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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
38/62

37.道具屋の新米店員の一日


自由都市国家ラプトロイには二十数万人もの人族が住み、『魔境』から溢れ出る魔獣の脅威と常に戦いながら逞しく生きている。

しかも、辺境地ともなると「癒し手」の能力を持つ教会が派遣する治療士の人数も少ないため、怪我や病気の治療が十分行き届かず、薬師が作る薬草由来の回復薬に頼らざるを得ないので、死亡率も少し高いのかもしれない。


そんな危険な辺境にあっても、少しずつ住む人が増えていくのは「誰でも住む事ができる」街だからだ。


建国の勇者が公布した人族平等法を守り、人種的な差別を「罪」として取り締まっているのは、世界広しとは言えこのラプトロイを筆頭とした辺境諸国連合だけだろう。

だからこそ、自由を求め、今でも多くの人族が辺境の地へやって来る。特に多いのが人間族のコードミア種、獣人族、魔人族であり、他国では種の違いだけで人権を与えられなかった者も、この国では大切な「国民」となる。

だが、建国の勇者が定めた「働くこと」「奪わぬこと」「助け合うこと」の三法は国家の礎となっており、これを守らぬ者はこの国にいることは出来ない。


そんな風にここラプトロイには数多くの種族が住まい、お互い肩を並べて生活しているのである。


しかし、最近のラプトロイでは「人ではないモノ」の存在がちょっとした話題になっている。一つは「人であったモノ」もう「一つは人の形をしたモノ」で、実は同じ人物が生み出した存在なのだが、その行動は人と全く変わらないという。


ここはそんな不確かな存在さえ許容してくれる街なのである。



ラプトロイの職人町東地区。

大通りから数ブロックも入った裏路地にある「道具屋」の新米従業員ハクの朝は早い。と言うより、睡眠をとる必要がないので夜の間もずっと起きている。


早朝、鐘三つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)を告げる鐘の音が鳴り響くと、ハクの主ロウはベッドから起き上がり、洗顔歯磨き食事の準備と流れるように動き、いつもと変わらない日常が始まる。

主が休んでいる間、ハクはベッドの中で小スライムの姿であるが、主が動き出すと同時に人族の姿になって主の後をトコトコと付いて回る。もしかしたら、何か用事を言いつけられるかもしれないからだ。


ハクの最初のお仕事は食卓の準備である。決められた通りに木製の大皿小皿、木のカップとナイフフォークスプーンを並べるのだ。

やがて食事ができたらロウが皿に取り分けていくのだが、ハクはやっと起き出してきた黒蛇のディルが食べやすいように、出来上がった料理を小さく切り、フォークに刺して食べさせてあげるのだ。


最初はロウがやっていたが、その様子を見ていたハクが自然に憶えて、ある時ディルへケーキを食べさせてあるとロウに褒められたので、自分から積極的にやるようになった。

ハクは食器の使い方も上手なもので、椅子に座りながら器用に選り分け、零さないように、落とさないようにディルの口に放り込んでいくのだ。


食事が終わると、ロウが後片付けをしている間にハクは一階の店に下りて、明かり取りの天窓を開けていく。まだ透明な硝子が普及していない世界なので、窓と言えば木製の跳ね上げ扉がはめ込まれているのだが、この店には内側に透明に近い硝子のようなモノが付いている。

魔水晶を薄く削って木枠にはめ込み、そのまま天窓に固定しているモノだ。おかげで、風が強い日も雨が降っている日でも跳ね上げ扉を閉める必要が無いので、魔導ランタンの魔石を節約する事ができるのだ。


ハクは手を触手のように伸ばし、魔水晶硝子をスライドさせてから跳ね上げ窓を開けていく。すると真っ暗だった店内に明りが挿し込んできた。


次は店のお掃除だ。この店では棚の埃落としと床の水拭きは毎日する。

ハクの担当は床拭きである。軽く床の掃き掃除をしてから、店舗裏の水場へ行き、水瓶から小さい壺に水を移して店に運ぶと、濡れた雑巾を木の棒の先に付けて床を拭いていく。

毎日ちゃんと掃除しているので、この店の床はいつも艶やかに光っているのだ。


店の掃除が終わると、次は工房にいってやはり床の掃き掃除をし、ようやく朝の掃除は終了である。


ここでロウはいつも珈琲を淹れる。香ばしい香りが店内に漂い出すと、ハクは笛の練習を始める。ディルはまだ二階の寝室から出てきていないが、この笛を合図に起きてくるのだった。


