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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
53/62

52.道具屋は香辛料を求めて


「ディルさん、大変です。香辛料(コショウ)が残り僅かになってしまいました。」


コショウは、とある木の実を乾燥させて、粉末状にした香辛料である。

原料は魔境の入り口付近に自生しているのだが、乾燥させて保管していた実が無くなってしまったのだ。しかも屋上農園に植えているモノは、まだ収穫できる状態ではない。


「最近忙しすぎて在庫の管理を怠ってしまいました。まさか補充を忘れてしまうとは・・・。」


蜷局を巻いていたディルが身体を真直ぐ上に伸ばし、大きく口を開けて驚いている。

ディルは屋台の甘辛いタレを付けて焼いた肉も好きだが、一番好きなのはやはり塩コショウをふっただけの、シンプルな焼肉である。ディルにとってそのコショウが無くなるということは、この世の終わりと等しい絶望であった。


「すぐに魔境へ行きましょう。時期はまだ少し早いですが、南の方に行けば実を付けているかも知れません。」


ディルが尻尾を振り回して「シャアアアア!!」と声を上げている。

もし、彼女が元の姿のままであったなら、ロウを小脇に抱えてすぐに走り出していたに違いない。


何が起こったのか理解できていないハクを余所に、ロウはバタバタと魔境に入る準備をし、鐘二つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)を少し過ぎた時間に店を出て行った。



自由都市国家ラプトロイの東門を出たロウは、森の中を南東の方向へノンビリと歩いて行く。

二割刻(一刻が四時間、二割刻が二時間、四割刻が一時間、八割刻が三十分くらい)をだいぶ過ぎたくらい歩いて行くと、周囲の様子は徐々に変化し、巨木が聳え立ち、倒木と巨石が壁を作り、少し柔らかめの下草が靴に絡まってくる、どれも見慣れた景色となった。


コショウが自生している場所は「魔境」と森を隔てる崖を降りて半日も歩いた場所である。どのみちこの時間に出発したのでは「魔境」の入口に辿り着くことは出来ないので、森の途中で野営するつもりであった。


少しずつ陽が傾いて行く中、首元にはディル、フードの中にはハクを従えたロウは、足取りも軽く気分良さげに歩いていたのだが、突然顔を顰めて立ち止まり、自分の周りを探るように見渡した。


少し右に入った先で戦闘の気配があったのだ。魔獣の鳴き声と人族の悲鳴とも取れる叫び声だ。

この辺りはある程度街から離れた場所であるが、それほど強い魔獣がいる領域でもなく、新人の探索者達が薬草採取や害獣駆除などの依頼を受けてやって来ることもある。


だが、人族の悲鳴が気になったロウは、足を速めて戦いの気配がある場所へと駆けだした。


巨木を背にして魔獣と闘っていたのは、やはり探索者で、男一人と女三人の四人組である。装備から推測すると、ビギナー級か良くてもルーキー下級の探索者だ。

対する敵は体長1.5m程の手長猿(テェンタエイプ)という魔獣で、群れで行動するため、ルーキー上級からセンター級のパーティ討伐推奨の魔獣だ。十匹程度で探索者を取り囲み、囲みの外にはもう一体、身体が大きなリーダーがいた。


探索者達は簡単な依頼を受けて森に入り、予期せず手長猿(テェンタエイプ)の群れと出くわしたのだろうか。各上の魔獣相手に苦戦どころか、良いように翻弄されている。


前衛剣士らしき男女二人と後衛の魔法士、何かを抱えた弓士のパーティだが、前衛の二人は手長猿(テェンタエイプ)の噛み付きや引っ掻きで全身が傷だらけである。特に女剣士の方は背中の引っ掻き傷が深いのか酷く出血し、両手を付いて蹲っている。

魔法士の女も魔力が尽きたか顔色が悪く、弓士に至っては目を瞑って座り込み、ガタガタと震えていた。


普通であれば、手長猿(テェンタエイプ)はこれほど人族の街が近い領域まで出てくることは無いのだが、新しくできた群れや仲間から追われた群れなどは、稀に人里近くまで出てくる事もある。


後衛の魔法士らしき女に一体の手長猿(テェンタエイプ)が襲い掛かったのを見て、ロウは戦闘に割って入った。前衛が仕事を全うできず、後衛に危害が及ぶ事態になると、それはもはやパーティ崩壊である。


走りながら氷矢を放ち、魔法士に飛びかかった手長猿(テェンタエイプ)の脇腹を抉って弾き飛ばす。悲鳴を上げて転がる仲間に驚き 攻撃の手を止めた他の手長猿(テェンタエイプ)が一斉にロウの方を向いた。


