32.道具屋と創世期の遺物
辺境地にある自由都市国家ラプトロイの恒例行事、収穫祭が始まった。
これから七日の間、街では様々な催しが行われ、国民全員が一体となって祭りを楽しむのである。
収穫祭の間はどの大通りにも食べ物屋台や甘味屋台が並び、店主達は薄利多売で少しでも多くの利益を上げようと客引きに余念がない。
収穫祭のイベントとしては、東西大通りの中心辺りで外国の音楽隊の演奏や、不思議な技を見せる大道芸が競われるなど見る者を楽しませる催しが多く、その他にも演劇や競売まで行われ、通りは人で溢れかえっている。
裏路地の「道具屋」の一行も、店を休みにして祭りに繰り出した。こんな日に営業しても客一人来ないのは分りきっている。
相変わらず主のロウは肩掛け鞄に黒蛇のディルを、羽織ったローブのフードの中にスライムのハクを格納し、ノンビリと通りを歩いていた。
どうやらディルは屋台の食べ物が楽しみらしく、鞄から身の半分も乗り出し、キョロキョと辺りを伺っている。こちらの狙いは屋台で売られている肉か甘味か。一方ハクは露店に並ぶ玩具や道具類に興味があるようで、体の一部を触手の様に伸ばしてロウの頭をペチペチと叩き、次はこちらに今度はあちらにと指示を出している。
それぞれにおこずかいの上限は言ってあるので、いろいろ値踏みしながらゆっくりと東大通りを眺めて回った。
ある程度店を見て回ったら、音楽隊の演奏を聞きに向かう。演奏会場は四か所もあるので、全部聞こうとしたらとても一日で回れるものではない。
それぞれの演奏会場では、音楽に合わせて踊り子達が舞い、観客も身体を揺らしたり、夫婦や恋人同士ならお互いの手を取ってクルクルと廻っていて、実に華やいだ雰囲気である。
ハクは音楽隊の演奏を楽しみにしていたようで、大きな音で演奏する音楽隊を興奮気味に眺め、演奏が終わるごとに触手を手の形に変化させて拍手を送っていた。
「ハク、どうです?本物の演奏は一味違うでしょう。」
「・・・」
ハクの興奮と喜びの感情が伝わってくる。最近ではだいぶ笛の腕も上がり、これまでどことなく暗かった店内を明るい雰囲気に変えてくれているのだ。
演奏を堪能した主従は、次の目的である商業組合の広場へと向かった。
ここで商業組合の競売が行われる。
競売に参加するには事前の申し込みが必要だが、基本的には誰でも参加できる。
競売では、遠い国から仕入れた珍品奇品、何処かの迷宮から出た魔道具や武器防具、はてや珍しい魔石まで出品される。もちろん人身売買は御法度だ。辺境都市国家連合では奴隷制度を認めていないのだ。
この競売で出品される商品は事前に確認する事ができる。そこでは最低落札価格つまり出品者の希望額と仲介者の利益、主催者の経費を含めた金額が掲示されており、落札希望者はここで事前に入札できる仕組みにもなっている。
雑多に集められたモノの中には、最低落札価格ですら入札が無い、つまり競売にならない商品もあるわけで、そう言った品を振るい落とし、無駄な時間を短縮するのが目的である。
事前入札者がいなかった場合や注目度が低かった商品は、主催者から競売にならずと判断されて競売に掛けられない場合もあり、そんな商品に事前入札した者は、意中の商品を値が吊り上らない内に手に入る事ができるのだ。
主催者側にしても、人気の有る無しに拘らず、事前に入札金額の予想を見立てる事ができ、競売会場での価格の吊り上げや場の盛り上げの操作が容易になるので、それなりのメリットはあるのだ。
そんな展示会場でロウは時間を掛けて陳列された品々を見ていく。各々整理番号が付けられており、今回の競売予定品が二百にも及ぶことが分かる。
今回の目玉は、何と言っても【水竜の鱗】と【炎の魔剣ザイアス】であろう。
何処かの貴族が所持していたという【水竜の鱗】は一辺が2mもある巨大なもので、相当量の水属性魔力を内包している貴重品である。
鱗がほんの一欠片もあれば、綺麗な水が湧き出す魔法水筒が作れるし、ある程度の大きさなら魔力を失った水属性魔石を鱗の近くに置いておけば、失った魔力の充填にも使えるという噂だ。また、とある国では軍の遠征時に持って行き、兵士の飲料水確保に利用しているとか。