少しだけ時間が過ぎると、時計台の鐘が一つ鳴り響き、その音を聞いたロウがハクに言う。


「さて、店を開けましょうか。」


ハクは店の扉を開けるのが大好きである。入口に立つと内開きの扉をゆっくりゆっくりと開けていく。そんな様子のハクは、扉の隙間から少しずつ店内に入り込む外の光を楽しんでいるかのようだ。

やがて扉を全開まで開き、表側に付けた「閉店」の木札を裏返して「開店」にすると、陽の光が降り注ぐ店の外に出て、短い腕を上に上げて目一杯伸びをするのだ。


元々は店主のロウがやっていた習慣であったが、ある時からハクが扉を開けるようになりロウを真似て伸びをしていたら、近所のおばさんから元気な挨拶と採れたてのリンゴを貰えたので、ハクはこの仕草が大好きになったのである。

食べ物は口にしないハクが、あの時以来、リンゴだけは食べるようになった。



朝、店を開けると、お客さんの対応や商品の補充といった仕事に追われる、と言うようなことはない。


私の主であるロウ様から命じられたことは「朝になったら店を開けること」「主のお仕事のお手伝いをすること」「ディルさんにご飯を食べさせること」だけである。いつもお客さんが来ない店だから、店を開けてしまえば、後はやることがない日が多い。

店を開けたあとは、ロウ様はいつも静かに分厚い本を読んでいる。最初はその様子をジッと見ていたのだが、ある日、ロウ様からは「暇な時は何をしていても良いよ」と言われたので、店のカウンターに座り、大好きな魔水晶の笛を吹いて過ごしている。


縦笛は、初めのうちは上手に吹けなかったのだが、ロウ様のお友達であるサキ様から色々な音の出し方を教えて貰ってからは綺麗に音が出せるようになった。

教えて貰った音を順番通り吹いていくと、「とても優しい曲だね」とロウ様から褒められるので嬉しい。朝食を食べた後、また寝室に戻って寝ていたディルさんも、笛の音を聞くと店に降りてきてくれる。

ディルさんはちゃんと聞いてくれているのかどうか分からないが、音を間違えたりちょっと詰まってしまうとちらっと目を開けるので、きっと聞いているのに違いない。


最近は練習の成果が現れてきて、教えて貰った曲は一度も間違えずに吹けるようにまでなった。そろそろ、もっと別の曲も吹けるようになりたいと思っていたら、先日、ロウ様がサキ様に手紙を書き、今度会いに行くから私に違う曲を教えて欲しいとお願いしてくれたらしい。

嬉しくて震えていたら、ロウ様は照れたように微笑んで「今年の蒸留酒と美味しい米酒を届けるためだよ」と言っていたが、それでもやっぱり嬉しい。


たまにお客さんが店に来ると、お客さんは私の姿を見て必ず驚いて立ち竦んでしまう。

どうやら私は人族にとって天敵のような存在らしく、みんなが同じような反応をしてしまうらしい。ちょっと悲しくなってしまうが、その度にロウ様がちゃんと説明し、頭を撫でてくれるので気にならなくなった。


ロウ様のお仕事のお手伝いをするときはとても楽しい。

硬い金属の形がどんどん変わっていく様子は見ていて飽きないし、普通の金属は私の身体のように自由に形を変えることも出来ないのは興味深い。何より、出来上がったモノがとても綺麗なのだ。そんな綺麗なものを作れるロウ様は本当にすごいと思う。

工房にある魔高炉の火は、私の身体をも溶かしてしまいそうでちょっぴり怖いが、ロウ様のお手伝いをするためにはこの位我慢しないと。


鐘が四つ鳴る刻限になると、もうお客さんが来ることは無い。だけどこの店は日暮れまで営業しているので、ロウ様が魔道ライトに明りを灯し始める。

一度自分で魔道ライトを点けようとしたら、何故かライトが燃えてしまい、とても慌ててしまった。怒られると思ったが、ロウ様はちょっと苦笑いしただけで、また頭を撫でてくれたのだが、同じことはしてはいけない、という事は良く理解した。


お店を閉めたら夕ご飯である。


必ずお肉が出る。だけど殆どディルさんが食べてしまう。ディルさんも私と同じで、本当は何も食べなくたって生きていけるのにな。

ロウ様も本当は何も食べないでも良いのだと思う。だけと木の実や野菜、そしてお酒も大好きみたいで、毎日お気に入りの陶器のコップで二杯だけ蒸留酒を飲んでいる。


ナイフとフォークを使ってこんがり焼き上がったお肉を切り、ディルさんの口へと運ぶ。するとディルさんは待ちきれない様子で首を伸ばし、ぱくっと一口で飲み込んで次のお肉がくるのを待っている。

