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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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4.道具屋の日常


自由都市国家ラプトロイの朝は早い。


三つ鐘(五時くらい)の音が街中に鳴り響き、防護壁の扉が開かれると、日の出前から開門を待っていた複数の商隊の馬車が先を争うように飛び出していく。

その後に続くのが『魔境』まで素材集めに出向く探索者達、次いで防護壁の外にある農場へと働きに出る者達だ。


そして出発の波が引けてくると、防護壁の外で夜通し待機していた商人や探索者達の入国審査が始まるのである。


一方、街中で一番初めに動き出すのが表通りに並ぶ露天商の屋台で、特に肉詰めパンや餡かけモチなどの朝食を売る店が朝の食欲をそそる香りをばら撒きはじめる。

朝早くから街の外に出る商人や『魔境』や『迷宮』へと向かう探索者相手に、朝食や持ち帰りのできる弁当を売り込み、一日の売り上げの半分はこの時間で稼いでしまうのだ。


やがて人の流れが落ち着いてくる鐘一つ刻(九時くらい)までもう少し時間がある刻限になると、目抜き通りの大店が開店準備を始め、また別の人の流れが生まれるのである。


だがそれはあくまで表通りの喧騒であり、裏通りに目を向けるとまだ眠い目を擦りながら職場へと歩く職人達や、開店前に店の前の掃除を始める店主がちらほら見えるくらいでどこか弛緩した空気が流れていた。


こんな朝早くから裏路地の商店などに来る客などいない。

この辺りの者はそれをよく理解しているし、このような場所に来る者が朝早くから動き出すことなんてないことが判っているのだ。


もちろんロウの店「道具屋」も同じで、この店の扉は鐘一つ刻を過ぎないとまず開くことは無い。そもそも開けるのかどうかすらも決めていない。

休みが不定期という店はこの街にも多いのだが、開店が不定期という店はそうあるものでもない。いつ開いているのか分からない店を贔屓にする客などはいないから、常々暇なのは道理であった。



とりあえず開店の札が下がった扉の中、店内の客がいないカウンターの上では店番をしているつもりか黒蛇のディルが蜷局を巻いている。

この店の主はというと、隣りの工房に篭って珍しくも創作活動中であった。


今、ロウが造っているのは一振りの剣である。

一月ほど前に店に出入りする探索者から受けた依頼だが、何やかやと用事が重なってしまいまだ制作に取り掛かっていなかったものだ。


今回の依頼は「剣」であるが、他の工房ならいざ知らずロウの場合、全くのゼロから作る機会はそれほど多いとは言えない。


「剣」という武器はこの世界で至極一般的な物であり、どの町に行っても必ず何軒かある鍛冶工場で常時生産されているため、金さえあれば何処に行っても手に入るで武器である。

迷宮や魔境といった過酷な環境で酷使される武器は消耗も激しく、常に需要があるからだ。


この都市国家にも鍛冶屋は数多く工房を開いており、その需要に応えるよう日々制作を行っている。

もちろん鍛造剣も鋳造剣も両方作られているが、数多く流通しているのが鋳造剣であり、手入れも乾いた布で拭くくらいで、折れたり刃が欠けたりしたら新しい物に買い替えるというのが主流である。

