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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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57.道具屋と泣き虫少女の成長


魔法系特殊能力である魔力操作とは、体内の魔力を任意に動かし、放出と取り込みを自在に操るほか、魔力を動力源としてではなく「道具」として扱うことが出来る能力で、自分以外の生物の内包魔力を感知する【索敵】や逆に魔力を受け流す【隠蔽】、【身体強化】などは、基本的に魔力操作の派生能力と言われている。


属性魔法とは異なり、物質を具現化する魔法ではないので、後天的に「視て」覚える事ができない能力であり、この能力習得できるのは先天的に能力を所持している者だけであった。


魔力という目に見えず、触れることも出来ないモノを、人族の五感でどのように感じ取る事ができるのか。

それとも、この世界には特定の者だけが持っている別の「感覚」が存在するのであろうか。



ラプトロイ迷宮の第一階層で、道具屋ではなく探索者となったロウと、ビギナー級探索者のリル、イシュル、リンセルの三人がパーティとなり小鬼を討伐している。


始めのうちこそ腰が引けていた三人だが、小鬼が二、三匹程度なら何とか対応できるほどには動きが良くなった。


イシュルは【身体強化】を上手に使い、小鬼を翻弄しつつ徐々に戦力を奪い、リルはイシュルの死角から襲ってくる敵を弓矢で牽制する。時々小鬼のヘイトがリルに向かった場合は、剣術も属性魔法も使う治療魔法士のリンセルが対応している。

三人が連携すれば、三匹から四匹の小集団なら問題なく討伐できるレベルだ。


ロウと言う強者が一緒にいるという安心感からか、心配されていたリルの臆病さもそれほど表に出ていない様子だった。


幾つかの小部屋を攻略し、小鬼の魔核や持っていた武器がだいぶ溜まってきた頃、ロウがリルに声をかけた。


「リルさん、怖くはないですか?」

「えっと、最初は怖かったけど、みんなが一緒だと安心する。だから大丈夫。」


ロウはリルの言葉に頷くと、今日の目標は達成したとばかり、全員に声をかけた。


「今日の探索はこれで終わりです。明日、もう一度迷宮に来て、その時に魔力操作を覚えましょう。」


この日の討伐を終えて、一行は迷宮の外に出る。


外はまだ明るかったが、鐘四つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)を少し過ぎている刻限だろうか。


まずは今日の戦利品を換金するため、探索者組合に向かった。


小鬼二十一匹分の魔核と、小鬼が持っていた鉄製の武器を買取り窓口へ提出する。

迷宮へ通い出したルーキー級探索者の稼ぎに比べれば半分もなく、全て合わせても10,000ギル(銀貨一枚)にしかならない報酬だったが、リルとイシュルは安価な組合の宿舎に泊っているし、リンセルは帰る家があるので今日の食事代位のお金は手元に残る。


やはり、ビギナー級の間は街中の依頼や害虫駆除をこなしていく方がお金になる。掛け持ちすれば一人当たり一日5,000ギル(大銅貨五枚)位になる依頼が多いからだ。


小鬼の殆どをロウが倒しているわけだが、ロウは報酬を受け取らず、全てをビギナーズの三人に渡した。

恐縮する三人だが、三人で分けると微々たる額にしかならない報酬をロウが貰うわけにはいかない。


「さて、お腹もすいたでしょうし、ご飯を食べに行きますか。」


ロウは三人を連れて組合を出るとすぐに裏路地へ入って行き、幾つかの角を曲がって一軒の食堂に入って行った。先を行くロウに訳も分らず付いてきた三人も、おずおずといった感じで扉を潜った。


カウンターで四席、四人掛けテーブルが二つしかない、こぢんまりとした食堂である。

ロウが訪いを告げると、厨房の方から恰幅の良いおかみさんが出てきて、ロウを見るなり笑顔を見せ、大きな声で言った。


「ロウ!久し振りだね!ウチのことなんかすっかり忘れてんじゃないかと思っていたよ!」

「ホーリーさんこんばんわ。ついご無沙汰してしまいました。最近、探索活動はしていないのでこっちに足が向かないのですよ。」

「それならいいさ!まぁ可愛い女の子三人も連れていい御身分だね!っと、ディルはどうしたんだい?」

「今日はこの子達ビギナー三人の指導だったのでお留守番です。また連れてきますよ。」

「そうかい?アレが大人しく留守番しているとは思えないがね。」


おかみさんが頬に指をあてて首を傾げ、それでも注文は?とロウに訊ねる。


「肉巻ご飯、ホロホー鳥のモロコシバター焼き、赤野菜盛りと白イモのクリームスープを三人分。お茶もお願いします、僕はロコの実と蒸留酒を。」

「あいよ!全部大盛りでいいね?なに!余ったら明日の朝も食べられるように包んでやるからね!座って待ってな!」

「ありがとうごございます。」


おかみさんが厨房へ消えるとすぐに料理を作る小気味よい音と香ばしい香りが漂ってくる。

そしてそれほど待つことなく、両手に大きなお皿を持ったおかみさんが現れて、テーブルの上にドンッとお皿を置くと、また厨房へ戻って行き、再び大皿を持ってテーブルにやってくる。


