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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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44.道具屋にきた怪しげな客

毎日乾燥した北風が吹く日が続いている。


とはいっても、自由都市国家ラプトロイは狭いエリアに多くの人が住んでいるため、建物が密集し防護壁を越えて吹き込む風を妨げるので、大通り以外はそよ風ほどしか吹いていない。

だが、このところまとまった雨が降っていないので、街の中は何となく埃っぽく、吹溜りには枯葉や砂塵が積もっていた。

表通りの商店は、いつも解放している表扉を閉め、店内に埃が入らぬようにしているし、屋台や露店の商売人達は、屋台の周りに風除け、埃除けの布を張り、店の向きを変えてみたりと、少しでも商品を汚さないように気を使っていた。


そんな時期でも、裏路地にある『道具屋』の前はいつも綺麗に掃き清められている。

こんな裏路地までは強い風が吹かないという事もあるが、店主が綺麗好きであるし、それ以上に従業員も良く働いていると評判なのだ。三日に一度は店の前の掃き掃除をし、木製の扉に付いた埃も落としているので、そこだけ埃が付かない結界が張ってあるかのようである。


この世界には古来より【間口清らかなれば千客万来】という諺があるが、その御利益が適ったのか、暇な道具屋に珍しくも「ちゃんとした」お客さんがやって来たのであった。



「いらっしゃいませ。」


頑丈な木の扉を両手で押すようにして開け、隙間から入ってきたのは、緋色のローブで身を包み、フードを目深に被って胸元の襟も立てているので顔は全く見えない人族であった。

身長は低く肩幅も狭いのでおそらく少年か女性の客だと思われる。


客はフードの中からゆっくりと店内を見渡して、挨拶を送ったロウを認め、トコトコと短い歩幅でカウンターまで近付いて来てフードを捲くり上げ、ようやく素顔を晒した。

まるで夏の雲のように白い肌と長く尖った耳は、一見すれば妖精族のエルフ種なのだが、紫の瞳と漆黒の髪、そして側頭部から耳を巻くように生える黄金の角は、魔人族の中でも戦闘に長けた種であるアモン種のものである。


ラプトロイには少数ではあるが魔人族も暮らしている。

彼らの容姿は、アモン種のように角を有する者や、四臂の者がいたりと、人間族を基準に比べて「特異」と言わざるを得ない特長を持っており、それ故に魔獣と同じ括りにされ、他種族と対立してきた歴史もあった。

だが、現代ではそうした誤った認識は払しょくされ、大陸の何処かには、人口は少ないが魔人族の国家もあり、他種族との交流もあるらしい。


そんな魔人族の、少年なのか少女なのか分からぬ中性的な顔立ちの若者が無言のままカウンターに座ると、全く表情を動かさずにロウを見て要件を言った。


「矢がいらない弓を作れると聞いた・・・。」

「ああ・・・魔法弓のことでしょうか。魔法弓をご所望ですか?」


彼(彼女)はコクコクと頷いて見せる。


そんな様子はあどけなさが残る子供のようだが、妖精族と魔人族、それに人間族のコードミア種などの長寿種は実年齢が見た目では判断できない。

しかも、魔人族は種によっては男女の性別を固定せず、自在に自分の性を変える事ができる種も存在するので、一見しただけの先入観で決め付けると礼儀を欠くことになりかねないのだ。。


ともあれ、目の前のお客様の注文は魔法弓である。

もちろん、こんな特殊な弓は在庫として置いている訳もないので、お客様が言っているのは注文生産(オーダーメイド)のことであろう。


魔法弓とは、魔法発動媒体として弓を使い、物体としての矢を省略し魔力で具現化した矢を放つ魔道武器である。消耗品と言われる矢が必要ない夢のような武器であるが、魔法弓を作れる者も少なく、通常の魔法攻撃以上の攻撃力はないと言われている武器でもあった。


さらに、魔法弓の扱いはとても難しい。

人によって消費する魔力も異なるし、威力も変わってくるし、それを制御するためには魔力操作系の固有能力を有するか、相当修練を積んで矢の具現化に慣れていかなければならない。


ロウはそんな魔法弓を作る事ができる、数少ない職人の一人である。ロウが魔法弓に興味を持った切っ掛けは、やはりサキ師匠の言葉だった。


「なぜ火球(ファイヤーボール)氷矢(アイスアロー)が直接手から放てるのに、無限矢が打てる魔法弓が発達しないの?」


この考え方は、普通の人なら「直接手から魔法が放てるのだから、弓など必要はない。」と言うであろう。

だが、魔法は想像、具象化によって威力も射程も変わる、というサキ師匠の持論から考えれば、手で矢を投げるより、弓を使った方が威力も射程も格段に向上するはずだ、と言うのである。


