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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
42/62

41.道具屋と人魔の境界線


夜の「魔境」は静かである。


魔獣は昼行性、夜行性の特性はなく、常に本能のまま活動する。

腹が減れば獲物を捜し、眠くなれば塒に帰って寝てしまう。そして他種族を見ると湧き上がる殺戮衝動を抑えることもなく襲い掛かる。そんな風に常に魔境の中を徘徊するのである。


つまり、「魔境」は昼であれ夜であれ変わることがなく「命」の営みが行われているのだ。

そこでは弱者が息を潜めて物陰に隠れ、強者が気配を消してその背後に忍び寄る世界が、昼夜なく繰り広げられているのである。


だがこの夜、「魔境」の奥深くにある妖魔達の町では二日続けての賑やかな宴会となっている。

賑やかと言っても、広場の真中に火を焚いて肉を焼き、少しだけお酒を飲みながら気の合う仲間達と語らうだけである。

ロウ達は明日の朝、この町を発って自由都市国家ラプトロイに戻るのだ。いつものことながら、来た時の歓迎会と帰る時の送別会が一緒になったような、そんな宴会だった。


ここへ初めて来たハクも妖魔の子供達と仲良くなり、宴会場の隅で仲良く笛を吹いている。

ディルはラーミア族が集まる前で、迷宮に潜って強い魔者達と戦った時の様子を、身振り手振りを交えて語っていた。

ロウの周りにはミノタウロス族の職人たちが集まってきて、物を造る醍醐味やこんなモノを作ってみたいという夢を熱く語っている。


焼いた肉を齧りながら思い思いに語らうささやかな宴会は、とても和やかな雰囲気であり、普段は殺伐とした世界に身を置く妖魔達も、この時ばかりは穏やかな表情をしていた。


だが、和やかな宴会は唐突に中断されてしまう。


「グルァアアアア!!!」


上空から甲高い魔獣の鳴き声が発せられ、町中に響き渡った。見上げれば月明かりで青く霞む夜空に、飛行型魔獣がゆっくりと町の上空を旋回する姿があった。


それは間違いなく飛竜であった。

上空にいるのは一匹だけである。おそらく、いや、間違いなくあの渓谷でロウが助けた個体であろう。


「ピイィィ!!!」


知らぬ間に制空権を取られたハーピス達が騒ぎ出した。空を飛んで逃げる事が出来ないと悟ったのだろう。

広場で火を囲んでいた妖魔達も一斉に立ち上がり、迎撃の準備や子供達を建物の中へ誘導しようと右往左往し、宴会場の広場は大混乱に陥っている。


『ワイバーンだ!!昼間の奴かもしれん!子供達を建物の中へ避難させろ!!』

『固まれ!!火を盾にしろ!!背中を見せるなよ!!』


だが、騒ぎ出す妖魔達を余所に、飛竜は上で旋回するだけで中々降りてこない。当然、あの飛竜はこの場所に多くの妖魔(エサ)がいることは分っているのだから、すぐにでも襲い掛かってきてもよいはずなのだが。


そんな中、ロウは皆が集まっている宴会場から少し離れた、誰もいない広場の外れへと移動する。すると、それを待っていたかのように、飛竜がロウを目掛けてゆっくりと舞い降りてきた。

折れていた翼手の骨はしっかりと治ったようで、飛竜は着地と共に力強く羽ばたき、砂埃を舞い上げる。


そして、ロウと飛竜が対峙する。ロウは何となくだが、飛竜が餌を求めてやって来たのではない、と考えていた。


「グルァ・・・」


静かに嘶いた飛竜は、ロウに向かってヨタヨタと歩み寄ってくると、驚いたことにそのまま腹と頭を地に伏せ、強者、いや主に対して服従するような姿勢をとったのである。

その様子を見てロウは、この飛竜が自分との従魔契約を願っていることに気が付いた。


「おや、まさか僕に従魔契約をしろと?」

「グルァアアアア!」


ロウの呼びかけを聞き、再び頭を上げて飛竜は肯定の鳴き声を上げる。このように魔獣の方から主従関係を求めてくるのは非常に珍しいことだった。


飛竜は知能が高く、相手の感情を敏感に察する魔獣だと言われている。人族の魔獣使いが従魔として契約に成功した例もあるし、ある国では飛竜に騎乗して戦う戦闘部隊まであるという。