「ディルさん。」


ディルが続けざまに氷の矢を五つ周りに浮かべ、前衛に襲い掛かろうとしていた手長猿(テェンタエイプ)に放ち こちらに向けてヘイトを集めた。


突然の乱入者を見ていた探索者達には、一見ロウが魔法を使っているのだと見えるのだろうが、実際に水魔法を使っているのは黒蛇姿のディルである。

ロウの使う魔法は古代魔法で、詠唱ではなく魔法陣を媒体に発動する魔法である。そんな古代魔法を人族の前で行使することは師匠に禁じられているので、今のロウは生活魔法の強化版程度の魔法しか放つ事ができないのだ。


氷矢で傷付けられた手長猿達(テェンタエイプ)が、ロウに向って殺到してきた。

すると、今度はフードの中からハクが飛び出して元の大スライムの姿に戻り、身体から幾つも触手を伸ばして手長猿(テェンタエイプ)を捉えて拘束すると、別の触手で首元を突き刺し、絶命させていく。

ハクの触手攻撃を避けた手長猿(テェンタエイプ)も、ロウの短槍であっけなく叩き伏せられ、こちらも急所を刺されて絶命した。


ロウ達の介入によって、十数匹もいた魔獣の群れがあっという間にたった四匹まで減ってしまった。

分が悪い戦いとなった事を敏感に感じたのか、後方にいた身体の大きい個体が一吠えし、残った手長猿(テェンタエイプ)を率いて森の奥へと撤退していった。


残されたのは傷付いた探索者が四人と手長猿の死体が六体である。脅威が去ったと安心した探索者達が、力尽きたようにその場で座り込んでしまった。


ロウは真先に地面に手をつき怪我の痛みに耐えている女剣士の元へ行き、傷の状態を確かめた。


「大丈夫ですか?むう、傷が深いですね、すぐ治療しないと。」

「あ、ありがとうです。助けてもらって・・・いきなり襲われたです・・・」

「動かないで。とりあえず傷を治しましょうか。」


ロウは魔法拡張鞄から治療薬と回復薬を取り出す。治療薬は傷口にかけるだけで大概の傷は塞いでしまう魔法薬だが、市販されている薬は結構高く、センター級以上で稼ぎのある探索者でないと常備できるものではない品物である。


「少し沁みますが我慢して下さい。」

「っつ!うああ!!」


女剣士の返事を待たず、ロウは躊躇することなく治療薬を彼女の背中にふり掛けると、傷がみるみる消えて行き、傷痕も残さず消えて無くなった。


「あとはこれを飲んで。怪我は治っても失った血は戻りませんから。」


ロウは女剣士に体力回復薬を渡すと、次に緊急性の高い怪我人は誰かと辺りを見渡す。

男剣士は、傷は多いがそれほど深手では無いようなので後回し、女魔法士は魔力を相当使って枯渇状態になったのか、顔は青ざめガタガタと震えている。


ロウは魔法士の元へ行き、今度は魔力回復薬を手渡す。もちろん黒ヘビ印の上級回復薬である。


「魔力回復薬です。飲めば楽になりますよ。」

「は、はい・・・で、でも・・・」

「いいから、飲みなさい。このままだと意識を失っちゃいますよ。」


そして、後回しにした男剣士と、おそらく梟?を胸に抱えて泣いている女の子にも治療薬と体力回復薬を渡した。


「まず回復薬で怪我を治して下さい。そして直ぐに撤退です。このままここにいると他の魔獣が寄ってきますから。」


そう言ってロウは手長猿(テェンタエイプ)の死体を魔法拡張鞄に入れ、何とか立ち上がるだけの気力を取り戻した四人組を促して歩き出した。



ラプトロイに向かって移動していたが、四人組は手長猿との死闘のショックからか思うように移動速度が上がらず、戦闘があった場所から街の方角へ二割半刻ほど進んだところで日が落ちたため、このまま野営を張る事にする。


四人組は日帰りのつもりで野営道具は持ってこなかったらしいが、幸いロウは野営覚悟で「魔境」に入っていたため、それなりの野営道具を持ってきているので、多少人数が増えても賄うことは出来るだろう。


少し開けた場所を見つけて下草を刈るとバオ(テント)を設営し、結界魔道具を四隅の地面に刺して起動すれば、結界内に魔獣が侵入してくることはない。

不寝番のため、枯れ枝を集めて火を起こし、獣が嫌うというレスミントの葉を定期的に火の中へ投げ込めば虫よけにもなるのだ。


ロウとハクはサクサクと野営の準備や食事の下拵えを進めながら、傷は治っているが戦闘のショックからまだ立ち直っていない四人組に対し、少しでも気を紛らわせようと時々話しかけた。


ロウが助けた四人組は全員がビギナー級で、人間族の女魔法士がリーダーのヨアン、人間族の男剣士はモントロル、狼人族の女剣士イシュル、そして魔獣ブラックオウルを使役するという猫人族の女リルで、今は臨時でパーティを組んでいるそうだ。