何れにしても、今回最高金額で落札されると期待されている品で、この競売のために外国からも多くの仲買人が来ているらしい。
もう一つの目玉【炎の魔剣ザイアス】は、刀身が1m以上ある両刃のロングソードである。
名に属性を冠する魔剣は比較的扱い易いと言われており、その分値段が極端に上がってしまうのだ。特にザイアスは他国の迷宮で発見されたばかりであり、具体的な能力が判らない状態であるらしい。
魔剣は所有者に合せてその能力を変化させるという。つまりまだ何にも染まっていないザイアスを手に入れれば、自分の能力を馴染ませて最大限に発揮できるというメリットがあり、騎士や高位の探索者が挙って狙っているのである。
もちろんロウはそんな高額商品に興味はない、というより金銭的な面で関わる事すら出来ないので、その場の人混みは素通りし、比較的安い競売品を眺めていた。
珍品奇品と謳う通り、滅多に見ない透明な硝子製品や良い香りを発する香木、何かの魔獣の卵まで置いてある。西国でしか採れない甘い黒糖やどんな病気でも治す霊薬にも人だかりが出来ていた。
ロウが探しているモノは珍しい魔石や異国の香辛料、奇妙な魔道具の類であり、値段が合えば買っても良いかな、と思う程度の品々なのだが、今回の競売にはそう言ったモノが少ないようで、中々お目当てモノは見つからない。
(おや、あれは・・・?)
慌てず気楽に物色していると、とある品物にロウの目が止まった。
それは機械人形だった。
人族の姿に似せて人工的に作られた人形であるが、大量の魔法文字回路を組み込まれ、魔力を動力として様々な命令を聞き分け、行動する事かできる太古に作られた人工物である。
太古の創世期に作られた『遺物』の中には自我を持っている機械人形もあり、事実、ロウの師匠である錬金術師サキの所にいる機械人形ヨキは、錬金材料の管理や屋敷の掃除までこなすのはもちろん、自分の意思で動き、身嗜みを気にしないサキへ苦言を呈する事もあるほどなのだ。
一方、近代で開発されたモノは別名で『魔工ゴーレム』と呼ばれており、物の移動や夜間の不寝番などの単純作業を人族の代わりに遂行してくれる魔道具扱いとなっている。
今、ロウの目の前にいる機械人形は、創世期の遺物であろう。創世期の遺物は、細部に至るまで精巧に作られており、人間族にそっくりに作られているのだ。
機械人形については、これまで多くの施設で長年に渡り研究されてきたのだが、開封不可能な部品や材質が分からない部品も多く、すべて解明されたとは言えず、現在まで動いている機械人形は数体しか存在しない。
さて目の前に置かれたモノ。何処かの遺跡でこの状態のまま発見されたか、または他国の研究所で所蔵されていたモノが廃棄されたか、この機械人形の状態は酷い物だった。
黒の人口毛髪は何十年も手入れされていないため、艶を失いボサボサである。人工皮膚も所々破れ、顔の半分は下地の攻殻が露出しているし、魔力を通していないため錆まで浮いていた。
さらに右腕は肘の関節部分で外れており、本体の傍に置いてある状態だ。よく見れば、何本か手足の指も欠損している。
この機械人形が発見されてからこれまで、おそらく一度も動いたことがないのであろう。
機械人形の『遺物』なら、例え動かなくても綺麗な状態ならば飾りにもなるだろうが、ここまで状態が悪いと、無駄に精巧に作られている分、逆に気味が悪くて飾りにもならないであろう。
しかし、最低落札金額は百万ギル(金貨一枚)とそれなりに高い値がついていた。
ロウは機械人形から目が離せない。
(う~~ん、どうしましょうか・・・)
ロウの頭の中にあるのは、少し前の辺境大市の露店で手に入れた『操魔の仮面』である。
元々はハクに装着させて自我を持たせようとしたのだが、ハクがあまりに人族に近い自我を持ったために諦めた経緯がある。代わりに、この機械人形を上手く直して操魔の仮面を装着させれば、或いは自我を持って動いてくれるかもしれないと考えたのだ。
ロウは悩む。ウンウン唸りながら機械人形の前で四割刻(約三十分)以上は悩んでいる。先日、鉱山都市で散財したロウにとって、金貨一枚は生活が懸かった大金である。
今店にある商品が売れなかったら、しばらくまともなご飯も摂れない、飲まず食わずの生活が続いてしまうかもしれない。