「さ!いっぱい食べな!どうせロウの驕りなんだ!遠慮はなしだよ!」


テーブルいっぱいに置かれた美味しそうな料理に、リルとイシュルは目を輝かせ、リンセルは戸惑いの表情を浮かべる。


「え?あ、あの・・・」

「二人の初迷宮探索のお祝いです。ホーリーさんの言う通り、たくさん食べて下さい。」

「ひゃ~~!!!に、にくぅ~~!」

「お、お肉なのです!・・・本当に食べていいのですか!?」

「もちろんです。たくさん食べて明日もがんばりましょう。」


獣人族の二人も、最初は遠慮していたリンセルも、美味しそうな香りに抗えず次々と料理を平らげていく。

今日の迷宮での出来事を、あーだこーだと話しながら元気よくご飯を食べる姿は、毎日命の駆け引きを行う探索者ではなく、どこにでもいる未成人の女の子の顔だった。



翌日、ロウとビギナーズは迷宮の入口付近で待ち合わせをして、再び迷宮に潜っていく。


今日はリンセルは別行動である。もともと彼女は別の探索者とパーティを組んでいるので、休暇日以外はリル達と同行することは出来ないのだ。


そんなわけで、三人だけのパーティである。

リルもイシュルも、いずれは二人だけで小鬼と戦わなければならないことは分っていたので、リンセルがいなくても不安を感じている様子はない。


三人は、早速細脈道を進んで小部屋にいる小鬼を討伐していく。


小部屋にいるのは六匹から八匹程度の集団だが、昨日と同じようにロウが二匹だけ残して殲滅し、残りをビギナーズが協力して倒すやり方だ。


ロウが前線から引くとイシュルが飛び出して、一匹の小鬼と刃を交える。イシュルの武器は刃渡り60cm位の両刃の片手剣で、小鬼相手ならリーチで勝っており、危なげなく小鬼を翻弄している。