この飛竜、ロウが飢えていた自分に悪意なく近付いて食料を与えてくれたうえ、体中の傷を全て治してくれたことを理解しているのだ。


「むう、君が従魔になっても一緒にはいられないのですよ?ラプトロイが大騒ぎになってしまいます。」

「グアッ、グワッ!」

「それに街では食べ物がありませんよ。人族は食べてはいけません。」

「グアァァ、グワッ!」

「そう・・・何処にも行く場所が無いなら、此処に住んでみますか?妖魔の皆さんを護ってくれるなら大歓迎ですけど。」

「グルァアアアア!」


まるでロウの言葉を理解しているかのように一々返事をする飛竜も、そんな飛竜と自然に会話しているロウも大概である。呆気にとられて立ち尽くす妖魔達を余所に、ロウは飛竜と会話?しながら腕を組んで色々悩み続けている。


ロウはよくよく考え、この飛竜と従魔契約を結ぶことにした。

もちろんラプトロイに連れて行くわけではないが、この妖魔の町近くで自由に暮らしてもらい、ロウが魔境に来た時に一緒にいれば良いし、この町を「防衛」する意味では大きな戦力にもなる。


さらに召喚魔法陣も付与してやれば、ロウがどこにいても飛竜を召喚することも可能であろう。


ロウは早速古代魔法の一つ【隷属】を発動させる。

直径2m程もある漆黒の魔法陣が飛竜の頭上に浮かび上がり、回転しなから下降して首元で静止すると、飛竜の身体は硬直しピクリとも動かなくなった。

黒の魔法陣は、そのままゆっくりとした回転を続けている。


「さて、何者よりも高く飛ぶ空の王者よ。君の名はテンです。空だけにね。」


名を与え、ロウの魔力が飛竜テンに向って流れ込んでいくと、テンの身体が光を放ち輝き出した。

しばらくして光が消えると、そこには元の緑がかった黒い鱗を持つ飛竜ではなく、艶やかな漆黒の鱗で覆われ、腹の部分が金色に染まった飛竜テンがいた。


「グルウゥゥアア!」


名 前:テン

種 族:飛竜族(ワイバーン)

状 態:弱興奮

能 力:変異種(三つ目)/従魔


固有能力:【竜息吹】【風障壁】

特殊能力:【属性魔法(火風)】【物理魔法抵抗】

通常能力:【熱探知】【索敵】【騎乗】


テンが上位種になった訳ではないが、元の能力に加え、【風障壁】や【騎乗】など保有する能力も増えている。


魔獣が人族の魔物使いを主として認め、従魔契約を容認する理由の一つに、このように個体が進化するためだとも言われている。

以前より格段に精悍になった飛竜を見て、誰もがこの個体は従魔契約によって進化したのだと理解した。


『はい!はい!はい!シキもロウ様と契約する!』『はい!ラキも従魔になる!!』


アラクネ族の二人シキとラキも、ロウと契約すれば能力が増えてもっと強くなれると思ったみたいで、手を上げながらロウに詰め寄っていく。すでに上位種に進化した彼女らはそれ以上の進化など無いと思うのだが。


『駄目よ!!ロウ様と一緒にいて良いのはあたしとハクちゃんだけなんだから!!!』


仲が良いのか悪いのか、またディルとシキたちが騒ぎ出した。上位種の妖魔が睨み合いながら大騒ぎするのを見て、ロウと契約したばかりのテンも若干怯えているようである。

そんなテンの鼻先を優しく撫でながら、ロウはこの不思議な巡り合せについて、妖魔達の平穏な暮らしに貢献できればよいな、と笑みを深めた。


翌朝、ロウ達はテンに乗って空路人族の領域へ、ラプトロイへと帰る事になった。

ロウ達は来た時と同じように「魔境」の中を走って帰ろうとしたのだが、テンが自分の背に乗れと譲らなかったのだ。


飛竜の背に乗って空を飛ぶ覚悟を決めたロウは、テンに向かって人を乗せる時の注意点について、身体を傾けてはいけないとか、急降下は絶対にしてはいけないとか、細かいところまで諄諄と説明している。

どうやらロウは、空は苦手のようだ。早々に黒蛇姿に戻ったディルも、ロウの身体に何重にも巻き付いていた。


『シキさん、皆さん、今回も良いものを頂きました。ありがとうございます。』

『ロウ様!またいらして下さいね!次も色々準備してお待ちしています!』

『ロウ殿、今度来た時は鉱石の見方を教えてくれよ。ありそうな場所を探しておくからな!』

『ええ、また近いうちに来ますよ。テンに乗って飛べば二日もあれば此処へ来る事ができるのですから。』


別れの挨拶を交わし、ロウがテンの首元を撫でると、力強く羽ばたいたテンが空へ舞い上がった。重力に逆行する感覚に毛を逆立てながら目を閉じて耐えていると、今度は風が穏やかに頬を撫で始めた。

