51.道具屋と女性達のお買いもの
ここに訪れた者達から、いつしか「黄金の都」と呼ばれるようになったハウンドール王国の王都サイノス。
巨大な農業国であるこの国の王都には、国中で採れるムギやコメなどの穀物のみならず、葉物根物の野菜や果実、畜産加工品が集まってくる。
この街のあちらこちらに市場はあるのだが、売っているモノはほぼ同じで地区ごとに特色がある訳ではなく、生活に密着した「商店街」のような印象を受ける。
市場を歩くと食料品の色の鮮やかさに目を奪われてしまうのだが、ここに並んでいる品が全部売り切れるのだろうかと、疑問に思ってしまうほど大量に並んでいる。
畜産業も盛んな国だから、乾燥肉や燻製肉、熟成肉や腸詰などの加工食肉も多く並んでいて、試食用なのか、それとも食の専門店が焼いているのか、市場中に良い匂いが漂っていた。
サイノスは平坦な土地に作られた街で、人口の増加と共に無計画に拡張を続けてきた。
王城を中心とした第一街区が人で溢れると、すぐ東側に第二街区を作り、第二街区に国民が入りきらなくなったら、今度は南側に第三街区を作った。
こうして、現在の第十街区まで出来上がった時には、自然に区ごとに自治組織が生まれ、店舗や工房、市場などが街区ごとに点在する、珍しい都市となってしまったのである。
さらに、近年では種族ごとに集まる傾向が強くなり、妖精族が集まる地区、獣人族が集まる地区などが出来あがっている。特に差別や格差がある訳ではないのだが、ラプトロイのように全てが融合した文化ではないようだ。
この国がこれほど国力を増したのは、古の魔法によって異界から『勇者』を召還したためだと云われている。
ラプトロイをはじめとする辺境都市国家連合を建国した勇者様は、元はと言えばこのハウンドール王国が、近隣強国との戦争抑止力のため、迷宮から止めどなく溢れでた魔獣を殲滅するために召還されたのだ。
ところが、召喚された勇者様が初めに手を付けたのは、魔獣の討伐でも、他国との戦争でもなく、人種による差別の撤廃と不当奴隷の解放であった。
当時の王国は、人間族至上とは言わないまでも、まだ他種族を蔑む風潮が残っており、他種族との交流は殆どないどころか、公然と弾圧を行う地域もあったという。
勇者様は人種差別に強い嫌悪感を隠さず、当時の王族を説き伏せて人族平等政策を打ち出し、反発する者を力で捻じ伏せ、賛同する者を優遇し、アメとムチを使い分けながら人間族優遇勢力を駆逐していったのである。
特に奴隷制度に対する勇者の反発姿勢は苛烈で、国内の全ての奴隷を解放するまで、存分に勇者の強大な力を振ったという。
こうしてハウンドール王国は人族平等を掲げ、他国で肩身の狭い思いをしている少数部族を積極的に受け入れて、種族間の壁を無くしていったのである。
その結果、王国の人口は急増することとなり、遂には大陸屈指の大国へと成長して、勇者の力に頼らずとも強国に対抗できる国となったのであった。
◆
この日、ロウはいつもと同じようにフード付ローブを身に着け、黒蛇のディルとスライムのハクを連れて王都第三街区内の商店街を歩いていた。
第三街区は人間族が多く居住している地区である。
ロウの他に、彼の右側にはリミテッド級探索者のシモンが、少し遅れて戦闘用機械人形のサンが一緒である。
ロウの師匠であるサキの言いつけで買物にきたのだが、たっぷりと時間を貰っており、おそらくシモンを連れて適当に観光してきなさいと言う師の思いやりである。
王都の観光としては、教会の大聖堂や百万もの花が咲き乱れる国営花庭園といった名所から、闘技場や演劇場、競騎場といった娯楽施設まで多くあり、とても一日で巡りきれるものではない。
さらに、食料輸出国であるこの国には、物々交換で得られる珍しい物が数多く流れてくるため、商店街には遠い異国の品物を扱っている店も多く見かけるので、それらを見て回るだけでも十分に楽しめるのである。
出掛ける前に、シモンは花庭園と商店街を廻りたいと言うので、ロウが案内役となり、朝から花庭園に行って美しく咲き誇る花々と、砂糖をふんだんに使った高級菓子「ワガシ」を堪能し、王都一の商店街がある第三街区の方へ流れてきたのである。