制作に手間がかかる鍛造剣は、鍛造剣の十倍から二十倍とどうしても高価になるうえ、使い手も常日頃から剣の手入れが必要になってくる事ことから敬遠する者が多いのだ。


そして経験を積んで戦いのイロハを覚え、鋳造剣の性能に「物足りなさ、危うさ」を感じた者がより強力な武器を求めるときに鍛造剣を選ぶのである。


そんな武器に命を預ける者達の間でよく言われているのが、人が剣を選ぶのではなく剣が人を選ぶ、という言葉だ。

腕力がない者が大剣を買ったり、魔力がない者が魔法剣を使っても剣の能力を十分に発揮できないからだ。


この言葉を曲解する武器屋や生産者達は、様々な性能の武器を作り店に並べ立てて「さあ、身の丈に合ったモノを選べ」と待ち構えているのだ。


しかし、裏路地の小さなロウの店は少し違う。

作り手が注文生産を請け負った場合、依頼主に合ったモノを造らなければならないのは必定という考え方である。


今回の依頼主の注文は、①両刃の片手剣であること②切れ味を重視③風魔法付与で剣速を上げたい、この三点であった。

力押しの戦士ではなく、攻撃速度を重視し手数で圧倒する戦い方をする男で、本来は双剣を使う男だ。


切れ味を追求すれば鍛造剣、魔法付与を望めば魔法剣となる。つまり、鍛造の魔法剣をご所望というわけだ。


依頼主は魔法を使う適性はないのだが、内包魔力が常人より高めなので、魔法剣ならば扱う事もできるとかねがね聞かされていた。

もちろん【鑑定眼】の能力を持つロウに、である。

その男が迷宮で千金でも見つけたのか、高額な魔法を付与した魔法剣の制作を依頼してきたのだ。


魔法剣とは付与魔法士によって属性魔法の力を付与した剣の総称で、使い手が魔法士でなくても属性魔法の力を使う事が出来るのである。


火炎を纏い剣によって斬られた切断面を焼き溶かす炎の魔法剣

気風を纏い真空状態を作り出し触れぬものでも斬る風の魔法剣

水氷を纏い触れた物を凍らせ硝子のように破壊する水の魔法剣

岩砂を纏い大地を操り圧倒的質量で相手を押し潰す土の魔法剣

聖光を纏い生命を癒し闇に迷いし魂を輪廻界に導く光の魔法剣

深闇を纏い森羅万象を無に還し己の深淵に吸収する闇の魔法剣


自分の魔力を剣に「流す」ことで魔法を具現化する媒体となるのだが、当然使い手の魔力の量と質によって顕現する力に差はあり、内包魔力が少ない者なら発動すらしないのである。


また、この世には「魔法剣」とは別に「魔剣」と呼ばれるモノも存在する。迷宮や魔境で長い間高濃度の魔素を吸収し、剣自体が特殊な能力を持ってしまった剣の総称だ。


触れた相手の魔力を吸収し自らの力とする吸魔の魔剣

その剣身に映した物を瞬時に石に変える石化の魔剣

手に取ったものの精神を狂乱させ数多の血を求める吸血の魔剣

自らの身で殺したモノをアンデッドとして召喚する繰死の魔剣

止めどなく瘴気と毒気を発し傷付けた相手を死に至らしめる瘴毒の魔剣

対象の精神を支配して幻覚幻聴を見せて惑わせる幻惑の魔剣


これらはもはや武器という名の「魔道具」であり、持った者の適性など関係なく魔力を消費し続け、最悪の場合使い手までも死に至らしめるため、扱える者は極めて少ない。

発見されることも稀で世に出る「魔剣」も非常に少ないのだが、高額で取引されることは滅多になく、寧ろ厄介払いの体で神殿やロウの店のような路地裏の小店に持ち込まれることが多かった。


魔剣の話はともあれ、人族が腕を使って振う剣を作るにあたり必要な決め事が三つあった。

それがベースとなる形、剣の重心、束の長さである。

これまでにロウは二度ほど依頼主の剣を使扱う時の動きを見せてもらい、当人に合った一番扱いやすい形、重さ、そして性能を洗い出してきた。


もちろん本人の技量があってこそだが、片手剣ならばこれで使い手の剣速と間合いが決まるといっても過言ではない。

そして何度目かの面談を経て、造る剣の全容がイメージできたため、ようやく制作に取りかかったのである。


工房の一番奥にある倉庫へと向かう。

奥行きが2mもない狭い倉庫の中には、壁一面の大きな棚とその棚に収まる十以上の木箱、そしてさらに奥へと続く扉があった。


この奥の扉の先には、ロウの能力でもある【空間魔法】で創り出した定置式の亜空間倉庫がある。

中はこの店と同じくらいの広さを持つ正方形の空間が拡がっていて、これまでにロウが造った物や、巡り巡ってこの店に売られてきた様々な武器道具類が並んでいた。

当然この倉庫の中で保管されているモノはどれも曰く付きのモノばかりで、一つ一つが専用の棚に入れられて厳重な封印が為されている。


そして、その亜空間倉庫の一角には様々な金属のインゴット(鋳塊)が置いてある。

その中から一塊のインゴットを取り出すと亜空間層を後にし、工房へと戻ってきた。


取り出してきたのは魔鉄と呼ばれている『迷宮』などで採取される鋼で、濃い魔素に曝されている分、魔力増強と魔法発動補助性能が高い武器になる金属である。


インゴットを倉庫から取り出して作業台の上に置くと工房の角に設置した炉の前に立ち、中に魔核を敷き詰める


ロウが使っている炉も彼自身が創り出した魔道具の一つである。


魔道具:【魔高炉】

素材となる金属と大気中の魔素を定着させ、金属の強度や魔力伝導力を向上させる。火属性魔法により高熱を発する。

燃料に木炭や石炭を殆ど使わず、魔獣の魔核を燃焼させることでより高い熱量を発する。


ロウが造る武器の類が性能が良い、持ちが良いと評価を受けるのはこの魔道具のお陰でもあるのだ。

この他にも魔力を込めやすいミスリル鋼と魔鉄の合金で作った【魔鉄鎚】や、耐熱性に優れた鍜治鋏、風魔法を付与した【鞴】など、鍜治を嗜む者にとって最高の道具を持っていた。


