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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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5.道具屋の魔法付与

自由都市国家ラプトロイの歴史はまだ浅く、建国してから四百年程度しか経っていない。

この都市国家を治めているトウ-ド家は、西側に隣接するハウンドール王国が異界から召喚した勇者の家系と言われ、功績を上げた勇者が褒美として賜った土地を治める、王国領の弱小辺境伯でしかなかった。


国家として独立した理由は、その年に王国東部で発生した大規模な地震で、唯一の街道上に大規模な地割れが発生し、本国と辺境領とを分断した事が発端であった。


領内で甚大な被害を受けた辺境伯は、中央に食料と物資の緊急支援を依頼したのだが、この地割れで分断されたことを理由に輸送が出来ないと断られた。

辺境伯と言っても異界から来た勇者が成り上がっただけで、魔獣の氾濫が収まった今、利用価値は少ない。人が少ない未開の領地を与えて追いやったというのが本音で、要は国から地域ごと見捨てられたのだ。


この災害によって領内では数多くの人族が命を失い、明日の食料さえ困るような状態まで陥いることになる。

辺境伯はこの危機を打開するため、領民を全て自分の屋敷付近に集めて新な街を作り、食料調達と開墾、防護壁の建設などを、効率よく行っていく基盤を作ったことが都市国家の始まりだった。


さらに災害で減ってしまった領民を増やすため、「人種問わず、一切の差別成し」を謳い周辺地域に領民募集をかけたので、同じように被災した周辺に隠れ住んでいた妖精族の小村や、森で暮らしていた獣人族の家族単位の小集団が庇護を求めて集まってきた。

