33.道具屋の独り言
収穫祭の後半になると、大きな催し物が多くなる。
最大の目玉は、遠く妖精族の国から来たエルフ族で編成された楽団の演奏である。演奏当日は南大通りの屋台は全て撤収され、広い舞台と王族が着座する観覧席が作られる。
見目麗しい美男美女の妖精が奏でる愛の旋律は男女の恋愛感情を高め、激しく速く叩かれる管弦楽器の音色は戦士達の心を揺さ振るのだという。
この演奏を聴くため、数多の男女が気になる異性を、長年連れ添った己の分身を、信頼を置く仲間を連れて会場に押し掛けるのだ。
そんな演奏を一緒に聴きに行く相手を見つけるため、どことなく街の繁華街は浮付いた感があるのだが、少し大通りを離れた裏通りは、いつもと変わらぬ同じ風景を映している。
昨日、創世期の機械人形の購入に大金を出してしまったロウは、足取りも軽く裏路地にある自分の店「道具屋」に戻ってきた。
落札直後は、これからの生活をどうしようかと気が重かったのだのだが、機械人形の補修手順をあれこれ考えている内にだんだん気分が高揚してきたのである。
翌日は朝からご機嫌で、何時もより早く店を開けるとそのまま工房に入り、魔法拡張鞄の中から機械人形を取り出て作業台の上に横たえた。
この機械人形の性別を特定する様な部位は作りこまれておらず、表情も非常に中性的な面影になっている。
身の丈は150cm程度、黒髪はボサボサだが手入れをすれば肩より下くらいだろう。身体の関節は剥き出しだが、どのように曲げても外殻が内側を隠すように工夫されている。
目と耳は驚くほど精巧に人間族と似せて作られているが、鼻は少し顔面から飛び出ているだけ、口に至っては作られておらず、耳の後ろから伸びた黒いシールドで顔半分が隠れている状態だ。
ロウは魔道具の明りを灯し、人形の破損状況を確認する。
外から見た限りの破損個所は、顔から胸元にかけての人工皮膚破れ、右目欠損、右腕の切断、左手指二本右腕指二本、足指三本の破損、腹部に多数の傷と凹み、背中部分の焼け焦げた跡など箇所数は多い。
ただ、機械人形にとって重要な部位である頭部や腹部の凹みや傷は、見た目よりはたいしたことはなさそうである。おそらく、人形の外殻の取り外し方を知らない者達が、色々道具を使って無理矢理抉じ開けようとしたからではないかと思われる。
本来、機械人形の分解組立には魔力操作が不可欠で、特に外殻の取り付け取り外し時は、その部位に魔力を通しながら作業を行わなければならない。
機械人形の構成する部品は、数百とも数千とも言われている。
代表的なものが、人工知能を構成する頭部の魔石と魔法回路、骨格、金属性の外殻、筋肉の代替えとなる金属繊維、身体を動かす命令を伝えるための神経の代替えとなるミスリル細糸、人工皮膚、骨間の緩衝材等々、それ以外でも無数の部品を組み合わせて作られている。
一から制作する事はもちろん、酷く破損したものを修復する作業量は膨大であり、当然ロウが一人で出来るものではない。しかし、動かないものを起動さえしてやれば、大抵の機械人形には自己修復機能が付与されているので、余り手がかからず直せてしまうのだ。
もちろん魔剣のような自動修復ではなく、道具と材料を与えてやれば自分で自分の身体を修理できるという内容だ。サキ師匠の元にいる機械人形のセルも、自分で自分の身体を整備している。
機械人形が完全停止する条件は、頭に組み込まれた核となる魔石の内包魔力が切れた場合か、内部の魔力伝達幹線や動力部に不具合が起きているかの何れかである。
ロウが初めてこの機械人形を見た時、外見の破損は酷かったが、特に根拠はないのだが、内部の破壊には至っていない、つまり核に損傷はないと感じたのも購入を後押ししていたのだった。
しかも、幸いにして部位欠損は右目だけでその他の部品は全部そろっている。
「まず、綺麗にしましょう。」
機械人形の薄汚れた身体を、濡れた布や浄化洗浄の魔法を使って綺汚れを落としていく。一通り綺麗になると、傷付いた部分や破損が激しい部分などが余計に目立つようになった。
最初に取り掛かるのが外殻の取り外しである。
この作業では、人体の構造を知れば魔法の発動に役立つのだと、「きんにくきんぐくん」という人族の骨格標本を使った、サキ師匠直々の講義で得た知識が必要になる。