恐る恐る目を開けたロウの視界には、何処までも広がる一面の緑と、木々の間を川のように流れる白い霧、そして天から降り注ぐ光帯が輝く幻想的な光景が拡がっていた。


これまで見たこともない、力強くも美しい大自然の景色にロウは息を呑む。ロウはつい先程までの心の中に充満していた高所への恐怖を忘れ、口角を上げて微笑んだ。



森の中を走るロウ達の行く手に、自由貿易都市ラプトロイの第四防護壁が見えてきた。


何だかんだと七日も街を離れていた訳だが、当初の予定よりもだいぶ早い帰還である。何せテンの背に乗って移動すると、妖魔達の町から魔境の端、境界の絶壁までわずか一日足らずで到着してしまったのである。

別れ際、テンは鳴き声を上げてから頭をロウに押し付けて甘えると、大きな羽を羽ばたかせて舞い上がり、「魔境」の奥地へと戻って行った。


その日は崖の傍で夜を明かし、翌朝から一日かけて森の中を歩いて移動して、夕暮れ過ぎにラプトロイへ到着したのである。

門を潜る際、ロウ達は顔馴染の門兵からいつもの様に単独行動の小言を貰い、街の中へ入ってく。


もう辺りは暗くなって、第三防護壁の門ではすでに街灯が灯されている。門を潜って東大通りに入ると、まだいくらか屋台は並んでいたのだが、それもすでに後片付けを始めている屋台の方が多いかもしれない。

自分の店に戻っても食料の買い置きはないし、これでは屋台での軽食も見込めないので、ロウ達は今日の晩御飯はハブスの店に行って済ませることにした。


大通りから裏路地に入ると、入り組んだ道を慣れた足取りで進み、ハブスの店に行く。家に帰って旅装を解きたいところだが、一度帰ってしまうとまた出るのが面倒になってしまうのでそのままハブスの店に入って行った。

ちょうどそんな時間なのか、ハブスの店は酔っ払い客で込み合っていたが、仲間同士で酒を飲んでいた顔見知りの職人が、相席で構わないからと自分達の席を勧めてくれた。


席に着いたロウは、いつもの様にディルのブロック肉の香草焼きとレモンケーキ、ハクのリンゴ、自分の分は茸と野菜の炒め物とパン、そして蒸留酒を注文した。


久し振りの人混み、人族の活気に若干の戸惑いを覚えながら料理を待っていると、看板娘のヨナが両手に大皿を乗せてやって来た。

ハブスの店は客が多くて忙しい時でも、頼んだ物がすぐに出てくる不思議な店なのだ。


卓の上に料理が並び、早速ハクが肉を切り分けてディルに食べさせている。擬人化したスライムが蛇に餌付けする姿など、そう見ることができるモノではない。相席をしてくれた職人衆も興味深そうにその様子を眺めている。


久し振りに人族らしい食事を堪能し幸せな気分に浸っていると、食後の蒸留酒を運んできた給仕のヨナがロウに話しかけてきた。


「ロウさん、お店休んでいる間に探索者組合の人が何回か来てたよ。帰ってきたら組合に来てくれって言ってたわ!」

「そうですか、ありがとうヨナさん。」

「三回も来たからね、大事な用じゃないかな?」

「あ~、それはなんか、嫌な予感がしますね。聞かなかったことにして・・・」

「ダメダメ!ちゃんと伝えたからね!ヨナのせいにしないでよ!」


面倒事にならなければ良いなと考えつつ、食後のケーキを楽しんでいるディルを見ながらロウは蒸留酒を口に含んだ。


食事を終えて向い側の自分の店に帰ると、扉の隙間から投げ込まれた手紙が四通もあった。

因みにこの世界、住所をナンバリングするという概念は無く、どこそこの街の何通りから東へ何本目の通り、●●の店の横、などと事細かく宛先を書かないと届かない。もちろん時間もかかるのだが、遠方への唯一の通信手段として認知度は高かった。


差出人は魔法士組合からのものが二通、探索者組合からが一通、そしてサキ師匠からの手紙が一通である。

サキ師匠からの手紙は別として、残り三通は中を見ないでもおおよその見当は付く。転移の魔法陣についてあれこれと情報を引き出そうとするつもりなのであろう。


面倒な人族の柵を考えると、昨日まで一緒にいた妖魔達の方が何と気が楽なことか。

ロウは溜息と共に手紙を鞄の中に仕舞い、店の扉を閉めて鍵を閉めると、指の先に小さな魔法陣を出して光球を召喚し、真っ暗な店内を照らしながら二階の居住域へ上って行った。



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