この結果、世界に類をみない雑多な人種構成を持つ国になったのである。



翌日、ラプトロイの裏路地にあるロウの「道具屋」の扉には、今日は「閉店」の札が掛けられている。

もっとも、ロウが工房に籠っていた五日間で店に来た客は魔力回復薬をあるだけ買って行った探索者が一人だけだった。


ロウが自分の作った物に付与魔法を施すときは、その工程を誰にも見せることは無い。


魔法陣を使う付与魔法は、ただ模様と古代文字を並べれば良いというものでなない。

円や線を描く順番も、古代文字を記入する位置と順序にも法則が存在し、それらを知られてしまうとその魔法陣に相反する反問陣を作ることが出来るからである。


今まさにその最後の工程が行われようとしている。

ロウは作業台の上に仕上がった剣を置き、瞑想するように目を閉じると少しずつ体内の魔力を放出していく。

放出されたロウの魔力はそのまま霧散してしまうのではなく、可視化され彼の目の前に漂っているかのように揺れていた。


やがて静かに目を開けたロウが漂う魔力に右手を翳すと、ゆっくりと掌に収まる程度の大きさに魔力は集積していき、ある一定の形を執り始めた。

そう、宙空に現れたのはロウの魔力で具現化した魔法陣である。


このように魔力で魔法陣を具現化して使うのが古代魔法である。

人間族が使う属性魔法や妖精族の精霊魔法とは根幹が異なる魔法で、その詳細を知る者はもういないとされてきた古い魔法なのだ。


淡い緑色の魔法陣はロウの掌の上でゆっくりと回転している。

ロウはその魔法陣を剣の根元、鍔の直上に持っていくと、そのまま魔法陣を剣の中に押し込むようにして接着させる。


しばらくして被せた掌から眩い光が放たれ、その光が消えると同時に剣から手を放すと掌の上に魔法陣は無く、剣の方に刻印として描かれていた。

新たな風属性の魔法剣の誕生であった。


ロウの付与魔法が特殊たる所以が、魔力を魔法陣にして対象に刻む方法であり、このような事が出来るのはおそらくロウ一人だけであろう。


ロウは剣を取り、束に僅かに魔力を込めると、剣身の周りの空気が揺れ、やがてそれは風となって剣に纏わり着くように流れ始めた。


「よし、起動は上々。」


そう呟くと、剣を持ったまま倉庫に向かい、さらに奥の亜空間倉庫の中に入っていくと、もう一度剣に魔力を込め始める。

静かにゆっくりと流れる小川から徐々に大河が流れるよう魔力を高めていくと、剣の周りの風が激しく動き始め、やがて甲高い風切音とたてながら真空状態を作りだした。


ロウはさらに魔力を送っていく。

真空が創り出す風がガタガタと亜空間倉庫内を揺らし、備え付けの棚さえ踊り始めた時、唐突にその風が止んだ。


「うん、ここまで耐える事ができれば合格だね。」


ロウはそんな独り言を言って満足そうに微笑むと、剣を持ち直して亜空間倉庫を出て行った。



翌日の昼下がり。開店したロウの店には珍しく客がいた。いや、カウンターに座って珈琲を飲んでいるあたり、何かモノを買いに来た訳ではなさそうなのだが。


中年というより初老域にさしかかった、という言葉が似合う白髪の男である。

だが、上品な社交服に身を包んでさえ隠しきれない鍛え上げられた身体付きと、眼光鋭いその眼差しは、この男がただの老人ではないことを明かしている。

一見、武器も魔法杖も持たない無手であるが、彼の醸し出す覇気はそんな物など必要ないのだと周りに知らしめていた


この男、ジャイムル・ダンドールは、この自由都市国家ラプトロイ探索組合の副支部長を務める男である。

この国にいる万を超える探索者達の元締めであり、普段は経済活動の中枢にいる彼は、激務の合間を縫ってよくこの店に息抜きに来るのだ。


「ほう・・・。同じ素材の物をエルダーエントへ吸収させるとはな。そんな方法があると知られれば騒ぎ出す輩が出てくるぞ。」

「そうでしょうか?別に知られても構わない方法なのですけどね。」

「ふむ、知ったところでどうにもなるまいがな。「魔境」の中心に出向いて、エルダーエントと対峙できる探索者などそう居るものでもない。」


仮にエルダーエントを討伐するとなれば、エクスぺリアクラスの探索者が前衛後衛を揃えて数押しで討伐するような危険ランクの高い木魔獣である。

高い魔力を内包した幹や枝は高額で取引されるが、多くのエントやトレントを従え、地中を自在に動き回る伸縮自在の根と、驚異的な再生能力を持つエルダーエントの討伐は困難で、近年討伐例も殆どない。


「また一人で行く気か・・・。護衛はいらぬのか?」

「はぁ、あの場でエルダーエントが見つかるとも限りませんし、どの位の捜索になるか見当もつきませんので。」

「それでもメルミラ殿のために行くというか。お主らしいな。」

「彼女は優しい人でしたから。」

「ふふふ、全くだな。」


お互い微かに笑みを浮かべ、ほんの一瞬昔を懐かしむような柔らかな表情になる。

だが、それは一瞬でジャイムルが元の厳めしい顔付に戻すと、吐き捨てるように言った。


「あの杖を折ったのは同じ養成所に通う見習いだそうだ。杖に嫉妬したかリンセルの才能に嫉妬したか、悪質な悪戯だったよ。」

「やはりそうでしたか。何か金属で撲打されたような跡がありました。」

「その男と取り巻きは養成所から追放したよ。各国各都市の探索者組合、魔法士組合にも通達を回したから、奴らが魔法士になる道は完全に絶たれた。」

「随分と厳しい処罰を為された。」

「メルミラ殿の杖だぞ。それを傷付けたのだから、この街の全探索者を敵に回したといっても過言ではないな。」


ジャイムルの言葉は決して大袈裟な物ではない。

上級探索者の誰もが過去にメルミラの世話になり、彼女が年老いて引退した後でも気に懸けて挨拶にいった者もいるほど慕われていたのだ。


「メルミラほど皆に愛された探索者はいないでしょうね。」

「孫娘リンセルの才能も目を見張るものがある。性格も婆様譲りだそうだ。」

「ほう・・・。それは将来楽しみですね。」

「全く、孫娘の活躍を見てから逝けば良いものを。アッシミアは人生を急ぎ過ぎるな。」

「・・・」

「ロウよ、メルミラの杖の件は儂からも頼む。それと組合長からだが、費用は組合持ちだそうだ。」

「勿論です。必ず仕上げて見せますよ。」


ロウの答えに満足そうに頷いたジャイムルは、軽く手を上げて挨拶するとロウの店を出て行った。



朝の開門と同時に東門から出たロウとディルは、一路「魔境」に向けて足早に進んでいた。

ロウが手にしているのは杖代わりに持った短槍だけで、他に武器と言えるのは腰のベルトに挿した八本の投擲ナイフだけである。

その他旅に必要な野営道具や食料、目的物である古代樹の杖も全て魔法拡張鞄の中にしまってあるので身軽な出立だ。


装備も動きやすさを重視した、籠手、胸当てといった革鎧の装備を何処にでもあるような古いローブで覆っているだけだ。もっとも、この革鎧は竜種の皮を惜しみなく使ったもので、物理攻撃も魔法攻撃に対しても、相当な抗力を持っている。