「魔法の発動に重要なのは、心の想念を具象化する事」


そんなサキ師匠の言葉を受け、ロウは矢を必要としない魔法弓に興味を抱き、その製作に手を染めた過去があったのだ。

魔法発動と術者の魔力の間には二つの要素があり、発動させるために必要な魔力と、発動後の規模の大きさを決める魔力との二つがある。この違いを制御できれば少ない魔力で高火力の魔法を放つ事ができるようになれば、通常の魔法攻撃を凌ぐのも可能なはずだった。


サキ師匠との会話を思い出しながら、ロウは早速目の前のお客様にどのようなモノを希望するのかを尋ねた。


「魔法弓は扱いが難しいのですが、貴方様はこれまではどのようなスタイルで弓をご使用になられていますか?」

「シャン。ボクの名。これまでは矢に魔力を纏わせて射っていた。矢と魔力の両方を消費しているから、貧乏になった。」

「はい、シャン様。確かにあまり良い戦法とは言えないかもしれませんが・・・。」


ロウは初めて客の名を聞き、「僕」と言うからには男性寄りなのだろうと得心し、彼へ接する態度を調整した。


しかし、魔法弓の注文生産(オーダーメイド)となると、シャンの希望、身体的特徴、戦闘スタイルなど聞かねばならない事が山ほどある。

ロウはシャンに暇をもらい一旦奥に戻ると、シャンを十分成熟した大人だと仮定して自分と彼の珈琲を淹れ、店に戻って彼の前に陶器のカップを置き、珈琲で充たした。


香ばしい珈琲の香りで店内が満たされる。

だが、不思議そうな表情で珈琲に手を伸ばし、そっと小さい口に運んだシャンは直ぐに顔を顰めてしまった。


「これ苦い。もっと甘い飲み物が欲しい。」

「えっと、珈琲は苦手でしたか。甘い飲み物となると・・・」

「甘いモノなら何でもいい。」


そう言ってシャンはカップを押し返して来る。ロウは一旦珈琲を下げ、奥の水場で「さて甘い飲み物とは何か」と考える。

珈琲や紅茶は常に用意してあるのだが、ロウが店で供する飲み物にそんなに多くの種類があるわけではない。ここは喫茶店ではなく道具屋なのだから。


ロウは少しだけ考えてはちみつミルクティを出すことにする。

すっきりとした味わいの紅茶に、粉末にした家畜牛の乳と少量の砂糖、それに花宿り蜂の巣から採った蜂蜜を入れた甘い飲み物だ。香草の葉を一撮み浮かべてシャンの前にそっと置く。


優しい香りに早速手を伸ばして口を付けたシャンが一瞬だけ目を見開き、もう一口含んで嚥下すると、はちみつミルクティがお気に召したようで、無表情のままではあるが高評価を付けてくれた。


「これ、うまい。甘くて大好き。」

「それは良かったです。ミルクの代わりにレモンなどでも美味しくできますよ。」

「店主は腕がいい。この調子で魔法弓もたのむ。」

「はは・・・」


この調子と言われても、魔法弓とはちみつミルクティは、全く別物である。

苦笑して話題を変え、シャンが求める魔法弓の性能について質問し、その形状や使う素材など多くの事を決めていく。


「弓の大きさは、どの位にしましょう?魔法弓ならば射程距離は弓の大きさに左右されることはありません。」

「これと同じくらいか短く。これ以上大きいと扱い難くなる。」


そう言ってシャンは魔法拡張鞄から自分の弓を取出し、カウンターの上に置いた。その弓は軍が持っている飛距離を伸ばすための長い弓ではなく、かといって短弓と呼ぶほど短いわけでもない。

弓の長さは140cmに足りないぐらいだが、小柄なシャンに比べると少し大きく感じてしまう。この木製の弓は一本の木から削り出したようで、長年使い込まれて艶やかな飴色に輝いていた。


一見しただけでも良い弓であることが分かる。長年使い込まて、魔人族である彼の強力な魔力を存分に吸収していたせいか、魔法発動媒体としても使えるほど魔力を帯びていた。

ロウはそっと【鑑定眼】を使って弓の性能を覗いて見る。


名 称:属性魔法弓(属性付与)

能 力:火風属性魔法強化/軽量化

状 態:良好

原 料:樹魔獣ハンランド


「良い弓ですね。しかも状態がとても良い。」

「武器を持つ者なら良好な状態であるのは当たり前。でも、あげないよ。」


どうやらこの弓もお気に入りのようで、新しい弓を手に入れても予備としてこの弓を持っておくようである。確かにこの弓は、素材としては「魔力矢」を放つ事ができる魔法弓には出来ないだろう。


