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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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53.道具屋と仲間と友達と


この世界で最も死亡率が高いのは戦争に赴く兵士や傭兵ではなく、魔獣を相手に金を稼ぐ探索者だと云われている。


だから、探索者が仲間と共に行動するのは、単に金稼ぎの効率を追及したためではなく、魔獣との戦いの中で生存率を上げるためなのだ。


仲間を募る条件は、その者の得意とする戦闘スタイルが優先となるが、特に前衛職や魔法職は常に募集されていて、自分に合った仲間が見つかるまで様々なパーティを渡り歩く者もいる。

それに対して、弓や槍など中衛的戦闘職は、中々良い仲間に出会えないようだ。


自由都市国家ラプトロイには「探索者養成所」があり、探索者を志す者に技術と心構えを教えている。

同年代の若者が集まるので、学んでいる間に気の合った者同士で集まり、正式に探索者として登録した後もパーティを組む者が多いようだ。


しかし、元より都市国家に住んでいる者は養成所出身であるが、他国から流れてきた者はそんな教育を受けていない者も多い。


親がいない、働く場所が無い、口減らしで住む場所を追われたなど理由は様々だが、生きるために身一つで探索者にならなければなかった者もいるのだ。


辺境にあるラプトロイは、探索者にとって一獲千金の夢を叶えることが出来る街である。

そんな街だからこそ、様々な事情を抱えて流れてくる者も少なくないのだ。



ラプトロイの街で鐘が一つ鳴響く刻限(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)に、道具屋ロウとビギナー探索者の四人組が東門へ戻ってきた。

夜明けと共に野営を引き払い、飄々と前を歩くロウとは対照的に、若い四人の表情には隠しきれない疲れと居心地の悪さが現れている。


昨晩の野営の時に、四人はパーティを存続させるか否かでだいぶ議論したのだが、人間族の二人と獣人族の二人の間の溝は埋まることは無かった。

ヨアンとモントロルは、イシュルだけはパーティに残るよう勧誘していたのだが、二人の誘いにイシュルは決して首を縦に振らなかったのだ。


分裂の原因となったリルは、ただ俯いて三人に話を聞いているだけで一言も喋らず、ずっと何かに耐えている様子だった。


最後の方では四人とも感情的になり過ぎて、ただの言い合いになってしまい、魔獣もいる危険地帯にいるというのに険悪な雰囲気になってしまった。


今回のパーティが崩壊した原因は、運悪く各上の魔獣と遭遇してしまったためであり、彼らの力量ではたとえ連携が取れていたとしても太刀打ちできなかったであろう。

臨時に組んだパーティが、たった数回戦闘を共にしただけで、直ぐに仲間との連携が取れるわけはないのだ。


まだまだ未熟な彼らはそれに気付かず、命の危険を感じるほどの戦いを経験したことで、ついつい感情的になってしまっている。


こんな時、部外者が何を言っても無駄である。年長者として助言の一つでもしてやりたいところであるが、ロウの一言で話しが拗れてしまっては元も子もない。


「皆さんそれぞれの思いは良く分かりますが、街を出る時にパーティを組んだなら、町へ戻るまでは仲間です。まずは全員で生還しましょう。」


ロウは探索者として最も重要なルールを四人に再認識させ、とりあえずその場を収めたのである。


街に入った一行はそのまま探索者組合まで出向き、森の浅層で手長猿(テェンタエイプ)の群れと遭遇した事を報告した。街近くの森で手長猿(テェンタエイプ)群れがいるのは、どう考えても異常な事態だ。