足元はいつも履いている頑丈そうな半長靴である。


門を出て少し歩くと整備された道は直ぐに消えてなくなり、ロウの周りの風景は巨木が乱立する深い森のものへと変わっていった。

奥に進むにつれて人の気配は消え、代わりにどんどん獣や魔獣の気配が満ちてくる。すでにここは彼らの領域「魔境」なのだ。


道らしい道もない「魔境」の中は下草が短いので多少は歩き易いのだが、朝が来たばかりのこの時間だと朝露に濡れて滑りやすい。もし転倒でもして隙を見せたらあっという間に魔獣に囲まれてしまうだろう。

ロウもその辺は心得ており、深い森の中を時々方向だけを確認しながら慎重に進んでいく。


途中、休憩を挿みながら三時間も歩くと森の様相がだいぶ変わり、苔を生やした巨大な岩や倒木が、ロウ達がこの先に進むことを拒絶するかのように行く手を阻んでいる。

こうした巨石や倒木は、物語や絵本に出てくる神話戦争の時に邪神が神に向かって投げ付けたもの、とされている。


そして、この辺りから魔獣と遭遇する確率が高くなってくる。

ロウの首に巻き付いている黒蛇のディノもチョロチョロと舌を出しながら目を動かし、周囲の気配を探っている様子が伝わってくる。


またしばらく森の中を進むと、ディルがロウの頬を鼻先で突き、左側の木々の間をジッと見つめている。


「うん、五匹もいるなら少しだけ迂回しようか。」


普段からそうなのだが、ロウはまるでディルと会話でもしているかのように話し、語りかけた通りに右方向へ回り込んでいく。

実際、ロウとディルは主と従魔という単純な関係ではないので、意思の疎通など造作も無いことなのだ。


巨木の陰に隠れながら移動していくと、ロウの目が魔獣を捉える。ディルが察知したのはゴブリンの小集団であった。

ロウ達は風下にいるので彼らに気付かれることは無いはずだ。

これほど人里近くに姿を現すのは珍しいが、彼ら以外には他のゴブリン集団の気配はないとの事なので、おそらくただの「はぐれ」であろう。


たとえビギナークラスでも三、四人のパーティならば、ゴブリン五匹程度の集団に苦戦することなく殲滅することは可能なのだが、センタークラスでも単独行動のロウは戦闘を行わずやり過ごす方を選んだのだ。

なにせ片道四日もかかる探索なのだ。序盤の下らない戦闘で体力も物資も消耗したくない。


その後も何度か魔獣との接触を避けながら先を急ぎ、何とか陽が暮れる前には今日の野営予定地に到着する事が出来たロウである。


ロウが立つ場所は崖の上である。

高低差が100mにも及ぶ断崖絶壁から見下ろす先には、靄の中に見え隠れするさらに広大な森林が広がっている。


そう、ここから先が本当の意味で「魔境」となるなるのだ。


強力な魔獣が跋扈すこの場所では、非力な人族など食物連鎖の最下層に位置する矮小な存在だ。

有能な探索者でもこれから先に単身で入ろうとする者はいないのに、ロウはただ笑みを浮かべて目の前の雄大な景色を眺めていた。


「やっぱり夕焼けに染まる魔境は幻想的ですねぇ。」


相変わらずのんびりとした口調でそう呟き、陽が沈むまでその景色を堪能すると、満足そうな笑顔のまま野営の準備を始めるのであった。



一方その頃、ラプトロイにあるロウの店の前では、扉に下げられた閉店の札をみて肩をブルブルと震わせている人物がいた。


ロウが工房へ籠っているのを見て、動き出すのはまだ先だろうと予想し、この数日迷宮に潜っていたシモンが周囲の目も気にせずに顔を歪めて毒を吐いていた。

凄まじい怒気が彼女の周囲に漏れ出し、これから夜の営業を始めようとした向かいの食堂の店主が、慌てて扉や窓を閉めてしまったほどである。


「ロウめ!また私に黙って探索に行くとは!帰ってきたら見ておれよ・・・。」


名 前:シモン・ヴェルモートル

種 族:妖精族ダークエルフ

状 態:憤怒

能 力:魔法剣士 精霊使い 探索者


固有能力:【黒雷】

特殊能力:【精霊魔法(闇水)】【身体強化魔法】

通常能力:【刀剣術】【双剣術】【体術】【索敵】



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