そんなディルさんと私の様子を、ロウ様がニコニコと微笑みながらお酒を飲むのだが、この時間は何となくほんわかして心地よい。ディルさんは直ぐにお肉を飲み込んでしまうので、お肉を切るのが忙しいのだけれど。


お食事の後も、お店にいる時と何も変わらない。

ロウ様と二人で食器を片付けると、ロウ様は魔法で出した水を大きな盥に溜め、ディルさんと私の身体を洗ってくれる。この時は小スライムの姿だが、何となく頭を撫でられているようで嬉しいのは内緒だ。


時々、お店の前のハブスさんのお店に行ったりもするが、大体はこの二階の居間で思い思いに過ごしている。


私はやっぱり笛の練習である。

最近買ってもらった刃型吹笛(オカリナ)は、出せる音の種類は少なくて高い音も出にくいから、夜の練習にはもってこいなのだ。

まだ刃型吹笛(オカリナ)は上手に吹けないので、ロウ様やディルさんにとっては耳障りかなとも思ったが、二人とも静かに聞いてくれている。


ロウ様は相変わらず分厚い本を読んでいる。ディルさんも同じ本を読んでいるのは、魔法の勉強をしているからだ。何でも人族に変化する魔法があるのだとか。

ディルさんが人の姿になってしまったら、お肉を食べさせてあげる事ができなくなるので、少しさびしいかな。


夜は鐘が鳴る時間は無いので、時間の過ぎ具合が分からないのだが、だいたい新しい日が始まる前には皆で寝室にいって休むことになっている。


だが、夜になると私がやることは全く無くなってしまう。


私には眠りは必要ないので、いつも起きている。ディルさんと同じように気捲れでロウ様の布団で一緒に休む事もあるが、実は小さくなってただジッとしているだけだ。

だから、時々部屋を抜け出して一人で夜の街に行ってブラブラする事もある。流石に夜でも明るい大通りは歩けないが、裏通りなら大丈夫なのだ。


ロウ様も本当に眠っているのかどうか、分からないくらいに眠りが浅い。最近は上手く抜け出すことが出来るようになったのだが、ついこの間までは、外に出ようとすると私の方を見て笑みを浮かべて見送っていたのだから。


夜道を散策する時は、ロウ様の本に書いてあった「ネコ」という小さな生き物の姿である。

この姿なら道でも屋根の上でも歩き易いので、実はいちばんお気に入りの姿なのだ。笛は吹けないけれど。


夜の街を散策している間に、何人かお友達も出来た。

何時も大勢の酔っ払いがいる酒場のマスターさんや、街角に立つ娼婦のお姉さん、夜警の兵隊さんにも友達がいる。私がロウ様の従魔であることを知っているらしく、みんな好意的に接してくれている。


時々笛を吹いてくれとお願いされてしまう事もあって、みんなの前で吹くこともあるのだが、みんなに喜んでもらえるのは嬉しいので、私も喜んで演奏している。

ロウ様には内緒のお小遣いも増えるし。


だけど今夜は繁華街の方へは行かず、お家の屋上に上って綺麗な双月を眺めている。今日はお姉さん月が丸くなる日なのだ。

じっとしていると、やっぱり笛を吹きたくなってしまうのだが、ロウ様から夜は近所迷惑になってしまうので駄目だよと言われているので我慢しなければ。でもお気に入りの笛を月の明りで照らしてみる位は良いよね。


そう言えば、近所の子供達がギムキョウ学校で笛を吹きたいと先生にお願いしたみたいで、学校にも魔水晶の笛を売ってくれと言ってきたらしい。サキ様が教えてくれた曲を皆に吹かせたいのだとか。

私、もしかしたら学校に行って「先生」と呼ばれるかもしれない。少し照れる。


私が普通の人族だった頃の記憶は全くない。でも、あの寂しい村で、スケルトンとして欲望のまま狭い村の中を彷徨っていた記憶は残っている。何かに、とても飢えていた。

それと大切な笛が折れてしまった時、とても悲しかったことも憶えている。


だけど、今の私はとても幸せなのだと思う。毎日、同じ事ばかりしているのだけれど、なんだかとても楽しいのだから。



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