リルの弓はごく普通の、どこにでも売っている狩猟用の短弓で、威力はないが的を狙いやすく、命中率が高い弓だ。


獣人族である二人は身体能力が高いので、敵に勝るスピードを生かして細やかに動き回って攻撃し、小鬼の攻撃を躱して、確実にダメージを与えていく。


昨日の戦闘と比べ、一際動きが良くなったのはリルで、以前のように魔獣を見ただけで泣き出すようなことはない。

イュルを助けるため矢を放ち、時にイシュルから助けてもらいながら、自分にできることを精一杯やっている。いや、懸命にやろうとしていた。


そんな戦闘を何度か繰り返し、リルは自らが倒した魔獣から魔素が霧散する感覚を理解し始めた。第一関門となる「魔素を感じる」ことを出来るようになったのである。


次に覚えなければならないことは、自分の身体の中にある「内包魔力」を感じること、意識することである。

それには、魔獣を倒したり、他人から魔力もらう魔力譲渡を受けて、自分の内包魔力以外の魔力を感じ取ってもらうのが一番手っ取り早いのだ。


「ではまず、外からの魔力を掴んでみましょう。リルさんに僕の魔力を移します。」


ロウがリルの掌を掴んで、二人は両手を取合う形になった。

その状態から、ロウは自分の魔力をほんの少し、自分の右手からリルの左手に魔力を通していく。


「あ!これ!」

「そう、それが魔力の流れです。その感覚を忘れないように。次は反対側からです。」

「なんか、変わった・・・」

「入口を逆にしました。続いて循環させます。」


ロウの右手からリルの左手に入って行き、リルの右手からロウの左手へと戻ってくる。


「わ、わわ!なんか体の中で動いてる!」

「そう、それが魔力操作の感覚なのです。身体の中にある内包魔力限定ですけどね。」


リルは目に見えない魔力というものを、意識して感じ取れるようになったようである。

それが出来れば、ここからが魔力操作の習得となる。ロウはリルの一旦手を離し、今度はリルだけで今の感覚を再現できるように誘導していった。


「リルさん、身体強化の魔法は使えますね。」

「うん、使える。でも、力はちょっとしか上がらない。」

「それはどんな感じで発動させるのですか?発動した後の感覚は?」

「えっと、イシュルと同じ。身体全体を元気にする感じかな。元気になれー!って思うと、胸の辺りが暖かくなる。」

「では、その感覚を身体全体ではなく片腕だけに集めることは出来ますか?」

「む、師匠の言ってることが良く分からない。片方の手だけ元気になれってこと?」

「いえ、どちらかと言えば、今まで通り自分の全身を思い浮かべて全体を強化してから、足、身体、右手と消していって、左手だけ残るようにするのです。」

「む、難しい・・・」


もちろん簡単にできることではない。

何度か繰り返し、少しずつ前進していくしかないのだが、ロウはすぐ出来るようになるだろうと楽観的に見ている。なにせ、リルには先天的能力として【魔力操作】が備わっているのだから。


「身体全体に強化魔法がかかり、魔法で包れた状態を想像しましょう。全身が光り輝いている。」

「う、うん・・・」

「まず、右足・・・爪先から魔法が消えていく・・・同じように右足も消していく。続いて下半身、おへその辺りまで消す。続けて胸下くらいまで。最後に右手の魔力を消す

「け、消すって・・・どうやって・・・」


やはり、最初から簡単にできるようなものではない。同じことを繰り返し、身体強化魔法を切掛けにして固有能力【魔力操作】を発動させようと試みる。


やがて・・・リルは自分の内包魔力を自分の意思で動かす事に成功した。


「できた!!!」

「うん、良くできました。頑張りましたね。」

「し、師匠・・・で、できた!やっと・・・やっとでぎだ・・・」

「リル!やったのです!!すごいのです!!」

「う、うん・・・ご、ごれでふーどけいやくでぎるー!!うわぁぁぁあん!!!」


イシュルに抱きかかえられながら泣きじゃくるリルだが、それはロウが一番最初に会った時の悲しげな泣き顔ではなく、喜びに弾けた笑顔とも見える表情だった。



その日は迷宮での探索を早めに切り上げて、探索者組合に寄ってからロウの店「道具屋」に戻ってきた。

日が落ちるまではのんびりと過ごして身体を休め、依頼を終えて帰ってきたリンセルが合流したので、いよいよリルとフーコの従魔契約が行われる。


なんでもリルが従魔契約をするときは、リンセルも立会うという約束をしたのだとか。


緊張した面持ちのリルが、ハクの頭の上に止ったフーコと向き合う。

リルは傍から見ていても極度に緊張しているのが分かるほど頬は真赤で、肩を上下させて荒い息を吐いていた。


従魔契約をする時に、もしフーコに拒絶されたらどうしよう。つい、そんな事を考えてしまう。


「リル!お、落ち着くのです!そんなんじゃフーコも怖がってしまうのです!」

「う、うん。そうだよね、落ち着け・・・落ち着け・・・」

「リルちゃん、大丈夫だよ!ずっと家族だったんだから、失敗なんかするわけないよ!」

「うん、フーとはかぞく、大丈夫、大丈夫!」


リルは目を閉じて深呼吸を繰り返し、幾分落ち着いたところで目を開けた。

おずおずといった感じで左手を伸ばし、フーコの羽にそおっと触れる。そして、憶えたばかりの【魔力操作】を発動させた。


「ふー、リルとふーはずっと家族だったけど、これからも家族でいてね!」


それは従魔使いが契約時に使う【魔法詠唱】ではない、ただの言葉である。

しかし、リルとフーコには、そんな決められた詠唱よりも、ずっとずっと分り易くて、確かな絆を結ぶ言葉だった。


「ホ~」


相変わらず間延びした鳴き声でフーコが応えると、小さな身体が一瞬だけ光りに包まれ、やがて消えた光の中には元の黒より一層艶やかな漆黒の羽を持ったフーコが羽を広げていた。


「ふー?」

「ホ~」

「契約は成功したようですね。ちゃんとフーコの能力も解放されていますよ。」

「ふー!よがった!!」


リルがフーコを抱きしめ、大粒の涙を流して泣き出した。

迷宮で恐怖と戦い、家族のため、仲間のため、必死に強くなろうと努力した少女は、少しだけ心が強くなってもやっぱり泣き虫のままだった。



それからしばらくして、自由都市国家ラプトロイ探索者組合に、ビギナー級の女の子三人で結成された新しいパーティが登録された。

軽戦士と治療魔法戦士、従魔弓使いという何とも不思議なパーティだが、仕事は早いし丁寧で依頼主からの評判も上々だとか。


三人はとある路地裏の店で売っている、最高の武器と防具を「買う」ために頑張っているらしい。









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