機械人形は太古の魔法生物とも言われ、体の動きをより人族に近付けるため、手足合計二十本の指を除いた身体の部位が十九で構成され、主要関節が二十、骨格部品は約三百はある。
また、外殻は頭部が七つ、胸部は八つ、腹部が九つ、臀部が八つの計三十二分割で構成されているが、固い下層殻と柔らかい上層殻、そして人工皮膚の三層構造になっていて、部位によっては上層殻と人工皮膚だけの場合もあり、とても複雑に組み合わされているのだ。
これらの知識を反芻しながらの作業だった。
「師匠のおかげですね、あの気味が悪い人形がこんな風に役立つなんて思いませんでした。」
「・・・」
ハクは不思議そうにロウを見上げ、足元にいたディルは何かを思い出したのか、蜷局の中に頭を隠して動かなくなった。
外殻の接合部には必ず接合封印の魔法陣が使われていて、そう簡単には外れない。外殻の上から「一定量」の魔力をゆっくりと流せば封印が解かれ、ようやく外れる仕組みになっている。しかし、この流す魔力は属性を持った魔力ではなく、魔力操作や魔力集積で得られる無属性のもので、無属性の魔力を操る能力が無い者には反応を示さないのだ。
手順的に少々面倒な頭部は後回しにして、首から下の封印部に魔力を通しながら機械人形の胸、腹、臀部と幾つもの外殻を外していくと、金属筋肉と骨格が見えてくる。
外殻を外して改めて調べると、背中から臀部にかけての金属筋肉と腹筋部分の金属筋肉が数カ所切れてしまっているだけの様で、ロウが予想した通り内部の損傷は殆ど見られなかった。
ただし、この部分の損傷があるならば、相当な外力が作用したと考えられる。
「念のため、背骨の損傷も確認しなければならないでしょうね。」
ロウが【鑑定眼】で下層殻を調べてみると、使われている材料は魔鉄とミスリルの合金であった。単位当たりの含有比率は綺麗に均一になっており、溶融や冶金ではなく錬金魔法で作られた金属であることが分かる。
確かに合金にした方が強度的に丈夫なのだが、下層殻の厚みを見ても機械人形は相当の防御力を誇っていたに違いない。
ロウは金属筋肉を掻き分けて人族で言う内臓部分を確認していく。
この機械人形の元来の用途は不明だが、腹部には魔法陣で封印が為された六つの小箱が埋込まれていて、扉を開けてみると中には透明な魔石が入っていた。
すでに魔力は残っていないようだが、魔石の透明度を見ても高品質、つまり魔力を込めやすい物であることが分かる。この小箱はミスリル細糸で背骨に接続されているので、何かの動力源になっているのだろうか。
肋骨で守られた胸部には、体の制御装置と動力源である古代生物の魔石が埋込まれていた。魔石自体は透明なのだが、内部に煙のようなモノが蠢いていて、様々な色に変化しながら発光している。
古代遺跡で発見された機械人形の価値の殆どがこの古代生物の魔石の価値であるという。もっともそれは研究者達にとってであり、貴族や一般人にとっては鑑賞用となってもそれ以外では全く使い道がないモノであるのだが。
「これは・・・予想より大きい。この子はおそらく戦闘用に作られていますね。」
機械人形の用途は様々だが、最も多いのが介助用、最も少ないのが戦闘用である。もちろん、戦闘という動きの複雑さ故に製作難易度が上がるためであり、戦闘用機械人形はほとんど作られていなかったか、あるいは過去の戦闘で破壊されてしまったのか、現代まで動いているものは残っていなかった。
戦闘という複雑かつ予測不能な動きを制御する魔石に、少しの傷でも付いていたら本来の動きが阻害されるかもしれない。ロウは拡大鏡を着け、魔石を丹念に調べていく。
「目立った損傷はなし、ですか。前の持主が無知で助かりましたね。」
しかし、魔石と骨格や金属筋肉を繋ぐミスリル神経細糸が数本切れている。切れたモノ同士を一つ一つ繋げて調べなければならない大変な作業になりそうだった。
背中の焼け跡や胸部の凹みは、おそらくこの魔石を取り出すために外力を加えた事による傷である。ロウは外殻の外し方を知らなかった前の持主の愚かさに感謝した。
続いて、頭部の解体である。
