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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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58.道具屋と壊れた魔道具


日が射している時間が少しずつ長くなっている辺境の地。

自由都市国家ラプトロイでも、通りを歩く人々は袖が短いシャツを着る者が増えてきている。


気温も徐々に上がってきてはいるが、密集した建物の間を縫うようにして走る風は、建物の影の中に入ることで冷やされて、窓さえ開けていれば家の中にいても快適だった。


季節感はあまり無い辺境ではあるが、この地に住む人々はこんなちょっとした変化を敏感に感じ取り、自分達の生活形態や着物、持っている道具類を少しずつ変えていくのである。



この日、いつも通りに店を開けた路地裏の「道具屋」である。

朝の開店からお昼までは全く客は入らないのは相変わらずで、時折開けっ放しの天窓から入ってくるそよ風だけがお客さんであった。


今日も一日、こんな調子かなとぼんやりと考えながら、この店の主ロウは珈琲が入ったカップを口に運び、重厚な店の扉を見た。

するとちょうどその時、店の扉に取り付けた鐘が「からん」と乾いた音をたてて、一見探索者風の男が入ってきた。


「いらっしゃいませ。」

「やあ、ロウさん。お邪魔するよ。」


入ってきた客は、この店で何度か武器の整備や装具を買ってもらっているセンター級の探索者だった。今日は探索は休みなのか、帯剣はしているが防具は身に着けていない軽装で、手にはその辺でよく見かける麻袋を下げていた。


男はカウンターの前まで来ると、手に持った麻袋から何かを取り出してカウンターの上に置いた。


「ご覧のとおりカンテラが壊れてしまってね。新しいのを買おうと思って来たんだよ。」

「それは・・・いつもありがとうございます。」


店のカウンターに置かれたモノは、以前ロウがこの男に売った魔道カンテラだった。


魔道カンテラは、薄暗い迷宮探索では欠かせない道具であり、探索者達からの需要は高い。

台座に魔石が仕込んであって、固定金具から伸びた魔法発動媒体、この魔道具の場合は魔鉄の細い鋼棒なのだが、使用者の魔力を通すことで鋼棒の先端に光魔法が発動し、光球を作る魔道具である。


店に持ち込まれた魔道カンテラは、動力となる魔核を加工した魔石はとうに魔力が無くなっているのだろう。外見も傷だらけで、これまでたくさん働いていたことが分かる道具だった。

こうなるまで徹底的に使われて、その結果壊れてしまったのであれば、道具としての本分を果たしたと言えるだろう。


彼の所属しているパーティは迷宮探索を主な生業としているのだが、昨日の探索の終わり際、暗い細脈道から明るい大脈道に出たところでちょうど魔道カンテラが壊れてしまったらしい。

これまで散々使い込んだカンテラだったが、最後の最後まで役目を全うしたのだった。


この魔道カンテラは、彼らと共に迷宮探索では常に先頭に、休憩する時は常に皆の中心にあった道具である。

彼らにとって「そこにあって当たり前の」道具が壊れ、一旦は直そうとも考えたようだが、あちらこちらが凹んでいるうえ欠損した部品もあるなど、誰が見ても修理不可能なくらいにボロボロの状態なので、心機一転買い替える事にしたのだという。


「一応俺達のパーティでは、万が一の場合を考えてもう一つは持っているけど、これは長いこと使っていたモノだから使い勝手が良いし愛着もあるのさ。」

「ではご購入いただけるのは予備用のカンテラですか?」

「いや、どうせ買うなら同じものを買おうと思ってね。ここの魔道カンテラは頑丈だし、光量も最後まで鈍ることはなかったからな。皆の信頼も厚いんだ。」

「そう言って頂けると職人冥利に尽きますよ。道具は徹底的に使われて、役目を果たすことが仕事ですからね。」

「うん、それでまた同じ物をくれないか?もう造ってないなら、同じような性能のカンテラが良いんだが。」

「もちろん、ありますよ。」


彼はこの魔道カンテラを下取りのために持ってきたのではなく、引き取ってくれれば自分で処分する手間が省けるし、その辺りに捨ててしまうのもどうかと思い、この店の持ってきたということだった。


ロウが営む「道具屋」では、迷宮産の魔道具の買取りは応じているが、中古品の下取りや壊れた道具の買い取りやはやっていない。


そういった商売になると、物の査定をしなければならないため、取引相場も知っておかなければならないし、新製品のチェックなど市場調査も重要になってくる。そんな煩わしいことはしなくないし、本音を言えば中古品を扱うだけの財力が無いのである。