この街で妖精族ダークエルフは珍しいのか、それとも彼女の美しさからなのか、周りの視線がシモンに集まっている。
だが、それは蔑みや敵意と言った害意があるような視線ではないので、特に気に留めることもなく、普段通りに商店街を歩いていった。
第三街区の商店街は服飾や装飾雑貨関連の店が多く、鮮やかな色彩の衣類や宝石小物など、それぞれが自慢の商品を間口に並べている。鮮やかな色に染められた糸で織った布や、硝子工芸品、蝋燭などもこの国の特産品である。
また、裏通りには芸術品や魔道具を売る店、遠国から運ばれてきた珍しいモノを扱う店もあり、稀に希少金属が原料となったモノや、古代遺物と呼ばれる太古の魔道具が見つかったりする。
常に血腥い場所へ身を置く探索者とはいえ、鎧を脱げばシモンもお洒落に興味津々な女子である。何故か今日ばかりはシモンの首に巻き付いたディルと共に、華やかな雰囲気の店に突撃しては、時間をかけて品定めをしていた。
ラプトロイでは見ない原色鮮やかな衣服や、宝石をはめ込んだ首輪や腕輪、銀細工の髪飾りなど、女性陣の興味は尽きることがない。
シモンはサンやラプトロイで留守番をしているメイド達の分まで、大量の服や小物を購入している。ディルも気に入った服や小物があればロウを振り返り、尻尾を回しておねだりしていた。
そんなお買い物を二割刻(一刻が四時間、二割刻が二時間、四割刻が一時間、八割刻が三十分くらい。)も続けただろうか。流石のロウも引き攣った笑いを浮かべながら、黒楪と黒蛇の後を歩いている。
今は魔法拡張鞄に収納しているので身軽だが、後で今日買い込んだ分量を見て驚くに違いない。
昼時になり、適当な食堂で昼食を摂ったあとは、裏通りの小道具屋を見て回る。
元は女の子であるハクも衣服に興味を示すかと思ったのだが、ハクの興味は服よりも道具類にあるようで、気になるモノがあるとロウの頬をツンツンと突いて誘導していた。
消滅しなかったリッチの骨で作られた短剣は、闇属性の強化能力と恐怖心を煽る精神操作能力が付与されている。
ロウでも読めない古代文字が刀身に彫られている片手剣は、古代文字を適当に書いた可能性もあるが、とても興味深い。
魔力循環機能が付与された指輪は、内包魔力を放出し外部魔力を吸収するもので、装着者の総魔力量を向上させる目的だが、錬金術で作られた材質があまりに複雑すぎて不明であった。
いろいろ物色しながら歩いていると、突然人型になったハクが硝子工芸品を売る店の前にトコトコと走って行き、その前から動かなくなった。
訝しげにロウが後を追って店に入ると、そこにあったのはなぜか目と口が彫りこまれた、何とも楽しげな表情をしているスライムを模した小さな硝子の置物であった。
何処かの工房でお遊びで作られた物らしいが、小さいからか硝子にしてはそれほど金額が張るモノではない。ロウは笑みを浮かべると、店主にスライム型の硝子工芸品の代金を払い、そのままハクに手渡した。
「魔水晶より壊れやすいモノですよ。気を付けて持っていなさい。」
「・・・」
ハクから喜びの感情が伝わってくる。
元は人、今はスライム族のハクは、可愛らしく作られた置物を見て、スライムを人族の敵としてではなく癒しの対象として見てくれたことが嬉しいのだろうか。
商店街を歩き回り、流石に買物に疲れ気味の一行は、一旦商店街を離れて都の中心を流れるリセミア川の畔にある飲食街へと向かった。休憩に選んだ店は川沿いにテラス席があるカフェで、昼食時をだいぶ過ぎた曖昧な時間のためか、テラス席にはロウ達しかいない。
二人分の珈琲とディルのパンプキンケーキを注文すると、然程待つことなく木製の円卓に珈琲とケーキが並べられた。
「いや、さすが大陸屈指の大都市だな。品揃えと質がラプトロイとは比べ物にならないほど良い。目移りしてしまうよ。」
「穀物の輸出大国ですからね。物々交換で大陸中から珍しいモノが入ってくるのでしょう。」
「サイノスには何度か来たことはあったのに、こんなに楽しんで買い物ができたことは無かったよ。ロウが案内してくれたお陰だな。」
「王都に住んでいた時より、店の様相はだいぶ変わってしまいましたが、街並み自体が変わった訳ではないですから。ご満足頂けて何よりです。」