七つの外殻のうち、前面と頭頂部の四つを外すと、籠状の頭蓋に守られた一際大きな古代魔石と魔法回路、即ち魔石の周りに取り付けられた五つの金属球と、薄い蒼の輝きを放つ大小様々な純ミスリル金属体、管や糸が詰め込まれている。
金属球といっても何十にも重なった円盤の集合体であり、円盤一つ一つに魔法陣が刻まれていて、それぞれ記録球、反応球、命令球、解析球と呼ばれ、機械人形の思考を制御する重要な役割を持っている。
残り一つの金属球はロウでもわからない。この機械人形に装着されている魔法陣を読んでみても意味不明だし、図柄も規則性が無く一枚一枚内容がバラバラなのだ。
回路として体内にある全ての魔石と繋がっているので、何らかの役割は担っているはずなのだが、全く判らない。
この部分に関してはあとでサキの元にいるセルにでも聞くしかないと諦め、破損状況を確認する。
命令球と魔石を繋ぐミスリル糸が切断されていること、さらに命令球と反応球にも少しだけ傷が付いていた。おそらく眼球を取り外して細い棒のようなものを突っ込み、この金属球を取り出そうとした時に傷付けられたのだろう。
丸一日もかかった調査で、この機械人形が動かないのは、魔力の枯渇と命令球の損傷、金属筋肉と神経線の一部破断であることが分かった。
壊れていた部分については、いずれもロウの技量と、今この店にある材料資材で修復可能であると言えるだろう。
「さてさて、この子は目覚めてくれるのでしょうかね。」
ロウは体を起こして伸びをし、すっかり日が暮れて暗くなった工房内を見渡すと、そう言えばディルの食事がまだだったと慌てて工房を飛び出していった。
◆
翌日も店の営業はディルに任せて、早朝から機械人形の本格修理に取り掛かる。
最初に手を付けるのは、やはり頭部損傷の修復である。機械人形が昏睡状態から目覚めてくれさえすれば、その他の修復は自分出来るはずなので相当の労力を省略できるのだ。
頭部外殻の下層殻には殆ど損傷が無いが、上層殻と人工皮膚が無理矢理剥がされている。非金属部分の修復は時間が掛かるので、そこから始めなければならない。
高魔力水と『魔境』に生える巨木バオブの樹液、そして硫石の粉末とスライム粉末を混ぜ合わせ、上層殻と人工皮膚を修復する培養液を作ると、上層殻と人工皮膚が破損している外殻を中に入れて七日ほど浸しておく。
乾燥しきった人工毛髪には、花油を丹念に浸み込ませ、四、五日も放置すれば元に戻るはずである。
行程に時間が掛かるものを先に済ませると、ロウは損傷している頭部の命令球を取り外し、作業台の開いている場所で分解していった。
全部で五十枚にもなる円盤のうち、傷が付いたもの、曲りがあるものは七枚。それを一つずつ直していかなければならないのだが、その補修方法は至って簡単である。
ロウは金床に円盤を置き、指先に魔力を集めてから破損箇所に触れ、特殊能力【錬成】を使って破損した金属をゆっくりと時間を掛けて直していった。
円盤の形が元に戻ったら、両面に描かれている魔法陣が消えていないか、歪みが無いかを確認し、必要に応じて元の状態に戻していく。
それでも一枚につき八割刻(一刻が四時間、二割刻が二時間、四割刻が一時間、八割刻が三十分くらい)はかかってしまったので、七枚全部を直し終えた時には、昼の時間をとうに越えてしまっていた。
修復した円盤を再び球状に重ねて行き、頭部の元の位置に戻す。
次に、球体の周りで切断されていたミスリル細糸を接合する訳だが、切れた細糸は六本あり、どことどこが繋がっていたかが分からないので、一本一本切断面を見比べて判断するしかない。
拡大鏡を使って切断面を調べて結線経路を確認すると、切れた細糸を端子から取り外して、全て新しいミスリル細糸に交換した。
さらに失った眼球に接着されていたミスリル細糸を探し出し、接続元から外して新しい物に交換しておく。
後は頭部の古代魔石に魔力を流し、魔導回路を再起動させれば良いだけなのだが、ロウは手を休め、いつもと変わらない長閑な声で、作業台に横たわる機械人形に語りかけた。
「さてと、ある程度身体は動くようになりましたよ。そろそろお話しませんか?」
それはロウの独り言なのだろうか。機械人形は微動だにしない。それでもロウは微笑を浮かべて機械人形を見おろしていた。