普段はヨアンとモントロル、イシュルとリルの、それぞれ二人組のパーティらしい。

四人とも森の薬草採取や害獣駆除、魔獣生態調査を主な活動にしていて、今日もいつもと同じように薬草採取と森の生態調査の依頼を受け、朝から森へ入ったとの事だった。


しばらくして食事も殆ど出来上がり、ロウが持ってきた赤身肉を魔道コンロで炙り良い匂いが漂い始めた辺りで、ようやく我に返った四人が火の傍までやってきた。


「す、すみません!なにもお手伝いしなくて!助けて頂いたのに私達・・・」

「うん、大変な一日だったからね。もうすぐ食事ができますから、ゆっくり休んでいなさい。」

「あ、あの!助けてくれてありがとうございました!助けてもらえなかったら俺達、きっと全滅していました。」

「本当にありがとうございました。」

「ありがとうございました。」


全員がロウに向かって頭を下げている。どうやら魔法士の女の子がリーダーで、男剣士が補佐役らしい。


「お薬は必ず弁償します。い、今は無理ですけど、なるべく早くお返ししますので!」

「気にしないで良いですよ。こちらから助ける心算で介入したのですから。」

「でも!それでは・・・」

「その話は一旦終わり。さあ、お肉が焼けました、まずは食事にしましょう。」


そう言ってロウは、一人一人に焼けた肉を刺した串を手渡していく。コショウは在庫切れだが、塩焼きにしただけでも十分に美味しい肉である。

一緒に作ったスープは、魔獣オークの骨と香味野菜を一緒に長時間煮込んだスープを乾燥させ、粉末状にして携行できるようにしたものだ。水で戻してイモと木の実、ムギ粉を練って作ったメンを入れてある。


四人組は助けてもらった手前だいぶ遠慮があるようだが、空腹を訴える若い体に抗えず、勢いよく食べ始めた。

そして、お腹が満たされて気持ちに余裕が出たのか、四人組の表情もだいぶ柔らかくなったようだ。


皆で手分けして片付けを行い、ロウが食後のお茶を入れようと魔道コンロに火を入れた時、梟を肩に乗せた女の子が傍にやって来た。


他の三人と比べて少し幼い感じではあるが、ビギナー下級の探索者であれば最低でも十四歳という事になる。従魔使いという珍しい職の探索者だが、ロウが黒蛇と変わったスライムを使役しているのを見て興味を抱いたのだろうか。


「おじさん、従魔使い?」

「いえ、ただの道具屋さんですよ。この子達は、まぁ、いつも一緒の家族みたいなものですね。」

「そうなの?リルもふーと家族なの。いつも一緒。」

「そうですか。可愛らしい家族ですね。」


従魔を褒められて嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべてコクコク頷いている。


名 前:フーコ

種 族:魔獣ブラックオウル

状 態:平常

能 力:幼体/変異種


固有能力:【幻惑魔法(未)】【色擬態(未)】

特殊能力:【属性魔法(土闇)】【魔法抵抗】

通常能力:【感知】【夜目】


ロウが【鑑定眼】で梟を見てみると、何気に能力が高い魔獣であることが判る。物理的な戦闘能力は無いに等しいが、固有能力が顕現すれば、敵を攪乱させて味方を優位にする事ができるはずだ。


「将来が楽しみな従魔ですね。まだ子供だから能力は発現していないけど、大きくなったらきっと強い従魔になりますよ。」


ロウが褒めると、さらに嬉しそうに笑みを浮かべる。


しかし、そんなリルの笑顔を凍りつかせる冷たい声が響いた。


「リル、あなたには無理よ。探索者には向いていないわ。」


このパーティのリーダーである魔法士のヨアンである。

自分達が危機に陥った、あの手長猿(テェンタエイプ)との戦闘を思い返したのであろう。その表情は厳しく、真直ぐにリルを見詰めている。


「リルには無理よ。魔獣が出る度に怖がって何もできないんじゃ、いくら従魔が優秀でも一緒にやっていく仲間が大変だわ。」

「・・・」

「そんなことないです!!リルだって慣れればきっと!」

「もともと従魔使いはパーティには向いていない。リルの性格だってそうだ。探索者を続けるのは止めた方が良いと思う。」


イシュルがリルを庇うが、剣士のモントロルもはっきりと言う。


「確かに従魔の感知能力は便利だけど、いざという時も従魔に命令もできず、下を向いて泣いているだけだったら仲間に迷惑だよ。」

「リルはまだ慣れてないだけです!少しずつ慣れて行けば・・・」

「性格もって言ったはずよ。そんな怖がりで魔獣と戦えるの?採取依頼だけでこれからずっとやって行けるの?イシュルはあなたを庇って大怪我したのよ。」

「ヨアン!!」


ようやく和やかになってきた四人だったが、一気に険悪な雰囲気に変わってしまった。

何も言い返せないリルは、目に涙を溜め、肩を震わせて俯いている。


さて、香辛料を求めて森に入ったロウは、どうやら別の辛いモノを拾ってしまったようだ。








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