そんな時、ロウと機械人形の目が合ってしまった。そう、ただ虚空の一点を見つめているとしか思えない人工の瞳が、ロウの目を見詰めているように感じてしまったのだ。
「ふう・・・。こうなっては仕方がありませんね。」
ロウは事前入札の窓口へ行き、機械人形の整理番号を伝えて金貨一枚を預け、事前入札を済ませたのであった。
◆
競売が始まったのは日暮までまだ間がある、鐘四つの刻前(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)であった。
当然ながら、目玉商品は最後の方で出てくるので、それ以外の人気商品が次々と壇上に引き出され、煽るオークショニアと熱くなった仲買人がとんどん値を釣り上げていく。
人気商品の次には不人気商品やマニアを対象にした奇品も出され、いつお目当てのモノが現れるか分からず、中々目が離せない展開であった。
しかし、ロウはが事前入札した機械人形はいつまで経っても出品されない。
そうこうしている内に、今日の目玉である【炎の魔剣ザイアス】が壇上に上げられた。
「お待ちかね!本日の目玉の一つ、【炎の魔剣ザイアス】の登場です!」
オークショニアの声に会場がどよめく。光が当てられた赤い魔剣は美しく輝き、何とも言えぬ存在感を放っていた。
四百万ギル(金貨四枚)から始まった競売は、あっという間に一千万ギルを突破し、いかにも身分の高そうな紳士と落ち着いた雰囲気を持つ壮年の冒険者の二人に絞られたようである。
入札者同士の駆け引きとオークショニアの煽りが否応にも緊迫した雰囲気を生み出している。
そして値はさらに上がっていき、紳士が一気に三百万ギルも上乗せして二千万ギル直前まで吊り上げた時、冒険者の男は競売を降りて魔剣は名も知らぬ紳士が落札することになった。
前評判からすればだいぶ安い落札額となり、会場は微妙な雰囲気になってしまったが、これぞ競売ならではの駆け引きである。
おろらく両者とも前評判通りの三千万ギルは持っていたが、名も無き紳士にはそれ以上の金額になっても余裕があり、冒険者はそれ以上の金額を出せなかったのではないだろうか。
紳士が一気に金額を上乗せしたのは「三百ずつ上げても良い」という意思表示であり、最終落札は三千二百だという読みを早々に示したのである。こうなると三千万ギルしか持たない冒険者は降りざるを得なかった、という訳だ。
少し間が開いて、次の競売品が紹介される。
「さあ続いては創世期の遺物!機械人形です!」
ロウが事前入札した機械人形が壇上に上がった。
オークショニアの説明では、この機械人形は遠い西国にある遺跡で百数十年前に発掘されたもので、その国の歴史研究機関が所有していたものらしい。
研究機関が手放した理由は不明で、発掘当初から壊れており、動くことはないという事だった。
機械人形に薄暗い魔導灯があてられると、壊れた部位や錆の浮いた肌が際立ってしまう。元々精巧に作られているので遠目で見ると生身の人間が傷付いているかのうな、凄惨さが目立つ。
事前確認の時もそうだが、オークション参加者達はこの機械人形を見ると眉をしかめる者が多かった。確かに壊れている物を家に飾る物好きも、高い金を出して転売時のリスクを被ろうという者もいないのだろう。
「事前入札ありです!最低落札額百万ギルからです!ないか!!!」
結局、入札者は現れずに競売は流れてしまい、機械人形は事前入札したロウのものとなった。
なぜこのタイミングの競売だったのかとロウも不思議に思ったが、周りの雰囲気を見て成程と合点した。主催者側は魔剣の競売で会場を包んだ微妙な空気、雰囲気を変えたかったのだ。
次に出てくるのはいよいよ【水竜の鱗】である。
あの雰囲気のままでは駆け引きだけが先行し、値が上がらぬうちに終わってしまう恐れがある。本来なら人気の品を出して激しい競争の雰囲気に戻したいところだったが、すでにそんな品はなく、逆に気味の悪い物を見せて客の気を引こうとしたのだ。
事実、会場は「早く目玉商品を出せ」という雰囲気に変わっている。
そんな中、ロウは機械人形を受け取るため、会場を後にしたのであった。