だがら、無償で良いなら壊れたモノでも引き取るし、自分の興味を引く魔道具ならば幾らかの金と引き換えてはいる、という程度なのだ。


一般的に魔道具と呼ばれるのは、使用者の魔力や魔獣の魔核を加工した魔石を動力源として機能を発揮する道具である。


生活密着型の物としては、目の前にある魔法の光が灯るカンテラや綺麗な水を出す水筒、薪などに火をつける着火棒などがある。

特殊な用途で使われる物としては、魔獣除けとなる結界装置や魔法拡張鞄などで、装飾品では腕輪や首輪に魔素吸収遮蔽、魔力循環、体内魔力調整、属性強化、魔法障壁、重力軽減、認識阻害(顔)などの魔法付与を施したものが一般的である。


いずれにせよ、一般人から探索者まで、その用途に合わせて様々な魔道具を所持しているのだ。


さて、ロウが製作したこの種の魔道カンテラは、迷宮では魔石の魔力消費が抑制されるよう、小さな魔素吸収の魔法陣を付与してるので、魔石が長持ちすると購入者の評判も上々で、三十日に一つは売れる人気商品だ。

三年も前に作った魔道具なので流石に同じ物は置いていないが、最近作った新型の魔道カンテラならば在庫はある。


ロウは魔道具を陳列している棚から魔道カンテラを取出し、男の目の前に置いた。

直方体だが外殻が四面とも少しだけ丸く膨らんだ形で、四面の全てに小窓が付いているカンテラである。


「この魔道カンテラは三年前の物とは少し形が違いますが、多少は軽量化してますし、若干ですが光源も強くなっていますよ。」

「ほう、それは助かるな。第十階層はヒカリゴケが少ないからな・・・。暗がりが多くて緊張しっぱなしなんだよ。」

「それと・・・保護板の内側を磨いていますので、このように三辺を閉じれば「光の反射」を利用して結構遠くまで照らせます。」

「おお!結構光が強いな!光を集めているのかな?これは良い。」


カンテラは周囲を照らすだけではなく、遠くまで照らす懐中電灯のようにも使える道具である。


しかし、この世界では鏡はまだまだ貴重品なので、効率よく光を集め遠くまで飛ばす手段がない。

そこでロウは、カンテラの囲いに使っている軽金の内側を磨き上げて鏡面に近い状態にした。さらに板を湾曲させて反射角度を調整し、一カ所に光が集まるよう細工して、光を遠くへ飛ばせる魔道具を製作したのである。

小窓をすべて開ければカンテラの周り全体を照らし、一面だけを開放すれば、進行方向をある程度遠くまで照らす事ができる。そんな魔道具であった。


ロウは魔道カンテラを起動させ、実際に光を灯して見せる。


「それほど遠くまで照らせる訳ではありませんが、以前のものよりは使い勝手は良いと思います。」

「いや、十分な性能だよ。うん、これをもらうよ。あと、中級の魔力回復薬も頼む。四本くれ。」

「はい、毎度ありがとうございます。」


男は魔道カンテラと回復薬の代金を支払い、新しいカンテラを手に提げて店を出て行った。



ロウはカウンターに残された壊れた魔道カンテラを見詰める。


直方体のラカンテラは台座から伸びる四本の支柱が伸び、壁間の四面は軽金の壁で囲まれていて、スライド式の小窓が取り付けてあった。


三年前に作って売れたこのカンテラは、取手部分が壊れて無くなった代わりに太い麻紐が通され、何処かにぶつけたのか支柱も二本曲がっており、薄壁も歪んでいた。

外側は傷だらけで塗装も剥げ落ち、台座の中にある動力となる魔石を固定する金具も壊れてグラついている。


だが、決して雑な扱いを受けていたわけではない。その証拠に所々修理した跡も見られるし、傷や錆もあちらこちらに見えるのだが、油や塗料を塗り直して整備されていた形跡も残っていた。

ロウが見ても、この魔道カンテラは役目を全うするまで、長年持主に貢献し大切にされてきた道具であった事が直ぐに分る状態だった。


通常、壊れた魔道具を引き取ったならば、廃棄品として処分するだけなのだが、ロウはその行為に少し躊躇いを感じていた。このカンテラは元々ロウが自分で作った魔道具なのだから。