川面を流れる風が頬を撫で、何とも涼しくて心地よい。
ディルがあっという間にケーキを食べてしまうと、フォークを持って世話をしていたハクが、魔水晶の笛を取り出して覚えたてのゆったりした曲を奏で始める。音階と共に商店街から引き摺ってきた興奮が、徐々に鎮められるような感覚になる。
そんな穏やかな風の中で、シモンがポツリと呟く。
「こんなにのんびりしたのはいつ以来だろうか・・・、ここ数年、ラプトロイから出る事も無かったし。」
「シモン様は常にラプトロイ迷宮の最前線を走られています。時にはこうした休憩も良いのではないでしょうか。」
「そうだな。でも、サンが来てくれたおかげで本当に助かっているのだ。いや、探索が楽しくて仕方がないのだよ。」
「シモン様のお役にたてテ、サンも嬉しいでス。」
「サンは本当によくやってくれている。私が背中を預けられる仲間はロウとサンくらいだよ。」
すると、仲間外れにするなと言わんばかりに、ディルは尻尾で円卓の縁を叩いて抗議している。
そんなディルの姿を見て、ロウとシモンは顔を見合わせ、小さな笑い声を上げるのであった。
◆
翌朝、サキの屋敷の門前では家人に見送られ、ロウ達の一行がラプトロイに向けて出立しようとしていた。
短い滞在であったが、弟子としての仕事もこなし、息抜きまでさせてもらい、ロウにとって充実した滞在であった。
「それでは師匠、次は雨季が始まる前に来ます。」
「うんうん、待ってるわよ。私も暇を作ってラプトロイに行くわね。」
「忘れていました!時間があれば鉱山都市に行きましょう。来年には師匠の言っていた【ブランデー】が飲み頃になるそうです。」
「そうだった!!やっと出来上がるのね~楽しみだわ!!ロウもがんばりなさいよ!」
「分っていますよ。師匠に追いつけるよう精進します。」
「うんうん、道中気を付けていきなさい。」
「はい、師匠。」
別れの挨拶を交わして、ロウ達が城門に向かって歩いていく。ロウ達の姿が見えなくなるまで見送ったサキは、踵を返して屋敷へと向かった。
住居棟の表玄関から中に入ると、先ほどまでロウ達がいて賑やかだった屋敷から人の気配が一気に消え、いつもの物寂しい雰囲気に戻っている。
元々、この屋敷にはサキの他には家宰を務める老執事のサーラント、メイドのメイラとセイラの姉妹、そして万能型機械人形ヨキしか暮らしていないので、普段から人が住んでいるか感じられぬほど静かなのだ。
他の使用人達が仕事へ戻って行く中、サキと機械人形のヨキは住居棟へも研究棟へも向かわず、なぜか使用人たちが住まう雑居棟へと移動していった。
二人が向かったのは、一階の一番奥にあるヨキの部屋である。ヨキが扉を開けて部屋の中に入ると、中にはもう一つの扉があり、別の部屋へと繋がっているようだ。
そう、この先はロウが営む『道具屋』にもあった、空間魔法で創り出した定置式の亜空間倉庫『空間倉庫』であり、サキだけが入れる秘密の工房でもあった。それも弟子であるロウにも知らせていない隠された工房である。
サキは扉の前に立ち、認識阻害の魔法がかかった秘密工房入口の結界を解除し、中へと入って行く。中はロウの空間倉庫と同じように、魔法で干渉された壁が見えない空間が広がっている。
ロウの『倉庫』には、長年集めた曰く付の武器防具、魔道具類が並べられていたが、サキの『倉庫』の中は全く異なっている。
サキの『倉庫』にあったのは、空間の両側に陳列されていたモノは、同じ顔を持つ少女達、百数十体にも及ぶ機械人形である。しかも、その全てがヨキと同じ顔であるから、おそらく彼女の複製なのだろう。
部屋の中心には作業台と、それを取り囲むように様々な機械類が配置されている。そして、作業台の上には、まだ骨組みだけの機械人形が置かれていた。
「戦闘用機械人形かぁ・・・全く、とんでもないモノを復活させたわね。流石はロウだわ。」
未起動状態の人形達を見ながら、誰ともなくサキが呟く。
「追い付くように、か・・・、少し予定を変えなくちゃね・・・。」
溜息と共に発した、そんなサキの独り言に、後ろで控えるヨキが軽く頷いていた。