「私が作る魔法弓は魔獣素材の複合弓(リカーブボウ)になってしまいます。大体こんな形ですね。」

「うん、それでいい。外見には拘らない。」

「矢の属性はどうしましょうか。使用者の魔力量にもよりますが強化することも可能です。」

「属性は火、水、風、土、闇が使える。全部コミコミが良い。」

「ほう・・・。四元素以上とは、それは私も初めての試みですね。」

「これだって紅茶と水と砂糖とミルクと蜂蜜の五個入ってる。店主なら安心。」


そう言ってシャンは持っているカップを反対の手で指差した。なんと、ここで魔法弓とはちみつミルクティが同じ土俵に立ってしまったのである。

ロウはそんなシャンの感性に感心しつつ、彼の戦闘スタイルを確認していく。


「魔法弓を通常弓として矢をつがえて使用することはありますか?その時、飛距離が欲しいのであれば長い弓にした方が有利なのですが。」

「いや、魔法一本で行けるなら矢は使わない。使う時はこっちの弓を使う。」


そう言ってカウンターの上にある自分の弓に手を添えた。


その後もあれこれと希望を聞いてはメモを取り、木版に魔法弓の完成想定図を描いてシャンの希望をさらに具体的なモノにしていく。

使う素材や魔法付与についてはロウに一任し、ある程度形ができた段階でシャンに手にしてもらい、重量や大きさの微調整を行う事で話は纏まった。


そんな打合せを二割刻(一刻が四時間、二割刻が二時間、四割刻が一時間、八割刻が三十分くらい。)ほど行い、一応グリップ部の形状を測るため、愛用の弓も置いてもらう事にして、シャンは店を後にした。



「シャンさん。探索には行かないのですか?」

「今行っても貧乏が大きくなるだけ。新しい弓が出来るまで大人しくする。」

「・・・この店で?他の製作依頼はありませんが、出来上がるまで六日はかかると思いますよ。」

「店主は気にしなくて良い。これが飲みたくなったら、そのとき呼ぶ。」

「・・・」


まだ半分ほど入ったはちみつミルクティのカップを持ち上げ、シャンが答えた。


翌日の「道具屋」には、何故かシャンが朝から店に居続けている。魔法の本を持ち込み、カウンターではちみつミルクティを飲みながら本を読んでいるのだ。


朝の開店と同時にシャンがやって来たのだが、朝食を食べていないというシャンに、朝食代わりにはちみつミルクティとハブスの店のリンゴパイを提供したところ、それがいたく気に入ったようで、無表情な彼がこの時ばかりは満面の笑みでリンゴパイを頬張っていた。

ところが、パイを食べ終わっても、ロウに預けてあった木製弓を受け取っても店を出て行かず、自分の魔法拡張鞄から本を取り出してそのままカウンターで読み始めたのだ。


なぜ店のカウンターにいなければならないのか、飲み物が欲しい時に自分が呼ばれるのか、全く理解できないが、ともあれロウは魔法弓の製作に取りかかったのであった。



さて、この世界の弓は殆どが木製で、無垢材から削り出し熱加工で曲げていくのが主流である。


木の素材によっては飛距離があり威力も強い弓も作れるのだが、量産型ならともかく魔法弓ともなれば「木」という素材は魔法媒体としても耐久の面でも適しているとは言えない。もちろんエルダーエントや神樹の枝を使えば別だが、そんな伝説級の素材を使えば天文学的な金額になってしまうだろう。


そこでロウが作るのは、魔獣の素材や金属を使った複合弓(リカーブボウ)である。

直接張力がかかるリム部と取手部分が分割される弓で、素材を選べば魔法適性も耐久性も相当上昇するし、後の整備面でも利点が多い。


そして、ロウは魔境に行ったばかりなので、魔獣の素材には事欠かない状況である。


大きな力が作用するリム部は素材から削り出して継目なく作らなければならない。だが、これを鉄板で作ると重すぎるし、木製では必要な強度が足りない。


強度と撓りが重要である部材なのだが、この店にある手頃な材料として、先日妖魔族の町から持ってきた草竜の背鰭がある。背鰭は厚さ5cm、大きさが1m角もあり、鉄のように堅いが軽くて強い靱性を持つ素材である。そこから削り出せば無垢の強い部材が出来あがるのだ。


ロウは倉庫から草竜の背鰭を一枚取出してきて、作業台の上に乗せた。草竜の背鰭はエメラルド色で美しく、年輪の文様が絶妙な風格を醸し出していた。


「まさか、こんなに早く使う機会があるとは思いませんでした。」


ロウは久し振りに製作する魔法武器の完成した姿を思い浮かべ、少しだけ微笑んだ。





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