりの魔力の気配は強大で、たとえ強力な「魔境」にある魔獣であっても、その気配を察知すると身を潜めてやり過ごすか、一目散に逃げ出すしか術がないようである。


そう、ハイメドゥーサならばこの「魔境」においても、パワーバランスの頂点に立つことも出来るほどの種族なのだ。

これほど強力な種族を眷属として従えているのだから、ロウが「魔境」に入ることを楽観していたのも頷ける。


移動の途中でこの二人に襲い掛かってくる魔獣は殆どなく、ディルを見て恐慌を起こし逆に突っ込んできた肉食竜種ラプトーンも、ディルの水魔法【ウォーターソー】であっけなく首を落とされ、もれなくロウの素材の対象となった。


ラプトーンは土竜の劣等種で体長は7m位ある魔獣である。

素材としては二十枚の硬い外殻と、金属性の四本の角や牙爪、尻尾の筋、外殻下の皮膚などが、武器や防具の素材となる。

また、魔力を帯びた骨は杖や薬品の素材に、胆や心臓など一部の臓器も乾燥させれば薬の材料となる。

当然、肉も食材としては最高級品となるので、ロウが冷蔵庫代わりに創りだした亜空間【氷結世界】に投げ込んで冷凍保存しておく事にした。


そして最も価値があるのが魔核である。

ラプトーンの魔核は人の胴体ほどの大きさになり土属性の魔力を内包しているので、農業や酪農関連の地業で高い需要があるため高値で取引されているのだ。


結局、ラプトーンの解体にその日一日を費やしてしまったロウ達は、古代魔法の一つ【大地操作】を使って余った死体を埋め、そこから更に陽が落ちるギリギリまで先に進み、適当な水場を見つけたのでこの日は野営することにした。


野営食は当然ロウが作っている。

今日はディルが一日中走り戦闘までこなしてくれたので、労いも込めて腕によりをかける。


今日倒したばかりのラプトーンのブロック肉を、槍先に刺してじっくりと焼いていく。焼けた部分から短刀で削ぎ落とし、そのまま口に運ぶ。

調味料は塩を掛けるだけのシンプルな料理だが、素材の良さも相まって実に美味しくなる。ディルなどは焼けた側から口に入れていくので、ロウはニコニコしながら食べさせてあげている。

別の火で煮ているキノコと青菜、そして塩漬け肉を入れたスープも出来上がり、ディルの意識がそちらに行ってようやくロウは解放された。


ディルがスープの熱さに四苦八苦している間に、ロウは飯盒で炊いた米を握り飯にしていく。この握り飯がディルの大好物なのだ。

自由都市ラプトロイは、トウード家の先祖である勇者がもたらした異界の風習や料理のレシピが溢れており、他に国には無い奇抜で非常に美味しい料理が食べられる国と有名なのだ。


今ロウが作っている握り飯は、その勇者が十年の歳月を掛けて生み出した至極の料理、とされている。

だが、実際にそれを作っている者にとっては、こんなに簡単にできる料理がなぜ至極なのか、良く判らないところだ。確かに美味しいし、米も麦より少し高い位で簡単に手に入るので、都市国家では広く普及しているのだが。


とにかく、炊いた米を手のひらに塩を塗付けて少し大きめに握っていく。勇者レシピによれば外はしっかり中ふんわり、だそうで、ロウ自身それがどんな状態なのか良く判っていないが、とにかくイメージして米を握っていく。

大きめの飯盒なので握り飯は五つ作る事ができたが、これも異界料理の一つであるノリを巻いて完成である。


「きゃ~~!美味しそう!おにぎり大好き!」

「はは、たくさん作ったから、慌てないでゆっくり食べなさい。」


本当に簡単に作る事が出来る料理なのだが、ディルは好物を目の前にして飛びついて行き、両手におにぎりを持って右と左を交互に噛り付いている。当然五つともディルの胃の中に納まったのであった。


お腹が膨れたら、旅の空の下では後はもう寝るだけである。本当はお風呂にでも入って疲れを癒してから寝たいところだが、野営では仕方がない。


仕方なく川に入って汚れを落とすのだが、ここぞとばかりディルが密着してはしゃぐので、尻尾が川面を叩いて波立ち、ロウは立っていることも出来ないくらいだ。


「うん、やっぱり直接触った方があったかい。こっちの方が好き。」

「だから、そんなに引っ付かない!」


大騒ぎの後、その辺で洗った服を乾かしておいて新しい服に着替え、その辺に持ってきた毛皮を敷いて横になった。

本来なら野営用のテントを張るのだが、ディルが本来の姿に戻っているので入る事が出来ないのだ。


ディルの長い身体がスルスルとロウの身体を囲むように蜷局を撒き、横になったロウにディルがしがみ付く。

ディルが本来の姿に戻った時のお決まりのスタイルだった。


月が出ていないので枝葉の間から見える空には無数の星が輝き、星明りだけで森が作りだす闇を消しているかのように明るい。

鳥や魔鳥が眠るこの時間になって、ようやく虫たちが動きだし、自分の身体を白黄橙に光らせて番となるべく相手を呼んでいる姿が幻想的だ。


「今日はだいぶ道草しちゃいましたね。明日は少し急ぎましょうか。」

「う~ん、のんびり行くのがいい。お店ではこんな事出来ない。」

「はは、仕方がないさ。小さい店だもの。」

「うん、いつかきっと人化の魔法を覚える。」

「まぁ、焦らず行こう。迷宮から魔道書が見つかるかもしれないし、いずれ店を閉めて魔境に住むかもしれないし。」

「うん!ディルはずっとロウ様と一緒だよ!でも街のお菓子は毎日食べたいかな。」

「それじゃ、今まで通り街に住むしかないね。時間を見つけて迷宮で頑張ろうか。」

「うん、分った!」


この場所だけ静かな「魔境」の夜はゆっくりと更けていく。

いつしかディルの呼吸が規則的で優しい音色を奏で始め、ロウの腕にかかる力が徐々に弱くなる。

そんな様子を笑顔で見つめ、ロウもゆっくりと目を閉じるのであった。


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