組合に入って当事者である四人にきちんと報告させる。森の異常を組合に報告すれば報奨金が出る場合もあるのだ。

その後、ロウの魔法拡張鞄に入れてきた手長猿(テェンタエイプ)の死体を、素材として組合に売却卸して得た報奨金をすべて四人に渡した。


「そんな・・・お金まで受け取れません。お薬代も払えないのに・・・」

「昨日も言いましたが、私の都合で介入したのです。対価を頂くためではないのですよ。」

「でも・・・」

「これからたくさん経験を積んで良い探索者になってください。そしていつか私の店のお客さんになって頂ければ、それで十分ですから。」

「・・・はい、分りました。今回は先輩に甘えさせてください。いつか道具屋さんで装備が買えるように頑張ります!」

「「「「本当にありがとうございました!」」」」


頭を下げて礼をいう四人に、老婆心からなのかロウはもう一言付け加えた。


「君達はこれから色々な能力が開花していきます。その度に戦略を見直し、より高みを目指していくのですから、その過程で失敗だって十分あり得るのですよ。」

「「「「はい!」」」」


四人はもう一度みんなでよく話し合い、今後のことを決めていく事を約束してくれた。

余計なことをしてしまったかな、とほんの少し後悔しつつ、ロウは四人組と別れて探索者組合を後にしたのであった。



想わぬ事態に遭遇してコショウ探しの出鼻をくじかれたロウは、それでもその日のうちに再出発し、以前から知っていた群生地で無事にコショウの実を得る事ができた。

以前来た時よりはだいぶ多く実が成っていて、熟したものも未熟なものも両方採取できたのでロウもディルもホクホク顔である。


早々に街へ戻ってきたロウは、集めてきたコショウの実を、そのまま天日乾燥させる未熟ものと、水にさらしておく完熟ものとに選別する。

最初にひと手間かけるだけで異なる風味の故障が出来るので、ロウはそれをブレンドして使っているのだ。


ロウは店こそ開けておいたものの、凡そ道具屋らしからぬ作業を二日ほど続け、流石にそろそろ本業へ戻らなければ不味いと思いながら、陳列してある道具類の埃を落としていく。


ところが、そんなロウの思いを見事に裏切る厄介事(トラブル)が舞い込んできた。


この日、ハクが店を開けた途端に飛び込んできた客が、そのまま店の床に頭を擦り付けたのだ。魔境で助けた四人組のうち、獣人族の二人である。


「リルを先輩の弟子にしてください!」

「・・・」


唖然として小さな猫人族と、少し大きな狼人族の背中を見詰めるロウ。ハクはコテンと首を傾げ、ディルはカウンターの上で眠ったままだ。


店に客が来るかどうかは別にして、そんな所で土下座などされると店の営業もできない。ロウは弟子にしてくれるまで動かない、という二人を宥め、とにかく店のカウンターに座らせた。


「結局、ヨアンとモントロルとはパーティを解散することになりましたです。あたしもリルと一緒じゃなきゃ嫌なので結果的には良かったのです。」

「ふむ・・・解散の理由はこの間と同じリルさんの件かな?」

「はい、リルも少しずつ慣れていくからと言ったのです。でも、それじゃダメだって。だから解散です。」

「リルは役立たずだって・・・。だからおじさんの弟子になって、おじさんみたいに強い従魔使いになって、ふーと一緒にイシュルの役に立ちたいの。」

「あたしとリルは同じ村で育ったのです。二人きりの姉妹なのです。」

「・・・」


ラプトロイから遠く離れた村からやって来た種族が違う二人。成人前の女の子が、二人だけで育った村を離れた理由など聞くまでもないだろう。


二人は他の町で探索者登録をしたので、当然この街の学校にも探索者養成所にも通っていなかった。

この街に流れついてから何日が過ぎたが、これまでは組合から依頼される薬草採取や街の雑用、農園での害獣駆除で糊口を凌いできたという。


「リルのフーコは薬草も見つけてくれるのです。隠れている魔獣だってすぐに気付いて教えてくれるのです。」


イシュルがリルの従魔を持ち上げるが、余所から来た若者が簡単に稼げるほど「魔境」での探索は甘くはない。


薬草を見分けるフーコのお陰で何とか依頼は達成できているが、薬草を求めて森の奥へ行くほど魔獣と鉢合わせする回数が増えて行った。


自分達だけで魔獣を倒すのは難しく、一緒に依頼をこなす仲間を探していた時にヨアン達と出会い、臨時のパーティを組んだのだ。

そして、いつもと同じように薬草採取の依頼と森の調査依頼を受け、魔獣を見つけたら四人で協力して倒そうと話していた矢先に、運悪く手長猿(テェンタエイプ)の群れと遭遇してしまったらしい。