(少しの間だけ、過去に戻ってみようか・・・)


師匠のサキから魔道具の知識を教えられていた頃、今のように壊れた魔道具を分解して使えるものと使えないものに部品を分別し、なぜ壊れてしまったのか、どうしたら直せるのか、何度も何度も考察文を書かされた事があった。

道具が壊れるまでの過程には必ず何らかの要因があり、最終的に破壊の原因となる外力が働く。その要因を突きとめ、対費用効果を考えながら対策を講じることで、丈夫で長持ちする道具を生み出すことができるのだと。


そんな事を考えながら、ロウは壊れたカンテラを持って工房へ向かう。カンテラを作業台に置くと、もう一度詳細に観察してから分解し始めた。


この魔道カンテラは、基礎となる台座、四本の支柱、軽金を延ばした外殻、天蓋と丸環、取手を組み合せて作られていて、この中に魔力供給源となる魔石と魔法発動媒体である魔鉄の心棒、光を集める反射体が組み込まれてる。


台座の中心には光魔法で作る光球を固定する魔法発動媒体が配置されていて、台座の中に格納した「魔石」に直結されている。魔石に生活に関わる小規模魔法、所謂生活魔法で使う程度の魔力を流せば、光魔法が発動する仕組みである。


ロウは台座の底にある開閉部から魔石を取り出した。魔石に込められた魔力はすでに失われていて、見た目は透明度が低い水晶に似ている。再び魔力を込めれば再利用できない事もないが、充填される魔力量や効果などは低下してしまうので、使い捨てるのが一般的である。


次に、ネジ込み式の固定金具を外して台座と支柱を分割し、軽金製の外殻内側を覗くと、長年使い込んでびり付いた汚れや細かい傷、羽虫の死骸などがあちらこちらに付着していた。

外殻の内面には、丹念に磨き上がられた魔水晶が取り付けられていて、なんとか人の表情を映すことが出来る程度には滑らかな反射面になっているが、それも傷が入って新品のような輝きは失われていた。


この世界では透明な硝子の生産が発展しておらず、また非常に高価なためカンテラなどには使われない。その代用品として、当時のロウは魔水晶を集光手法としていたのだ。

今では少し技術も進み、様々な研磨材料が販売されているので、金属を磨き鏡面のような滑らかさに仕上げることが可能となったが、鉱石の研磨は非常に手間がかかる難しい作業だった。


天蓋も外して、支柱の削溝に入った外殻を取ろうとしたが、支柱自体が曲がっているため、中々引き抜けない。

ロウは道具箱の中から金属鎚を持ってくると、小刻みに軽く叩いて支柱の曲がりを修正していく。歪みが消えると外殻はすんなりと引き抜けて、四本の支柱と軽鉄の薄壁四枚に分離された。


これで殆どの部品が分解されたカンテラは、台座に魔法発動媒体の魔鉄棒が刺さっただけの状態になった。


ロウはもう一度観察してみると、魔法発動媒体である魔鉄棒が、台座との固定部分、根元付近て少し曲がっていて、良く見るとそこには亀裂も入っていた。魔法光が付かなくなった原因は、この傷であろうか。


おそらく、カンテラの中を掃除するため、上蓋を外し、狭い開口から無理矢理手と布を突っ込んで拭いていたために曲がってしまったのだろう。


「掃除をもっとし易いように工夫しなければなりませんね・・・」


壊れた原因は魔鉄棒の破損、破損に至る要因は、開口が小さいための整備のし難さにあった。


「要因と原因が分かれば、改善方法はいくらでもあります。」


最後に台座から魔鉄棒を引き抜くと、魔道カンテラは完全に分解されて「道具」から「部品」に戻ったのである。


分解した部品を一つ一つ乾いた布で拭き、錆や汚れが強い部分は石粉を水で溶いた研磨水を使って汚れを落としていく。

魔鋼棒に付いた傷は錬成魔法で元通りにし、曲がった部分は軽く魔力を込めながら金属鎚で叩いて真直ぐな状態に戻した。


ロウは魔道カンテラの修理に没頭していく。見慣れた工房の景色も、天窓から聞こえる外の喧騒も、ロウの五感から徐々に消えていった。


作業の音だけが流れる工房の中を、天窓から入ってきた風が通り過ぎて行ったが、至福の時間を堪能しているロウが気付くことはなかった。








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