燃料として使用する魔核は、強い魔獣のモノであればあるほど魔剣としての性能を上げる事が出来るのだが、中堅探索者が使う武器ならば有り余る汎用魔核で十分である。


魔高炉の側面に描かれた円形の文様に触れて魔力を流し込むと、中の魔核はあっという間に熱で真っ赤になり、熱せられた空気が容赦なくロウの顔を舐めまわしていく。

しかしロウは顔色を変えることなく、寧ろ涼しげな表情で炉に近付いてインゴットを放り込むと、炉の中を凝視しながらしばらく動かない。

やがて眩い橙色になったインゴットを鉄床の上に取り出し、【魔槌】を使い高速で叩いて残っていた不純物を撒き散らす火花と共に取り除いていく。

それを数回繰り返すと、元の鉄塊は人の腕位の長さの棒状のモノに形を変えた。


ここからの鍛造には少しずつロウの魔力を注入しながら鍛えて行かなければならない。魔高炉に突っ込んで熱しては叩き、形を整えて冷やしを繰り返すこと百数十回。

途中、剣身と束との接続部分に、魔力を通す芯となる固い魔鉄を埋め込んでから束、鍔、剣身、切先と順に形を整えていき、時に重心を測り、時に歪みを矯正し、魔鉄の塊が徐々に剣の形を成していった。


最後に剣全体を魔高炉で熱し、軽く自然に冷めるのを待ってから土色の泥のような半液体のものに浸していく。

迷宮の壁を削って細かく砕き、魔獣の骨の粉末と混合して粘土状にしたものだ。熱くなった金属を均等に冷やすと共に、魔力を帯びたモノで密封し内包魔力を定着させるための工程である。


ここまでの作業ですでに鐘四つの刻(十七時くらい)は既に過ぎて、外は闇に包まれていた。


「ふわぁぁぁ・・・。今日はここまでですかね。片付けましょうか。」


魔高炉で熱した金属が完全に冷えるまでは一晩は放置しなければならない。

ロウは魔高炉の中から魔核の燃えカスを取出し道具類を片付けると、大きく伸びをしながら工房を後にした。



翌日もロウは工房に籠っている。昨日もそうなのだが客など一人も来ておらず、カウンターの上ではディルが相変わらず暇そうに店番をしていた。


今日は昨日打った剣を研いでいく作業だ。

使う砥石は迷宮の中から採取してきたモノで、石目を見ていくつかの種類を持ってきて加工が終わっている。


剣を砥ぐときは、剣に魔力を込めるのではなく、砥石全体に行き渡るように魔力を込める事が多い。


最初に足こぎの回転式粗砥石で全体を研いでから、砥水を打ち、徐々に目を細かくした砥石を使って手作業で研いでいく。

言葉で言えばこの程度の作業だが、鍛造剣の場合この工程だけで三日は懸るのだ。鍛造剣が値の張るモノになってしまうのは仕方の無いことである。


研ぎは根気のいる作業だが、この工程で手を抜くと「魔法剣」とはならないので集中力を切らさぬように、ただ無心に時を忘れて手を動かす。


やがて砥石と剣の間に「シュッ」という心地よい音色が発するようになると「鍛造剣」としての完成であった。


乾いた布で表面を拭きとると、鏡のように鮮明で少し赤み罹った剣身が非常に美しい。満足のできる出来栄えであった。


そして最後の仕上げに行うのが付与魔法である。

この世界でほんの僅かな数しかいないといわれる付与魔法士だけが出来得る魔法だ。


付与魔法には二通りあり、一つが自分の持つ能力、例えば【火属性魔法】の劣化版を武器に転写する方法。

そしてもう一つの方法が対象に魔法陣を描き、魔法発動の能力を与える方法である。


世にいる殆どの付与魔法士が能力転写の魔法を使うのに対し、ロウは武器や魔道具を造る魔道技士であると同時に、魔法陣を使った付与を行う付与魔法士でもあるのだ。


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