「あの手長猿(テェンタエイプ)の時だって、いっぱいいるから逃げようって言ったのに、リルの言う事は聞いてくれなかった・・・。」

「フーコは戦えないから従魔じゃないって言っていたです。でもフーコだってできる子なのです。」


従魔使いとは、文字通り従魔を使役して敵を倒す職業である。最初から従魔使いになれる者はいないし、確実に従魔を得る方法など誰も教えられるわけがない。


魔獣と契約するためには、その魔獣が相手を主と認めてくれなくてはならない。

世にいる従魔使いと呼ばれる者達は、長い間探索者として活動しくなかで幾つかの偶然が重り、魔獣と心を通わせる機会を得たので従魔使いとなった者ばかりだ。


今は「魔境」にいるロウの従魔テンのように、相手の方から契約を求める場合もあるが、それは極めて稀な事象なのである。


そして、仮に従魔として契約出来たとしても、従魔と主の間で必要なことは、訓練を積むことでも実戦経験でもなく、いかに主従が心を通わせるかであり、それは他人から教わって出来ることではないのだ。


ロウは【鑑定眼】を使ってリルの能力を確認してみる。


名 前:リル

種 族:獣人族(猫人種)

状 態:平常

能 力:探索者


固有能力:【魔力操作(未)】

特殊能力:【身体強化魔法】

通常能力:【弓術】【体術】【気配察知】


獣人族にしては若干魔法寄りの能力であるが、魔力操作の才があるという事は、従魔との魔力譲渡ができるため、従魔使いに「向いている」と言っても良いだろう。

ただ、まだ発現していない能力であり、一緒にいるブラックオウルが従魔契約もしていないのになぜリルを主と認めたのか、良く分からない部分もある。


従魔として契約したい場合は、相手に触れながら、相手と一緒にいたいと願い、従魔と一緒に何を成して行きたいのか、自分の強い思いを心で伝える必要がある。

フーコは薬草が生えている場所とか、潜んでいる獣を教えてくれると言っていたので、何らかの繋がりはありそうなのだが。


とにかく、目のまえの少女達に現在のリルとフーコとの関係や、従魔使いとは何なのかを丁寧に説明していくしかない。


「・・・という訳で、私からリルさんに教えられることはないのですよ。」

「ふーは従魔じゃなかったの・・・」

「リル・・・い、今だけなのです!きっとすぐ従魔になってくれるのです!」


リルは自分が従魔使いではなく、フーコともまだ未契約であったことを知ってショックを受けたのか、目に涙を溜めて俯いている。

当のフーコは黒蛇のディルに興味津々でそれどころではなく、イシュルはそんなリルに声を掛けながらも、縋るような目でロウを見て何かを訴えていた。


偶然助けたこの二人の少女に、ロウが何かをしてあげる義理はない。二人ともそれは十分に理解しているのだろうが、知り合いや頼る者が誰もいないこの街で、少女は藁にも縋る思いでこの店に来たのだろう。


ロウは一つ、溜息をつく。


この店に訪れたのだから、この二人は「お客」である。そして、ここは道具屋だ。それならば、彼女達に「知識」という将来を切り開くための道具を売っても良いではないか。もちろん「対価」は頂くのだが。


「従魔として契約するには様々な方法があります。契約や隷属、魅了もそうです。でも、共通することは名前と共に自分の魔力を与えることなのです。」

「え?」「は?」

「従魔は自分の主を魔力で認識する事ができます。離れていても主の居場所が分ったりもするのですよ。」

「そ、そうなの?知らなかった・・・」

「フーコに魔力を渡し、契約が為されればフーコの新しい能力が顕現するでしょう。」

「そ、それでフーコは強くなれる?」

「幻惑はとても強い魔法です。精神異常系の魔法に抵抗できる人族や魔獣は少ないですからね。」

「さ、さっそくフーコに魔力を渡すのです!契約するのです!」

「リルに出来るかな・・・」


ロウはまず、リルと魔獣のブラックオウルがちゃんと主従契約を結べるように、「従魔契約とは何か」という情報を売った。

そして、リルのまだ眠っている能力【魔力操作】を目覚めさせる方法、その魔力操作でフーコに魔力を与える方法を売り、そして魔力操作を発現させるための方法を売る。


「残念ですが、リルさんはまだ魔力譲渡は出来ません。そもそも魔力というものを感じた事すらないのではないですか?」

「・・・うん、ない。」


それはロウが予想した通りの答えだった。

獣人族は魔法との親和性が低く、一部の種族を除き、属性魔法や職業魔法を扱える者が殆どいないといわれる種族である。


魔獣は人に懐くのではなく、人の持つ魔力に惹かれる。

そんな常識を破った少女と彼女の「家族」である魔獣は、いったいどんな絆で結ばれているのであろうか。








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